19 マリアを助けるのは俺だけだ(3)

 これでいい。今の俺にできることはこれしかないのだから。ヘタレと思われてもいい。今は自分にできることをするしかないのだ。そう思いながら片那の背中を見送っていると、ふと、片那が聞かせてくれた話が思い出された。片那が初めて戦場へ取材に行った時、三人の男たちにボコボコにされていた男を救うために、一人で立ち向かっていって、逆にやられてしまった話を――。


 その話を聞いた時、薫は勇気があるなと思った。片那はやけくそ気味だったというようなことを言っていたけど、簡単にできることではない。でも、それがマリアのお父さんとの出会いにも繋がり、その後の片那の人生も変える出来事になった。


 ――もしあの時、親父が何もしなければ、俺とマリアの出会いもなかったはず。


 薫は考えを巡らせた。動きもしない奴には、何も得るものがないのではないか。マリアを助けるのは警察なのか。たぶん、最終的にはそうなるだろう。だけどいまは違う。マリアを助けるのは自分しかいない。他に誰がいるんだ。俺はマリアが好きだ。俺が行かないで、誰が行くというのだ。結果を待っていては駄目だ。自分から動くんだ。


 薫は腹の底から何かが湧き上がってくるのを感じた。

 怖い。でも、このまま何もしないでいたら、俺は大切なものを自ら放り投げてしまうことになる。そんなことはしたくない。


 薫は尻ポケットに入れてある自分のスマートフォンを取り出すと、レイからもらったマリアのロザリオを追跡できるアプリを起動させてみた。マイクが言っていたように、埠頭のところにハートマークがある。薫はハートマークを人差し指でなぞってみた。マリア、待っていてくれ。これから助けに行くから。


 片那が戻ってくるのが見えた。どうなるかわからないから、片那にはちゃんと言ってから行こう。止められるだろうが、そんなこと知ったことではない。


「薫、今警察と話してきたが、もう少ししたら応援が来るから、来たらすぐに動くと言ってくれた。だからマリアのことは心配しなくてもいい」

 片那が明るい調子で薫の肩をぽんと叩いた。


「親父、俺、マリアを助けに行く。マイクも一人だし、俺が行くしかないって思った。それに、警察の応援が来るまで待っていて、もし手遅れになったら、俺は今日のことを一生、後悔すると思う」


 薫は片那の目を真っ直ぐに見て言った。そして、しばらく間を置いてから、片那が「わかった」と言った。


「止めないのか?」

「自分で決めたことだろ」


 ――そうだよな。


 薫の背中を押す片那の気持ちが伝わってきたような気がした。

 片那がこれを持って行けと言って、鞄からMP―443を出して薫に渡した。


「いいのか?」

「さあな」

 片那が意味ありげに笑みを浮かべた。


 薫はMP―443をジーンズの間に挟み込むと、サンクスと英語で言った。「ありがとう」と言うのが、なんとなく恥ずかしかった。


「どうやって埠頭まで行くんだ」

「あれで行く」

 薫は先に止めてあるNinja 1000を指差した。


 その途端に片那の顔色が変わった。


「なんで、俺のNinjaが……」

「ちょっと借りた。緊急事態だったからな」

「ちょっと待て……」

「もし壊したら、俺が働くようになったら新しいのを買ってやるから心配しなくてもいいよ」

「そんなこと、信じられるか! それに薫は125CCしか乗ったことがないだろ。Ninjaに乗れるわけがない」

「大丈夫だよ。サイズと排気量が違うだけだろ。大して変わらないよ。悪いけど時間がないから行くよ」


 薫は軽い感じで言ってみたが、片那は涙目になっている。だけど、こんなところで時間を使ってはいられない。それに、このままだと一緒に来るなんてことを言い出しかねない。薫は片那を振り切るように、走ってその場を離れるとNinjaに跨った。


 ――大丈夫。125も1000も同じ二輪だ。大して変わりはしない。


 薫は自分に暗示をかけるように言い聞かせると、クラッチを握りアクセルを吹かしてみた。マリアも乗っていたんだ。俺に乗れないことはない。


 ここから埠頭まではほんの数分だ。さあ、行くぞ。薫はアクセルを強く握ると、クラッチを握る手を徐々に緩めた。


* * *


 埠頭に入った。六号バースには外国の貨物船が停泊している。薫はスマートフォンでマリアのいる場所を確認してみた。この先に建ち並ぶ倉庫の中にハートマークがある。脇道の少し奥まったところに、右側のドアミラーが無い車が止められてあった。マイクが乗っていた車だ。


 薫はシャッターが開け放たれたままの倉庫の前で止まった。アプリで確認すると、ハートマークはこの建物の真上にある。中を覗いてみた。倉庫内は幅も奥行きもあり、想像以上に広かった。四角いコンクリートの柱が等間隔に並び、その間にはシートで覆われた貨物などが置かれてある。他に目立つのは、三台のフォークリフトが無造作に置かれてあるぐらいだ。奥の中二階の部分には事務所らしきものが見えるが、ここから見る限り、明かりはついているが人の姿は見えない。


 薫がNinjaに跨ったまま倉庫内に入ろうとした時、奥の方に、一人の男の姿が見えた。薫は目を凝らしてその姿を追った。フランクの部下だ。確か、車を運転していた方の奴だ。


 男は薫に気がついていない。何かを探しているのか、背中を曲げた姿勢のままで、床を探るように見ながら歩いている。


 一体何をしているのだろうか。しかし、これでここに奴らがいることははっきりした。この様子だと、マイクはまだ動いていないようだ。まだ様子見をしているのだろうか。だが、そんなことはどうでもいい。奴らが目の前にいるのだ。ここは行くしかない。あとのことなど知ったことではない。


そんなことは神様にでも訊いてくれ――。


 薫はアクセルを握る手に力を込めた。エンジンが唸りを上げた。床を見ていた男が薫の方を見て顔をひきつらせた。薫はNinjaに跨ったまま、男に向けてMP―443を構えると、男はヘコヘコとした走りで奥へと逃げていった。


 ――この野郎、逃げるんじゃねえ。


 薫は男を追って倉庫へと入っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る