第13話 条件


――一歩、四人に近づく。皆が微笑んで俺を迎えてくれる。


(......?)


――なんだ......重い?


それは身体的なものではなく、精神的な心の重み。


妙な胸のざわめき。沈んでいた黒い淀みが這い上がってくるような感覚がした。


振り切れない呪縛。


――知ってるか?一度落ちた人間は這い上がれ無いんだぜ。


あいつの言葉が思い出したくもないのに、勝手に思考の底で反芻される。


(......ダメだ。違う。そうじゃない......今は、ただバンドの為に......)


マイクをスタンドから抜く。そして皆の顔を見渡した。rayさん、uka、kuroko......陽向がにこりと微笑む。俺は心が少しだけ軽くなった気がした。


「よし、それじゃあ行こう。ゴーッ!!」


――ドッ、と溢れ出す音の波。さっきよりも楽器に近い位置に来ているからか、その迫力は凄まじかった。


(やっぱりすごい......このバンドのリズム隊の精度は恐ろしく正確だ。ukaに至っては寸分の狂いもなく音を刻んでいる)


ukaと目があう。ギラリとした獣っぽい彼女の瞳。聞こえはしない、けれど間違いなく『来い』と俺に訴えかけたのが聞こえた。


――そして


『――――♪♫、♫』


驚くほど自然に出た言葉。背を皆の手のひらでおされているかのような、温かな安心感。


(......なんだこれは......)


押し入れの中、一人で歌っているのとは違う。


(.....この場所は、明るい......)


四つの大きな灯が、俺を照らしてくれている。


――今までに感じたことのない、歌う心地よさと一体感――。


――陽向と目が合う。彼女はまるで『楽しいね?結人』と言うかのように満面の笑みを浮かべていた。


その奥では鍵盤を駆るrayさんが楽しそうにぴょんぴょんと跳ねていた。ただ、驚いているような表情をしているのが謎だった。


驚いているようなといえば、kurokoもまた眉間にしわを寄せこちらを凝視していた。え、怒ってる?

それはともかく手元を全く見ずに演奏できるのは凄い。


対照的にukaはニッコニコでドラムを叩いていた。こうして無邪気に演奏を楽しむ彼女はどこか幼い少女のように見えて可愛らしく思えた。


そしてあっという間に二曲が終了。体感二分にも満たない初めての合わせが終わった。


『「「すっげーーー!!!」」(ㆁωㆁ*)』

「!?」


謎のドヤ顔をする陽向と、詰め寄ってくる三人。思わずびくりとする俺。


「すごいです!すごいです!aoさんめちゃくちゃ歌上手いじゃないですかー!?」

「前に録音で聴いたカラオケは男の時だったというのもあるけれど、それにしてもかなり上達しましたわね。かなり高い音もあったのにピッチもリズムも全くずれなかった......」

『しかもこれ初合わせでだよ!?(ㆁωㆁ*)』


「普通は初めてバンドで歌うってなったら、まわりの楽器の音で自分の声を見失ったりするのに......無理に張り上げたりせずにしっかり歌えてましたね!」

『それもこれも発声が綺麗で腹式呼吸もしっかりしているからだね!力まずに楽器に負けない通る声が出せていた!すごーい!!( ゜∀゜ )』


「あー、ほらほら皆その辺で!結人が照れてるから!恥ずかしすぎて石化してるから!!はい、離れてねー」


陽向の言う通り俺は石化していた。YooTubeのコメント欄以外では褒められなれてないから。

こうして直接面と向かって褒められると固まっちゃう。

ちなみにネット掲示板でも褒められてるらしい(陽向の話だと)けど怖すぎて見てない。


「顔真っ赤なaoさんも可愛いですね。ふふ」


つんつん、と頬をつつくrayさん。やめてそろそろ顔面爆発的しちゃう。


「まあ、こんな感じでさ、結人がバンドに加わればかなりいい線いくんじゃないかなって!どうだった、皆?」


陽向が石化中の俺を差し置きrayさんkuroko、ukaに聞いた。


「そうですね!aoさんが入ってくれたらこのバンドは凄いことになるかと!」

『ネットに動画あげたら一攫千金!(ㆁωㆁ*)』

「確かに凄いことになりますわね。ただ問題もあります」

『問題?( ゜∀゜ )』

「......もしや、レベルの差ですか?」

「そうです。控えめに言ってもaoとわたくし達は釣り合っていません。もっと練習をしなければ喰われてしまいますわ」


え、いやそんな事は......。


(......違う意味で「俺が危うい存在」というのはそうかもしれないけど)


「あー。まあ、確かにそうだね。あたしらはもっと頑張らなきゃいけない......でも、aoはこのバンドに必要だよね?皆!」


「それは勿論、ですわ」

『うんうん!ao面白いし(*´艸`*)』

「確かにaoさんは楽しい人ですよね。お財布も携帯も、何も持たずにお買い物いくし」


「おい!それは言うな!」

「あはっ、失礼」


ぺろっと可愛らしく舌を出しウィンクするrayさん。


「あははは、それね!結人ってばウケる」

「?、なんの話ですの?」

『なんそれ、気になる!(ㆁωㆁ*)』


「あ、いや......久しぶりの外出でさ、手ぶらで外出てきて、そこでrayさんに助けてもらったんだよ」

「くぷぷっ!引き籠もり乙!ですわ!」

「こいつ......!」

『ww(*´艸`*)』


「あ、ひとつ......いいか?」


俺は手を上げる。


「ん?どうしたの結人」


視線が集中する。注目されるってのは緊張してしまう、けれどこれだけは伝えておかなければ。


「悪いんだけど......俺の加入の件、期限付きでお願いしたいんだ......」


「へ?」と、ぽかんとするrayさん。kurokoもきょとんとした顔でこちらを見ている。そしてukaも。


「もしかして、今ので気分をわるくしたんですか!?ごめんなさい!ほら、ukaさんも謝って!!」

「スミマセン許してください」


rayさんに背を押され前まで押し出されたukaが頭を下げる。いや素直か。


「いやいや、そんなので怒らないよ。つーかそれでムカついてたらネトゲのギルドとっくに脱退してるから」

「まあそうですわよね!あなたはそんな器の小さい人間ではないと知っておりましたわ!」

『ええっ変わり身はやΣ(´∀`;)』


「それじゃあ何で?」


「俺、皆が知ってる通り引き籠もりでさ。これまでずっと家族に迷惑かけてきてて......だから恩返ししたいんだ。学費だってろくに学校にいけてないし、これまで俺に使ってくれた分は返したくて。バイトでもやろうかなってさ」


バイトというかYooTuberだけど。


「つまり、家族の為に働くからバンドにとれる時間が無くなるという事ですの?」

「まあ、簡単にいえば......そう」


『気持ちはわかるかな。私もそう思ってYooTuberやアンスタ、Pwitterとか色々な事で稼ぎ出したし(*´ω`*)』


......今言ったことに嘘はない。でもそれは理由の一つ。もっとも大きな理由は、自己中心的で打ち明けられない。

というより、俺は......なんならこの場でボーカルの話が無くなれば良いとさえ心のどこかで思っていたりする。


いや、違う。その方が......。


「そっか、わかったよ。結人」


先程から無言で考え込んでいた陽向が俺に笑った。


「期限付きでボーカルして」

「......わかった」


不安が心の底から滲み出てくる。それとともにホッとした自分がいた。


「aoさん期限は私達で決めて良いんですか?」

「あ、うん。でも今年中で」

『今年中かあ。短くてさみしいね(*´ω`*)』

「ほんそれですね、kurokoさん」


kurokoとrayさんが肩を落とす。その寂しさを軽減するためにも期限を設けるんだ。

皆もこれから受験生となり忙しい日々が訪れる事になる。そうなればバンド自体が休止、自然消滅するだろう。


(仲良くなればなるほど......離れる時の辛さは比例していく)


「何を寂しがる必要がありますの?」


ukaがあっけらかんと言った。それに「だね」と陽向が同調する。


「このバンドが売れたら問題無し、だよ。その期限までに稼げるようになれば、そのお金で結人を雇う」


思わずぽかんとする俺。


『あー!その手があった!イイネ(๑´ڡ`๑)』

「なるほどです。それなら私達もaoさんにいてもらえて、aoさんもバイトせずにすみますもんね!hinaさん天才ですねえ!」


「え、ちょ」


そんな展開ある!?と困惑する俺にピシッとドラムスティックを差し向けukaが言い放つ。


「もう遅いですわよ!あなたは我々に包囲されました!観念してくださいまし!」


じりじりと四人が迫ってくる。目をぎらぎらとギラつかせ、口元がにやりと歪む。


「お、おお」


一歩引き下がる俺。なんて圧力だ。


「と、まあ......そんな感じでさ。勿論、結人がいざその時になって嫌だったら嫌って言ってくれれば良いし。どうかな。そんな感じでやってみない?」


......やっぱり、優しい。皆が眩しく見える。でもこの輝きが俺の心の影を膨らませ飲み込む。


(......怖い、そうだ。俺は怖がってる......)


俺は皆の優しさを。いつか裏切られたらって思ってしまっている。

そんなことあるわけないのに......けど、そう思えば思うほど......あいつの声が、笑みが、あの時の記憶が蘇る。


――失いたくないから、大切な存在だからこそ......深く関わりたくない。


(......俺は、臆病者だな......)


「よし、決まり〜!」


ぱん!と陽向が手を鳴らした。


「......は、え!?」

「悩むの長いよ結人。まあ嫌なら後でメールかTELして。ここじゃ答えにくいかもだし。ってーかこんなに詰め寄られたら答えにくいか。あはは」


『まあそんな感じで、私達はaoのこと期限付きでもウェルカムだよ(*´ω`*)』

「ですです!例え短い間でも私は嬉しいです。楽しみましょう!」


ニッと笑うrayさん。こくこくと頷くkuroko。


「......そっか、わかった。やるよ」


と、俺がそう言った瞬間。グッとガッツポーズをとるuka。


「はい!!言質とったりぃいですのッ!!これであなたはその期限までわたくしたちのバンドメンバー、ボーカル、フロントマンですの!!いえーい!!」


若干の暗い雰囲気がそれにより打ち消され、「あははは」と笑いがおこる。ネトゲでもそうだったけど、ukaのこういうところすげーよな。

その時。ピッと真っ直ぐ手を挙げる陽向。


「さて、それではその期限なんですけど、ひとつ提案がありましてー」


「はい、どーぞ」『どぞ(*´ω`*)』「お、何時にしますの」


――陽向が俺の目を真っ直ぐに見つめ、真剣な表情でこう言った。


「九月の二十九日。あたしと結人の高校の文化祭」


......まさか、それって。


「そこでライブを成功させて卒業。で、どうかな」



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