12 駆け引き(2)

 マリア誘拐の企みは失敗に終わった。マイクの足を止めるための企てだったのに、こうして直接会わざるを得ない状況に追い込まれている。フランクにとっては想定外のことだろう。このまま押せば必ず乗ってくる。


「フランクは絵を返す。もちろん、タダで言うことを聞いてほしいとは言わない。その代わりのものを我々も提供しましょう。たとえば、ジョージとアンディを釈放するというのはいかがでしょう。アンディがいれば、またでかい仕事ができるでしょうし、それに弟も戻ってくる。フランクにとっては悪くないディールだと思いますが」


「ほう――せっかく逮捕させたのに、今度は釈放ですか。入れたり、出したりとお忙しいですね。一体マイクが何をしたいのか、私にはわからなくなりました」


「すでに説明しましたが、あのことと、私は関係ありません。誤解無きよう――」

「ですが、私からすれば、そうは見えない」

「それなら、それでいいでしょう。もう終わったことです。お互い大切なのは、これからのことです。私としては、あまり面倒なことは望みません。「セーヌ川の月」さえ取り返せればそれでいいのですから」


「わかりました。しかしそんな事が本当にできるのでしょうか。ここはアメリカではない。日本ですよ」

「可能です。この世界において、合衆国が出来ないことなどほとんどありませんから。まあ、そんなことはいいとして、フランクも、たかだが一億ドルのために、アンディと弟を捨てることはないと思いますが」


「なるほど、そう言われると、尚更、二人の逮捕は、あなたが仕掛けたことに思えてきますね」

「どうやらフランクは、ジョージとアンディの逮捕は私が仕組んだことだと信じているようですが、それは誤解ですよ。神に誓って断言できますが、それでも疑われるのなら、それでも構いません。ただ――」


「ただ――?」

「ただ、とぼけるのも程々にしておいたほうがいいかなと思いまして」

「何のことです」

「それはフランクが一番よくわかっていることだと思いますが」


 再び噴水が立ち上り、若者たちの声で、辺りが騒がしくなった。ベンチに座っている何組かのカップルたちが迷惑そうにしている。


 フランクの口が重くなったまま開かない。


「そんなことよりも、私からのディール、どうしますか」

 しばしの無言――。


 意を決したように、フランクが話し始めた。


「明日、海と森の公園の第二駐車場に、ジョージとアンディを連れて午後三時に来て下さい。そこで二人の身柄と交換するという条件でなら、「セーヌ川の月」をお返ししましょう。それと、我々が日本を出国するまでの保証もしていただきます」

「わかりました。それでいいでしょう。でも海と森の公園では、明日から東京サマーフェスティバルが開催されますよね。人目につくのは良くないのでは」

「人が少ないと却って人目につきやすいということもありますから。適度に人がいる方が、いいのではないでしょうか。それに国際的なフェスティバルです。私たちのような外国人がいても不思議ではない。あそこの駐車場はかなり広い。少し離れていれば問題はないでしょう。それにもう一つ、付け加えて言えば、私もフェスティバルを楽しみたいのでね」

 フランクが戯けてみせた。


「それはいい考えです。ぜひ、私もご一緒させていただきたいですね」

「そのためにも、約束は守っていただきたい。もし約束を違えるようなことになれば、お互い不愉快なことになりますから」

「心配は無用です」

「それともう一つ、重要なことを言うのを忘れていました」

 フランクがしまったというように、軽く手を叩いてマイクに向き直った。


「必ずマイク一人で来て下さい。一人で、二人の男を連れてくるのは大変でしょうが、二人には手錠でも掛けておけば問題ないでしょう。もちろん、私も一人で行きますので」

「電話でも話しましたが、この任務は、私一人で動いていますからご安心下さい」

「日本の警察が来るようなことはありませんよね」

「そんな心配は無用ですよ。ラングレーの上司からは極秘で動くよう指示されていますから。CIA東京支局の支局長ですら私の任務の内容までは知りません。そんな状態なのに日本の警察を動かせると思いますか?」

「しかしアンディとジョージを釈放するには日本の警察の協力が必要でしょう」

「それは別件で処理します。先程も言いましたが、この世界で我々に不可能なことはあまりありませんので」

「わかりました。一応、確認してみただけです。それでは、明日」


 そう言い残して、フランクは帰って行った。マイクはそのまま噴水広場に残り、空いているベンチに腰掛けた。


 ――まったく、割に合わない仕事だぜ。

 夜空を見上げながらマイクは呟いた。

 自分はこんなにも危ない橋を渡っているというのに、この騒ぎの張本人であるジジイは、心地いい場所でケツを拭いてくれるのをただ待っているだけなのだ。こんな理不尽なことなど、あっていいわけがない。


 とにかく、明日、必ずケリをつけよう。このままだと精神的にイカれてしまいそうだ。


 また若者たちの歓声がした。

 皆、花火を手に、はしゃいでいる。

 ――幸せな奴らだ。

 マイクは立ち上がると、彼らに背を向け、公園を出ていった。

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