第14話 登校


――朝。


俺は約一年ぶりに制服の袖に腕を通した。


階段を降り、リビングへ行くとそこには陽向が座っていた。


「おはよー!結人!」

「うん、おはよう。陽向」


彼女は頬杖をつきこちらを見て微笑む。


「久しぶりにみたなぁ、結人の制服姿。なんでブレザーまで着てるの?暑くない?」

「いや、シャツは胸が目立つから......変に注目されたら嫌だし」


「あ、そっか。なるほどね。よし、それじゃあ始めよっか。男の子っぽくだね」

「うん、頼む」


――今日、俺は学校へ行く。TS症候群で女性の体となった関係で、男から女への生徒登録の変更を行うため、ほんとは行きたくないが仕方なく行くことにした。


勿論、登校時間をずらして誰とも合わないようにいくつもりだが、万一誰かと会っても奇異の目で見られないよう、以前の男だった時に近い姿に陽向に仕立て上げてもらっている。


「朝早く悪い」

「ん?いいよいいよ、結人に頼られんの嬉しいし。あ、あと結人のお母さんとも久しぶりに喋れて楽しかった。結人、ちゃんと下着使ってくれないって嘆いてたよ?」

「上はちゃんとしてるよ」

「上だけ!?」

「痛いから」

「あー」

「ちなみに今日はサラシで押し潰してる」

「ええっ。苦しくないそれ」

「めっちゃ苦しい」

「ぷっ、はは。だよねえ」


くすくす笑いながら俺の顔に化粧をしていく陽向。バンドで顔合わせをした日を思い出す。


――期限は、文化祭のライブまで。



――



――あの日......五人で集まり、俺のボーカル加入を文化祭までと決めた後の事。


『え、aoは学校いけないんじゃないの?(・_・;)』


困惑するkuroko。陽向は言う。


「だね。けど、あたしはライブしたい」


「......なんで?」


俺は聞く。なぜウチの学校でライブなのかと。他じゃダメなのか。


「そんなの決まってんじゃん。悔しいからだよ」


陽向から滲み出た黒い感情。いつも明るい表情の彼女が見せた珍しい表情に俺は驚く。いや、俺だけじゃない。場の皆が同じような反応だった。


「悔しい?」


rayさんが聞き返す。


「うん。ウチの学校には結人を追いやった人間がいる。それは知ってるよね」


『まあ聞いたからね。aoにネトゲで(*´ω`*)』


「あたしはそいつらを見返したいの。結人の居場所を奪ったやつらに、結人の力を魅せて後悔させてやる」

「すげー物騒ですわね。気持ちはわかりますが」


「だって悔しいんだもん。結人はただバンドをやりたくて頑張ってたのに......みんなも結人の歌きいたでしょ。あの上手さは、才能だけじゃない。血の滲むような努力を重ねてるのがわかる歌声だった」


......不登校になった時、いやそれ以前から。押入れを父さんと一緒に防音室にしたのは確か中学生になる前だったか。

その日から一日たりとも歌の練習を怠った事は無い。


ギターを始めたのは高校からで、皆とバンドをやる為にと買った。


その全てを陽向は見てきたわけじゃない。でも、そこに目を向けて汲んでくれた想いが、ただ嬉しかった。


「自己中心的な快楽の為に、それを踏み躙ったあいつらに、あたしは......結人の力をみせてやりたい」


(......俺は)


――あいつらが、怖い。


多分、あいつの前に立てば歌うどころか言葉ひとつ出てこないだろう。


(でも、陽向は......俺の事を想って)


「私は良いと思いますよ」


手をあげたrayさん。


「それはおそらくaoさんにとってプラスになります。このままずっとそれを引きずっていくよりも、ケリをつけたほうが良いと思います」


あの日、公園でrayさんは俺が思い悩んでいることを知っている。


「しかしそれはもし失敗すれば新たなトラウマになりますわよ」


ukaが心配そうに言う。しかしその言葉を打ち消すようにkurokoは携帯をみせた。


『でも私達が居る。支えればよくない?それが仲間でしょ٩(๑òωó๑)۶』


――仲間。


「どうかな?かなりハードル高いけど、やる価値はあると思うんだ......結人にはその力があるし、それにkurokoちゃんの言う通りもし失敗してもあたしらがカバーする」


目をそらしながらも、心のどこかで思っていた。


それ以外、この呪縛から逃れるすべが無いことを。


(そうだ......逃げ続けてなんになるんだ。どうせ終わった人生なんだろ?)


――今更、恥の一つや二つ。


「わかった。でも俺に力は無いよ。多分、壇上にあがれば脚が震えて顔もあげられない。もしかしたら一言も喋れないかも」


――それでも。


「......でも、皆となら。このバンドでなら、これから頑張って皆で前に進んで行けたら、もしかしたら、やれるかもしれない。俺一人じゃ無理だけど、皆と一緒なら......俺は」


微かに震える言葉。


「だから言ってんじゃん?支えるよってさ」


にこっと微笑む陽向。そして、rayさん、uka、kuroko。


「んじゃ、目標はウチの学校の文化祭。そこでライブを成功させてあいつらを見返してやろー!」


『「「「おー!」」」٩(๑òωó๑)۶』



――



と、そんなわけで。これから少しずつ学校へ行く練習もしていくことにした。

文化祭で頑張れるようになれとかないと。


「あ、そーだ。行けそうだったらクラスに顔でもだしてみたら?」

「え、あ、うん」


俺は出席日数が足りなくて実は留年している。だから実質陽向は二年生の先輩になってしまった。

多分、一年の間にも留年した俺のことは知れ渡っているだろう。そんな教室に顔を出すなんて、難易度ナイトメア、まさに悪夢級なんだが仕方ない。


(......ま、どーせ一度終わった人生だからな)


恥の上塗りになるだろうけど。やるだけやって、駄目なら仕方ない。

それに教室に行くのが辛ければ個人授業をやると学校は言ってきてる。おそらく、いじめがあった事実をうやむやにしたいんだろう。なら利用しない手はない......無理そうならそれに甘えてしまおうか。


(できれば卒業はしておきたいし)


うつむき考えていると心配そうに陽向が声をかけてきた。


「あ、いや、無理にとは言ってないからね?」

「まあ、いずれは頑張らないとね......出来たら顔出すよ」

「うん!えらいね。よし、お化粧完了」


鏡をみてみるが、ほぼぼぼ男装した女の子だな。


「うーん」

「まあ、やらないよりはマシって感じだねえ。あはは......ごめんね、あんまり変わらなくて」

「あ、いや、こちらこそ。朝早くから来てもらっちゃって。ありがとう、助かったよ」

「いえいえ。それじゃ、お先に!行ってきまーす!」


椅子から立ち上がり、手をひらひらと振る。俺もそれに振り返し彼女を見送る。


......つーかなんだろう。陽向っていい匂いするよね。


くんくんと陽向の居た場所の匂いを嗅ぐ。


(......甘いような、爽やかな......これは、香水なのか?......ん?)


ふと、あるものに気がつく。


それはテーブルの上に置いてある黄色い携帯。向日葵のアクリルキーホルダーが付いているそれは......。


――ガチャリと扉が開く。


「いやあ、携帯忘れちったよ〜!あはは、は?」

「――あ」


陽向の座っていた椅子に首を伸ばし止まっている俺。しまった完全にくんくんしてるのを見られた!!夢中になってて戻ってきた音に気がついてなかっ


かぁーっとみるみる顔が赤くなる陽向。


「あ、いや、違う!これは......」

「へ、へ、へんたぁーい!!」


テーブルの携帯を奪い取るようにして彼女は再び出ていく。


(やらかしたなぁ、これは......どうみてもスーハースーハーしてたもんな)


どうかバンドメンバーに知られませんように。特にuka。


そうしていい具合に緊張がほぐれた俺は、学校へと向かった。



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