13 新たな情報

 ――片那さん、感謝してくださいね。今回の情報はとっておきですから。


 片那が電話に出るなり尾上が言った。

 朝の五時に電話をかけてきて、とっておきでなければ、ただの迷惑電話だ。片那が言うと、尾上はもちろんですと自信満々に言った。


 片那はアンソニー・ナダルとマイク・スミス、それにブルーパンサーの動きについての情報集取を尾上に頼んでいたのだが、この感じだとかなりのモノが得られたらしい。弥が上にも期待は高まる。


「高い買い物になりそうかな」

「かな、ではないです。請求書を送る前に一応言っておきますが、今回は覚悟しておいて下さいね」 


 とは言ったものの、少し間を置いてから、冗談ですと付け加えて笑った。そして内容はこれから送るメールを読んでほしいと言って電話が切れた。


 メールはすぐに来た。片那は早速目を通してみたが、その内容は想像していた以上のものだった。


 ――この情報は、複数の情報源から集めたものを纏めたものです。どれも俺が長く付き合いのあるところからのものですから、信頼度は最高ランクに位置する情報と思ってくれて構わないです。


 アメリカの大手企業、リング・コーポレーションの創業者であり現会長、そしてアメリカ有数の大富豪でもあるアンソニー・ナダルは、二週間前、八十年以上も行方知れずとなっていて、幻の名画とも言われている十九世紀を代表する印象派の画家、ファンセント・フィン・ゴッコ作の「セーヌ川の月」を日本の富豪からプライベートセールを介して一億ドルで購入しました。


 東京で美術商を営む、ヘンリー・イワサキが仲介したこの取引は秘密裡に行われました。売主や買主の名前はおろか、この取引がなされたことすら公表されていません。因みに、こうしたプライベートセールは、富裕層が資産の蓄積などを目的として世界中で行われているため、その性格上、決して表には出てきません。


 ナダルは美術品のコレクターとしても有名で、世界中のオークションで美術品を買い漁っていることはよく知られています。名画を高額で落札することが多く、落札価格は数百万ドルから時には数億ドルにもなり、国内外で話題となることも多かった。


 しかし、それら公表されている取引よりも、今回のような秘密裡に行われる取引、所謂、プライベートセールで購入するほうがはるかに多かった。そして、それらの取引で得た美術品のほとんどがジュネーブにあるフリーポートで保管されている事実は、それらが決して表に出せないものであることの証左とも言えます。


 また、このプライベートセールには別の顔もあります。それは、その秘匿性からマネー・ロンダリングの温床とも言われていることです。そして今回の件も、ナダルが長年脱税で蓄えた資金の洗浄が目的でした。


 この取引をナダルに持ちかけたのは、代理人のヘンリー・イワサキです。これまでナダルが購入した美術品のほとんどはイワサキが代理人、もしくは仲介者として関わっています。購入後の美術品のほとんどはジュネーブのフリーポートで管理されますが、その他に、数は多くありませんが、イワサキが東京に持つ倉庫で保管、管理されています。


 話を戻します。それまでと同様、今回も取引は無事完了しました。だが、そこで問題が起こりました。ナダルがイワサキに対して、今回から手数料を大幅に引き下げることを一方的に通告してきたのです。そして、もし、それを受け入れなければ、代理人契約を解除するとまで言ってきた。イワサキはナダルと交渉しましたが、ナダルは聞く耳を持たなかったらしいです。


 一ドルのチップを渡すのにも、どうすべきか一晩考えるといわれるナダルのことですから、かなり無理な要求をしたのは容易に想像できます。ですが、納得がいかないイワサキは反撃に出た。「セーヌ川の月」を含む、イワサキが持つ倉庫で保管されている美術品を退職金代わりに貰い受けると一方的に通告した。


 もちろん、ナダルが素直に首を縦に振るはずもありません。散々罵った挙げ句に、裁判するだの、警察に訴えるだの、最後には、裏社会に手を回して殺してやるとまで嘯いたらしいです。


 しかしイワサキからすれば、いくらナダルが息巻いたところで、大したことではありませんでした。長年の付き合いから、これまでナダルがどれだけ悪どいことをしてきたのか知っているイワサキは、ナダルが警察に通報出来ないことを確信していたからです。


 仮にFBIに通報したとしても、ナダル自身の脱税やマネー・ロンダリングが表面化するのは避けられない。そうなれば、ナダルにとってやぶ蛇です。イワサキはナダルの裏の部分までよく知っているのですから、どう考えてもナダルに勝ち目がないことはわかり切っていました。


 イワサキは万が一のことを考えて、ナダルが裏社会を使った場合に備えた対策をとりました。それが美術品専門の窃盗グループであるブルーパンサーに話を持ちかけることでした。詳しい内容はまだわかりませんが、かなりの好条件を提示したみたいです。総額、五億ドルという情報もありましたが、これは確認できていません。


 ですが、そのぐらいの金額は動いているはずです。そうでないと、ブルーパンサーが動くはずがありませんから。また、ブルーパンサーのボスであるフランク・マッキンゼーは、イワサキをイタリアンマフィア、ガリアーノ・ファミリーのボス、アンドレア・ガリアーノに紹介して、後ろ盾になるよう計らったそうですので、かなり大きなビジネスになっていることは確実でしょう。


 安泰となったイワサキはいいが、収まらないのがナダルです。しかし警察組織は使えない。それに立場上、裏社会の組織や人間もなるべくなら使いたくない。もし彼らを使って付け入る隙を見せてしまえば、一生集られるか利用されるだけですから。


 そこで考えたのが、CIAを使うことでした。CIAは警察組織ではないですから、ナダルが犯罪に手を染めていようが関知しません。その上、情報を扱え、工作もできます。


 ナダルは「セーヌ川の月」だけを取り戻すように、CIA内部のコネクションを使って秘密裡に依頼しました。取り戻す対象を「セーヌ川の月」一つに絞ったのは、これだけは確実に取り戻したいというナダルの強い意思の現れなのでしょう。


 本来、こんなことはCIAの仕事ではないのですが、ナダルは相当強いコネクションをもっているのか、CIAはすぐに一人のエージェントを日本へ送り込みました。それがマイク・スミスです。


 マイク・スミスは日本に着くと、ブルーパンサーに関する情報を徹底的に集め、すでに奴らと接触も持っていますが、まだ「セーヌ川の月」を取り戻すには至っていないようです。


 最後に、これはまだウラが取れていない情報ですが、ジョージとアンディが逮捕された件のことで興味深いことがあります。その日、二人が秋葉原にいたのは、マイク・スミスと取引するためだったということです。


 取引の内容はわかっていませんが、「セーヌ川の月」に関することで間違いないと思われます。たぶん、事前にある程度の合意があったはずです。そして二人は指定された場所に出向いた。しかしそこにはマイク・スミスはいなかった。代わりに警察官がいて、例の騒ぎになり二人は逮捕されてしまった。


 二人の逮捕を知ったフランクは、これはマイク・スミスが仕掛けた罠だと決めつけ、独自に動き出しました。


 その矛先は、二人の逮捕の片棒を担いだ格好になってしまったマリアにも向けられてしまった。東南アジアのチンピラを使いマリアを誘拐しようと計画したのも、その延長線上にあるものと考えられます。


 ですが、ここで面白い情報が出てきました。その場所に警察官が張り込んでいたのは、事前にタレコミがあったからで、マイク・スミスはまったく関係がないというものです。


 もしそれが確かなら、焦点は誰が警察にタレ込んだのかということになります。ブルーパンサー側がそんなことをしても何の得もありませんし、マイク・スミスも同様です。


 彼の任務は「セーヌ川の月」を取り戻すことで、ブルーパンサーを取り締まることではないからです。まあ、メンバーを次々と逮捕されるよう工作をして、最後にフランク一人になったところで「セーヌ川の月」をいただくというのはあるかもしれませんが――。


 いまのところはこれだけです。新しい情報が入り次第、また連絡します。


 片那はメールを読み終えると大きく息を吐いた。


 リング・コーポレーションの会長で、アメリカ有数の大富豪でもあるアンソニー・ナダルによる脱税とマネー・ロンダリング。そして八十年以上も行方知れずだった「セーヌ川の月」の存在。どちらか一つだけでもかなり大きなネタなのに、それが二つも揃ってしまっている。


 こんな大事になるとは思ってもいなかった。

 だが、これほど面白いことはない。

 それにマイク・スミス。まだわからないところも多いが、なかなか興味深い奴だ。どうやってブルーパンサーから「セーヌ川の月」を取り戻すのか見ものだ。それにマリアが狙われている理由も見えてきた。


 これだけのネタに関われることなどめったにない。それもゲームの駒として参加できるのだ。これほどわくわくすることはない。


 まわりの動きは早い。なるべく早く纏めなければならない。とくにマイクの動きには注意が必要だ。どこで何をしてくるのかまったく読めない分、楽しみはあるが、見落としたらそれまでだ。


 ――待っていろ由佳。寿司はすぐそこにある。


 静まり返った部屋に響き渡る大きな声、片那はハッとして口に手を当てた。

 やばい、やばい。勢い余ってつい大声が出てしまった――。

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