第29話 謎のチャンネル


――下校時間。大体の生徒が帰宅し、廊下を歩く人がまばらになる。

このタイミングが俺の下校のベストタイミング。人目につかないこの時間にさっさと帰る。


(......教室に来い、か)


有馬のさっきの言葉を思い出す。確かに、いつまでもこうして特別授業を受けているのもまずいとは思う。先生方の負担も大きいし。

けれど、動こうと思っても......いざ教室へ行こうかとすると恐怖心が顔を覗かせてくる。


(......留年、してるし......)


有馬はそれを知っている。けれど、普通に接してくれる。有馬だけじゃない。水戸もそうだ。

そうして手を引いてくれるなら、踏み出してみるべきなのかも知れない。


多分、この恐怖心はいつまで経っても薄れてはくれない。なら、今が動く時なのかも。


――携帯が震える。


「!」


メールが一通届いていた。差出人はuka。


「確認したいことがあるので会えませんか、か」



彼女に呼ばれ、駅前の時計台で待ち合わせをすることになった。予定の時間よりも約十分程早くついたので携帯を出してメモ帳を開く。歌詞の案を書き留めるためだ。


こうしたちょっとのスキマ時間も使わないと、勉強に配信活動とやることが追いつかん。


(......まあ、配信活動は楽しいから苦ではないんだが)


不思議だよな。俺が好きでやってる事が人の楽しみや喜びに変わる。コメントやチャットで励まされたり応援されると、この人たちのためになら、もっともっと努力して応えたいと思える。


「ふーん、いい心がけですわね」

「!?」


気がつけば真横にukaの顔があった。


「うわっ、びっくりした!」

「なっはっは!ビビリがぁ!!チキンオブザチキンですわね、aoちゃん〜!!」

「いや今のは誰でも驚くだろーが!?あー、マジで焦ったぁ......」


「ところで!」

「え、あ、はいっ!......?」


「急なお誘い&持たせてしまったのは悪いですが、あなたもう少し気をつけた方が良いですわよ」

「気をつけた方が?なにが?」


俺が聞くとukaはある人に指をさした。


「あいつ......それと、あそこの背の高い男と、向こうの小太りちゃん」

「あの人達が......なに?」


「あなた盗撮されかけてましたわよ」

「えっ!!?」


ぞわりと背筋が凍る。それと同時に頭の中が白くなり、軽いぱにっくになる。


「と、とと、盗撮って?誰が!?」

「あなたが」

「なんで!?」

「可愛いから」

「ば、ばか!こんな時に恥ずかしいからやめろよ!」

「!?」


訳がわからなくなる俺。そりゃナンパされるかもとは思ったりなんかしちゃったりしたけど、まさか盗撮なんて......怖すぎるんだけど。


ukaが珍しく焦りながら俺の肩を掴みなだめる。


「お、落ち着きなさい!大丈夫ですわ。盗撮されてないですから!される前にわたくしが牽制しておきました!だから落ち着け!」


さ、されてない......よ、よかった。


「とりあえず二人きりになれる場所へ行きましょう。あなたを呼んだ要件は今のことに関わりますので。カラオケ店でどうです?」


こくこくと頷く俺。


「では、ゲームショップのゲ王を曲がった所にあるナネキネコに入りましょうか。オーケー?」

「オーキードーキー」


手を繋ぎ、足早に移動を開始する。五分くらいの場所にカラオケ店ナネキネコがあり、俺とukaは入店する。

ここは駅前のカラオケ店で一番の部屋数があり、駅から近くて利用しやすい。


ドリンクバーで紅茶を淹れ、部屋へと入る。まだ心臓がバクバクしてる。気が付かない内に危険な目にあっているっていうのはここまで怖い事なのか。


男の時には無い怖さだ。


持ってきた飲み物を部屋の小さなテーブルへ置く。すると、突然。


「!?」


ukaは俺を抱きしめた。おま、心臓がッ!!やべえって、何この匂い!?心地よさと相まって永眠必至なんだが!?

ドドドド、と漫画のような擬音が胸奥から鳴り響く中、ukaは小さく呟いた。


「すみませんでした」

「......え」


珍しくしょんぼりとした覇気のない声。俺は心配になり逆に落ち着きを取り戻す。どうしたんだ、急に。


「怖かったですよね、ごめんなさい」

「......あ、さっきの?いや、別にukaのせいじゃないでしょ......」


「いいえ、わたくしのせいです!」

「そんな事無いって」


あんなの要は俺の不注意ってだけだろ?ukaがどうこういう話じゃない。


「だって、ああなるのでは無いかなとわたくし遠くから眺めていたんですから!!」

「おい!!みとったんかいわれえ!!」

「ええ、まあ。なんかちょっと気になりまして......だからごめんなさいと」

「謝ったから済むという話ではないが!?」

「えへへ」


なでなでと頭を撫でてくるuka。お前、こんなんで俺が手なづけられるとでも......ああっ、心地良い!くそが!


「いえ、本当に申し訳ないと思ってますわ。それにこれは必要な気がしましてね......それにあなた割と危機管理意識が低そうにお見受けしましたので。こういう恐怖体験が一番かと」

「あー......まあ、言わんとしてることはわかるような」


「ネトゲでもありましたわよね。あのボスは火力高くて怖いから無理にアイテム盗むなよって言ったのにやりよってヘイト集めて殺された時が」


「あったなぁー、懐かしい。俺の欲のせいで全滅したんだよな。皆にボロカスに言われたやつ。特にrayさんが毒吐きまくってて泣いたわ」

「まあ、あのボスはrayの欲しいドロップウェポン狙いでしたから......って、話が逸れた。とりあえず座ってください」

「あ、うん」


部屋の角に沿うように置かれているワインレッドのソファへ腰を掛ける。所々破れたりしていて年季が入っているのがわかる。あと座り心地がやべえ。バネがイかれてるのかな。


「まあ、とにかく気をつけてください。あなたはもう女の子。それもかなり可愛い、アイドルやモデルとも遜色ないくらいのレベルなんです」


「......お、おお。うん」


俺は恥ずかしくなってきて顔を伏せた。


「いやいやいや、ちゃんと聞いてください。ちゃんと自己防衛しないと大変な目に合いますわよ。さっきは盗撮と言いましたが、ナンパしようとしていた者もちらほらいましたし」

「......まじか」

「視線感じませんか?見られてるなって感じ、しません?」

「あー......確かにそれっぽいのは。でも勘違いだったら恥ずかしいし」

「あるんかい!!勘違いでもいいからこれからはちゃんとしてください。変な輩に近づいてこられてからでは遅いんですのよ?」


ukaが怒ってる。めっちゃ真剣な眼差し。俺の事を心配してくれてる。こう言ったらあれだけど、ちょっと嬉しい。


「わ、わかった。これからはちゃんとする......気をつけるよ」

「よろしい!まあ、わたくしが居る時は護ってあげますけど」


ぽんぽんと頭を撫でるuka。なんやこいつそんなんで俺を手なづけられるとでも......うわぁ、なんか安心する。この手のひら。

お姉ちゃんとかいたらこんな感じなんかな?


と、やべえ。ヘブン状態に陥ってる場合じゃねえ。俺はukaに聞いた。


「それで、ここに呼んだのって......バンドの話?」

「......まあ、半分そうで、半分はあなたの問題ですわね」

「どゆこと?」


「先ずはこちらをお聴き下さい」


ukaがスマホを操作し、YooTubeを開く。そしてあるチャンネルへと飛んだ。

そのチャンネル名は、【ゆーたん神歌集】とあり、アイコンには小さな男の子の顔があった。あれ、この顔見覚えが......あれ、あれれ?おっかしいなぁ?なんかどこかで見た気がするぞ。


そこにリストアップされていた動画をukaがタップする。流れ出した超絶音質の悪い歌ってみた。歌い手は男であるが、絶妙に高い歌声で、これもまた聞き覚えがあった。


「......」

「......」


俺とukaが顔を見合わせる。


「これ、あなたの歌声ですわよね?前に聴かせていただいたあなたの男の子時代の声とそっくりでなんですが」


「で、ですね」



それは覚えの無い録音された歌ってみただった。




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