第52話 全滅



――暗い部屋。ヘッドホンを耳にあて、ベッドの上で項垂れる。


私、有馬鳴々は悩んでいた。


俗に言うスランプというやつに苛まれていた。


(私は上手い......でも、何かが足りない。青山という才能と出会ってから、私はずっとその足りないものを考えている)


ギターの弦を鳴らすのは、私の指か。この削れかけのピックか。正確に辿るコードの先に、正解はあるのか......答えは否だ。


先日、青山の妹、燈子がボーカルをしたいと言ってきた。結論から言えば全くのダメダメだった。声質こそ青山に似てはいるものの、全く魅力を感じない。


そこでふと気がつく。私はなぜ青山の歌に惹かれたのか、と。


(.......なんてつまらない歌。上手く見せようと必死で、中身のない)


燈子の歌が透けて見える。その向こうにある下心が、たどたどしいファルセットの掠れた先に見えた。


『――こんばんはっ!Re★Gameでーす!』


もはや日課のような動画鑑賞。青山。彼の歌を聴くと気分が高揚する。暗い世界からひっぱられているかのような、そんな感じ。


(でも、なぜだろう)


たくさんのバンドを観てきた。その中では技術的には彼女に勝るとも劣らないボーカルは少なからずいた。


例えば、キラーエリート、みかん、社畜商、菜花、ハナウタヌキ、榊原舞......そして、ソラト。


けれど、彼らを越える魅力を青山には感じる。なぜ、なぜ、なぜ......?


画面の向こう。汗を垂らしながら放つシャウト。


真剣な表情で、鬼気迫るような迫力のある歌声。けれど、それとは一変して静かなバラード曲では感情の縁をなぞるかのような切なさと色気が滲む歌声となる......感情表現力の高さか?


でもなんで?


どうしてここまで表現力に差がでるんだろう。


ふと、気付かされる。


――そうか、この人......生きているんだ。


歌の中で、生きている。


言い換えれば解像度の高さとでもいうのか、曲の中の主人公が青山が歌うことでまるで生きているかのように感じる。


目を閉じ、聴いてみる......暗い部屋、狭い世界。彼女の歌の先に、闇が透けて見えた。


そうか、青山は暗い底にいたんだ。そこでは歌だけが誰かと繋がれる手段で、光だった......そこしか生きる場所しか無かった。


Re★Gameの仲間と出会うまでは。


(......似ている)


小さな頃から周囲と合わず、ただひたすらギターを弾いていた私と。そして、それが繋がる手段となり水戸と御門先輩にであった。


だから、私は彼に惹かれるのか。


青山結人に。


――......人の心を惹くのは、想いなんだ。



ギターの弦を鳴らすのは、私の指か。この削れかけのピックか。正確に辿るコードの先に、正解はあるのか......答えは否だった。


人の心を、心で......想いで揺らす。


心の底にある感情を、想いで。


正確に辿るコードの先に、正確は無い。


そもそも、この問題には元から正解はなかった。


私が辿り着きたかった場所。


そこに至る方法は、青山が教えてくれた。


青山が、気が付かせてくれた。


......私は、まだ上手くなれる。



――



「か、か、カップル!?何を言って」


有馬はにやりと笑い一歩離れる。


「何慌ててんの?青山」


「いや慌てるでしょ!今まさにさっき危惧した誤解をされてるんだよ!」


「あっはっは!顔真っ赤やん」


腹を抱えて爆笑する水戸。


「ふっ、ホントだね。ウケる」


な、有馬.....鼻で笑うんじゃない!ん?てか、お前も顔真っ赤でしょうが!


「いや、鳴々も真っ赤やで」


「!!」


水戸!ナイス!!グッジョブ!!


「ふふん、でも青山の方が真っ赤よ。私の勝ち」


「いやなんの勝負やねん。ドヤ顔すんなや」


水戸さんキレッキレ!


「ん?いや、まて。勝負というのなら、それは聞き捨てならないぞ。赤いというなら、明らかに有馬の方が赤いだろ。青山の勝ちだ」


「!?!?」


今まで黙って見ていた御門先輩の突然の追撃に、思わず二度見する有馬。こ、これは流れがきてる!?乗るしかねえ!!

有馬がちょっと涙目で可哀想だが、俺にケンカを売ったことを後悔させてやるぜ!!


「えっと、有馬くん......どうやら俺の勝ちみたいなんだけど、なにか言うことはあるかね?」


ちょっと偉そうに。高圧的に俺は言った。


「無いわ。そうね、この場は引き分けにしてあげる......命拾いしたわね」


あれ?あまりの恥ずかしさに記憶とんだか?なにをいってるんだこいつは。お前の負けなんだが?


そんな俺の心情を知ってか知らずか、うんうんと頷き、この話を無かったことにしようとしている有馬。そんな可愛らしくテンパる彼女を眺めつつふと思った。


てか、あれだよな。有馬って表情豊かになった気がする。最初みたときはクールで近寄りがたいイメージだったが、最近はふつーに笑ったりこうして冗談もいうようになった......良い傾向だ。いや俺がいうことじゃないけど。


でもそうだな。有馬はそうやって笑っていた方が魅力的だよ。


「な、なに、にやにやしてるのよ」


言ったそばからキッと睨みつけてくる有馬。こわっ。


「あ、いや笑顔可愛いなって」


「え?」「ん?」


水戸と御門先輩がその言葉に反応し視線が集まる。思っていた事が口に出てしまった事に俺もじわじわと焦りだし、心臓がおおきく鳴った。


そして不意打ちを食らう形になった有馬はというと。


「なっ、......あ、ぅ」


わなわなと目を見開きまるでロボットダンスのような奇妙な動きをしていた。さっきとは比にならない程の赤い顔にその熱量の高さを思わせる。


「ち、違うから......いや違わないけど違うから、別に攻撃しようと思った訳じゃなくて」


言い訳をする俺。どう取り繕ってもヤバい気はするが、しないよりはマシだの精神で言葉を並べる。

すると、有馬の瞳に闘志が宿った。いつもの強気な表情、まっすぐにこちらを見据えて、一歩、また一歩と俺の元へと寄ってきた。


「ほ、ホントに私の負けなの?ちょっと顔見せてよ」


「え?」


そう言った彼女は俺の顔に顔を近づけた。じっと目を見つめる有馬。鼻先がちょんとくっつき、あと少しで唇が触れそうになっている。それでもじりじりと顔を近づけてくる有馬。


(なにこれなにこれなにこれ!!?有馬ちかいちかいちかい、あ、睫毛なげえ......なんか、いい匂いも......て、てか動いたら唇が......まてまてまて!!)


急速に熱され赤くなる俺の頬。やがて、有馬はスッと離れた。この間、約10秒。


水戸も御門先輩も顔を赤面させ固まっている。部長である宮田に至っては白目むいて床に転がっていた。


有馬はニヤリと微笑む。


「ほら、私の勝ちじゃん」


そう勝ち誇る彼女の笑顔はわずかに引きっつていて若干その小悪魔ムーブも無理してる感がある。だがそこが逆に可愛いのかもしれない。


色んな意味で危ないなこいつ......。



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