24 いつかまた会おう(2)

 薫とマリアが家に帰ると、片那が笑顔で出迎えてくれた。どやされるとばかり思っていたのに、片那はそんな素振りなどまったく見せなかった。


 薫はなんとなく居心地の悪さを感じたが、それはマリアも同じみたいだ。怒られるのは気分が悪いけど、これだけ迷惑をかけておいて、何も言われないのは気持ちが悪い。


 薫とマリアはそれぞれ風呂に入ると一緒に居間で夕飯を食べた。いつもは適当に話をしながら食べるのに、薫は疲れ切っていて、何も話す気がしなかった。マリアもいつものような饒舌さはない。無言の中、片那が来ると、面白いものを見せてやると言ってテレビをつけた。テレビなど見る気もしなかったけど、そのことすらも言うのが面倒だった。しかしアメリカ大使館、公用車爆破事件のニュースをキャスターが読み上げると、薫もマリアも画面に釘付けになった。キャスターは淡々とニュースを読み上げていく。


 ――逮捕されたのはアメリカ国籍のチャールズ・ピント容疑者とメキシコ国籍のディンゴ・ホセ・ディアス容疑者で……。


 車で連行される二人の映像が映し出された。なぜか二人共嬉しそうで、カメラに向かってピースサインをしたりしている。


「逮捕されたのに、なんか嬉しそうだな」

 薫がつぶやいた。

「でも顔を見ると、なんか腹が立つ。やっぱり息の根を止めておくべきだったわね」

「おい!」

 薫が咎めると、マリアが「はーい」と言ってシュンとして俯いた。


 まったく懲りていないみたいだ。こいつらが逮捕されたから、マリアはここに居られるというのに――。


 それにしても公用車を爆破したのはこの二人ではないのに、逮捕されて喜んでいるというのも変な話だ。


「何を幸せとするかなんて、人それぞれだからな」


 薫の胸の内を察したように、意味ありげに片那が言った。そういえば、マイクはこの件のことは片那に訊けと言っていたが、どうすればいいのだろう。なんとなく訊きづらい。


「親父」

 居間を出ていこうとする片那に、薫は声をかけた。

「なんだ、余計なことは話さないぞ」


 片那が予防線を張るような感じで言った。まるで薫が訊こうとしていることがわかっているみたいだ。


「えっと……」


 そんな片那を見て薫は口ごもってしまった。どうやってマリアを助けたのか訊こうと思っていたのに躊躇われた。もしかしたら片那を見ていて、そんなことは知らなくてもいいのではないかと思えたのかもしれない。


「マイクから聞いたよ。今日は、ありがとう」


 薫は片那の目を真っ直ぐに見て言った。本当は、マイクからは簡単にしか聞いていないけど、それでいいと思った。それがいまの薫なりに精一杯突っ込んだ言い方だったから。


 そんな薫を見て、片那はわずかに笑みを浮かべたが、あのおしゃべりめ――と言って、軽く片手をあげると自分の部屋へ入っていった。

 

 食事のあと、薫はマリアを縁側に誘った。

 いつものように二人並んで座って夜空を眺めた。

「今日は星が綺麗だよ。この前よりもよく見える気がする」

「そうかな」


 薫は夜空を見上げてみた。言われたからではないけど、いつもよりよく見えるような気がした。


「なんで片那お父さんに、どうやって私を助けたのか訊かなかったの?」

「なんでだろうな。Ninjaの話を振られたくなかったからかな」

「自分から呼びかけておいて変なの」

「それもそうだな」


 薫は大して可笑しくもないのに声を出して笑った。それしか誤魔化す方法を見つけられなかった。


「薫、変わったね」

「そうか? 俺はそんな実感、まったくないけどな」

「私が近寄っても怒らなくなった」

「慣れたんだろ。初めて会った頃とは違って、いまのマリアは空気みたいな存在だからな」

「良い答えとはいえないわね。星がよく見える夜には、私を気持ちよくさせてくれないと」


 はいはい、お姫様。でもマリアらしくていいや。薫がマリアの横顔を見ていると、マリアが思い出したように話し始めた。


「そういえば、薫がお風呂に入っている時に、尾上さんから電話があって、萌え萌えカフェが明日から営業再開するんだって。薫も調理場のバイトしない? 尾上さんがよかったらどうかって言っていたけど。もし調理場が嫌ならメイドでもいいけど」


「俺は男だぞ。メイドなんてできるわけないだろ」

「大丈夫よ。魔装少女だって男子高校生だったし」

「あれはメイドじゃないだろ、ってか、そんなことよく知っているな」

「日本のアニメはだいたい見ているから。それで、どうする? 行くよね」

「行くよ。ただし調理場ならな」


 薫が即答すると、マリアが大袈裟な態度で驚いてみせた。


「なんだよ、そのリアクションは」

「だって、絶対に断ると思っていたから」

「誘っておいて、何言っているんだよ」

「薫、やっぱり変わったよ」


「そんなんじゃないって。ただ親父に、もしNinjaを壊したら買って返すって言っちゃったからな。いまからでも金を貯めておいたほうがいいと思ったからだよ」

「それじゃあ決まり! 明日、朝九時に出発するからね」

「それはいいけどさ。そもそもNinjaを炎上させたのはマリアだからな。少しは責任を感じてもいいんじゃないか?」


 マリアは視線を逸らせると、手のひらをうちわ代わりにして首筋に向けて扇ぎはじめた。


 ――聞こえないふりをするな。


 そう思いながらも、こういうマリアも楽しくていいと思えてしまう。

 二階からドタドタと降りてくる足音が聞こえてきた。楓音とレイがニヤニヤしながら近づいてきた。


「ねえ、デート、どうだったの? 帰りも遅かったみたいだし」

「レイも知りたい。パパには絶対に言わないから」

「なんでデートのことを教えなければいけないのよ。それは秘密よ。秘密」


 マリアの秘密という言葉が、楓音とレイの好奇心を余計に刺激したのか、二人の追求の手は収まらない。女のすることはよくわからない。なぜ、こんなどうでもいいことで、これほど盛り上がれるのだろうか。女が三つで姦しいと書くけど、女って大昔からこんな感じだったのかな。


 でも騒がしくても安穏と感じる中で時間が流れていくのが一番の幸せなのかも知れない。


 ――明日から新しい自分を始めてみよう。いままで知らなかった何かが見つかるかもしれない。たとえ何も見つからなくても、多分、それは悪いことではないような気がする。


 楓音とレイは相変わらずマリアに意味のないことを興奮気味に問いただしながら盛り上がっている。だがマリアはそんな二人のツッコミなど余裕で交わしている。


 薫は横にいるマリアの手をそっと取ると夜空を見上げた。

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