第12話 前進
ライブハウス、【arc light】の扉を開けるとその薄暗さに驚く。オレンジに近い照明が部屋の中を照らして、まだ昼間だと言うのに屋内は夜の雰囲気にみちている。
――漆黒の壁、白と黒の市松模様の床。カウンターには誰も居ない。
ちょっとした階段があり、それを下り奥へ進むと左手にカウンター。右手にステージがあった。
初めて見るライブステージ。マイクやギター、ベース、ドラムセットが設置されてある。それらは照明をうけキラキラと光り輝いて見えた。
俺がそれをぼーっと見ているとukaがちょいちょいと指で肩をつついてきた。
「どうしたんですの?」
「あ、いや......俺、ライブハウスなんて初めて来たから。ステージってこんなんなんだって、ちょっと感動」
ライブ自体も行ったことが無いんだよな。行きたいとは何度も思った事はあったけど、お小遣いは全部PCか楽器に消えていったし。
そんな事を考えてステージを眺めていると、にこりとukaは笑った。
「あなたもいずれあそこに立つんですのよ」
「......あのステージに」
外にあった看板。今日の夜にライブがあるらしく、その為にセットされた楽器。
それらの楽器にメンバーのみんなを照らし合わせ、俺がマイクの前に立つ姿を想像してみる。
ステージの前を見る。おそらくここにお客さんがたくさん入って、その全ての人が舞台上の演奏者を求める。
画面の向こうではなく、直接的な音のやりとり。
「んん、どしたどした〜?もしかして、結人ドキドキしてきちゃったん?」
いつの間にか横にきていた陽向がトンと肩をぶつけてくる。
「あ、うん」
「あはは!まあまあ、そう緊張せずに奥へどぞー!スタジオは奥にあるんだからねー」
手をつなぎ引っ張る陽向。ぐいぐいと引きずるように進んでいく。
それをukaとrayがくすくす笑ってついてくる。おそらくkurokoも。
最初は皆に会うのは怖くて仕方なかった。ネトゲように性格を作っている人も多い。
昔、別のネトゲで通話した人が俺を男だと知った途端、冷たくなり壁を作られ消えた事も経験したことがある。
それからはネトゲで通話をすることは無くなった。
皆が女の子だと知った時にも、それが過ぎった。仲の良い皆だ。無理して付き合ってくれているのかも知れないと、そんな不安をずっと抱えていた。
でも――
「じゃーん!ここがスタジオでーすっ!!機材いっぱい!!ちょーっと狭いけどさあ、まあゆっくりしてってよ!」
「すげー我が家ムーブかましますわね、あなた」
「いやほんとにそれな!ですね。あはは」
『テンションがもう住んでるやつのそれw(*´ω`*)』
――実際に会ってみて、それがとんだ的外れな不安だと理解した。
偽り無くネトゲまんまの性格。彼女らからは俺を嫌っているような雰囲気は感じられない。
卑屈な自分を恥ずかしく思う。勝手にそちらがわの人たちに皆を見ていたことに。
ほんとに、申し訳ないな......。
「ごめん」
『「「「なにが!?」」」Σ(^o^;』
「スタジオ気にいらんかった?ごめんね」
「いやhinaあなたさっきからツッコミ待ちなんですの?ここどちらかというとわたくしの所有するスタジオなんですが」
「ふっふっふ。おまえのものは俺のも『いわせねーよ?(*´ω`*)』......ちぃっ」
「え、ukaの所有するスタジオ?」
「そうなんですよ。ここはukaさんが経営しているライブハウスなんです」
そう言いにこりと微笑む天使様。
「ま、まじで!?」
「あはは、いい顔で驚きますねえ」
両手で口を隠しけたけたと彼女は笑う。
「あ、いえ、正確にはオーナーはわたくしのお父様ですが。経営関係を勉強の為にまかされてますの」
「ど、どのみち凄すぎる」
「だから使い放題なんだよね〜!いやあ、いい友達を持ったもんだぁ!」
「いやふざけんな!空いてる時だけですわよ!だからほらさっさと始めますわよ。夕方からライブイベントがあるんですから」
「あ、そっか。それじゃあ皆用意しよっか」
「わかりました」
『あーい(*´ω`*)』
「結人は最初見学ね。あたしらの演奏がどんなもんかみててね!」
「うん、わかった」
ukaが椅子に座りドラムを軽く叩く。ボンボン、と低音がアンプから流れ出てkurokoがベースの調整をする。
キーボードの前で手をひらひら振るray。
一生懸命ギターのペグを回し音の調整をするhina。
マイクスタンドの立てられたその席は誰も立っていない。
(あそこが、俺の居場所)
――じわり、と再び黒いものがせり上がってきたのを感じた。
(......あ)
「それじゃあーいくよっ!!」
陽向のその声が合図だった。
それは初めて夜空に咲いた花をみたときのような。
全身を襲う音の波と心を打つ衝撃。
一つの音が、次々と誘爆していくような。
――......ああ、綺麗だ。
重なり合って色が変わる。決してPCや携帯では感じられない生の音。
ビリビリとこの空間が揺れている。
くるくると回転するukaのドラムスティック。正確なリズムで先導し道を切り開いていく様は当にタンク。
小さな体を揺らし、全身でリズムを刻むキーボードのrayさん。楽しいという気持ちが零れ出る笑みから伝わる。
黒いベースが地を走るような重低音を放つ。それはkurokoのジョブである黒魔術師の高火力魔法のような、体の芯に響く破壊力。
それらの音の波に乗り、自由気ままに泳ぐ陽向。皆に光をあてるように、時折それぞれの顔をみて演奏そのものを楽しむ。陽向。
(......完成されてる)
ネットに上がっている弾いてみたやバンドの演奏動画。それらにはほとんどプロの腕前と遜色のない人々があげているものも多い。
勿論、そういった演奏と比べれば技術的には劣っているだろう。
けど、このグルーヴ感は......この一体感、そこだけを見れば、そのプロクラスの人達を凌駕している!
(すごい)
このバンドはこれからどんどん成長していくだろう。それぞれに高いポテンシャルを感じる。
......でも、だからこそ。
――脳裏を過る、馬草の笑顔。教室のクラスメイトの裏切り。
じわりと、靄のように心を覆っていく。
「――はい、おっけー!」
曲が終わったようで、演奏が終了する。
「二つの曲を聴いてもらったわけですが!どうだったー結人?感想プリーズ!」
「いや、ふつーに凄く良かったよ。びっくりした......こんなに上手かったんだな皆」
技術的にはプロに劣る......と言ったが、そこに迫るくらいのレベルはある。一体どれほどの練習を積んできたんだ、彼女達は。
『わーい!褒められたぁ!!(*˘︶˘*)』
「えへへ、やりましたね!kurokoさん!」
「いえーい!結人に褒められた〜!」
喜ぶ三人。しかしukaだけは難しい顔をしている。
「ふむ」
こくりと彼女は頷いた。そして、ドラムスティックを俺に向けこう言った。
「さあ、引き籠もり!次はあなたの番ですわよ!」
ukaは挑発的に八重歯を見せ、笑った。
(......俺は)
「今の二曲、歌えるよね?練習しておいてって言ってあったし」
「え......ああ、うん」
(このバンドのボーカルに相応しいのか)
――証明しろ。己の存在価値を。
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