第18話 奇遇



学校へ行った日から三日後、俺はバンド練習中にとんでもない話しを陽向から聞かされた。

彼女が喜々として話してくれたその内容は、あの日俺が訪れた軽音部で発生した暴力事件。


「え、それで馬草と部長が停学?」

「そーだよ!馬草が「ちくるなよって言われて脅された」とか言って騒いでてさぁ、凄かったんだから」

「......ま、まじか」


あの騒動は部内での秘密で終わるものだと勝手に思っていた。けど、確かに馬草のあの性格ならやられたらやり返しそうではあるよな。


「それじゃ二人共今は学校に行ってないのか」

「うん。三週間の自宅謹慎だってさ」

「そうか」


「だから今がチャンスだよね」

「チャンス?」

「ほら、あの人たち居ないこの間に登校日数を稼いどいたほうが良くない?」


それもそうか。どの道最低限の日数は学校に行かなきゃならないし。なら、奴らの居ない今を狙うのが一番良いか。


「......確かに、そうかも」

「でしょでしょ!それじゃ今度一緒に学校行こうよ!」

「え、一緒に!?」


「なにあたしと一緒に通学路歩くの嫌なの?」


ジロリと睨みつける陽向。


「あ、いやそーいう訳では」


顔をじりじりと近づけてくる陽向。ああ、やっぱりいい匂いが。


「はいはい、いちゃつくのはその辺で!」


ukaに声をかけられハッとする俺と陽向。いや、別にいちゃついてないが。みれば赤面している陽向。こっちまで恥ずかしくなっちゃうからやめて?


『いやあホントに仲いいねえ、hinaとao(*´ω`*)』


携帯に打ち込んだ文字を見せてくるkuroko。なんか妙にテンション高い気がする。


「まあ、幼なじみだし」

「え、そうだったんですか!」


隣で紅茶を飲んでいたrayさんが興味津々な感じで俺と陽向の顔を交互に見る。


「まあ、そうだよ。結人とは付き合い長いよねえ」


ちらちらと赤い顔でこちらを上目遣いで見てくる陽向。やめて?こっちが照れるからやめて?


「え、ああ、うん。ずっとご近所さんで、ちっちゃい頃から遊んでたよな」

「だねえ、あの頃はあたしのが大人しくてねえ。ずっと結人の後ろついて回ってたんだぁ」


「なんだか想像すると微笑ましいですわね」

『ねー(*´ω`*)』


「って、スタジオの時間は限られてますのよ!練習ですわ!」


『「「「はーい」」」\(^o^)/』


――俺たちのバンドは三週間後にあるライブへの出演が決定していて、これはそれに向けての練習。

一昨日、ネトゲでの通話で会議した結果、三曲を選出。いずれもcmやアニメの有名で知名度のある曲だ。


(いきなりオリジナルを聴いてもらうってのはハードル高いし難しいからな。まずは顔を覚えて貰わないと)


まあ、一応オリジナル曲は練習してはいるのだが。お披露目はまだまだ先になるだろう。


やがて一通り練習が終わる。アドバイス、指摘、煮詰めながらの練習は時に加熱し時にぶつかり合う。ちょっとした喧嘩になることもあるが、すぐに互いに歩み寄る。


ネトゲでのボス攻略と何ら変わらない。俺達はチームで仲間で家族だ。ゆっくりと音が絆と共に育まれていく。


そうして帰り道。ukaはライブハウスの仕事がありrayは習い事があるため別れた。残るは俺と陽向とkurokoが三人。


「三人でごはんでも食べようか?」


俺がそう提案すると二人は頷いた。


「たべよー!」『うん!いきたい!(๑´ڡ`๑)』


「どこにしようか」

「そこのファミレスは?」

『良いと思う!(*´ω`*)』


三人で入るファミレス。rayさんと陽向とで行った時が最後だからかなり久しぶりだな。

店に入ると店員さんにテーブル席へと案内されて座る。俺の横に陽向、向かいにkuroko。


店員さんがお冷を持ってくる。


「あれ、青山くんやん」


「え?」


不意に名前を呼ばれ、声の先に視線を向ける。するとそこには軽音部でみた顔があった。茶髪のサイドテール、唇の左下にある特徴的なホクロ。


「久しぶりやなぁ。ていうか、こんなとこで会うなんて奇遇やなあ」

「あ、えっと......ベースの」

「せやで!うちは水戸、水戸みと 彩子さえこや。ちなみに青山くんと同じクラスやで」

「え、同じクラスって......君、一年生だったの!?」

「あはは、今知ったんかい。まあ一回も教室では会ったこと無いしなぁ。うちここでバイトしてんねん。ほら、学校近くやと知り合いに会ったら嫌やろ?からかわれそーで......って、やばいやばい!仕事せなまた怒られるわ!ご注文はお決まりでしょうか〜?」 


部室で会ったときとはまた印象が違う。めちゃくちゃ喋るな。それにちょっと面白い。と、注文しないと。


「えーと、それじゃあ俺はビーフシチューとライスのセットで」

「あ、あたしはこのエビドリアで!」


俺と陽向が注文を終えるとkurokoはメニュー表に指をさした。

すると水戸さんがそれを復唱し確認した。


「胡麻油のサラダチキンとコーンスープですね」


ぺこりとお辞儀するkuroko。お願いしますという意味だろう。


「かしこまりました!ありがとうございます。では失礼します〜」


ぺこりと水戸さんも頭を下げる。そして踵を返し帰ろうとした時「あ」と言い立ち止まった。


「せやせや、青山くん」

「はい?」


「こんど軽音部の部室顔出してや」

「え、な、なんで?」

「副部長が話あるんやて」

「......副部長が?」

「うん。せやから今度学校来たときにでも頼むわ。ほいじゃね〜」


そう言い残し彼女は戻っていく。


「あの子誰?」


陽向が聞いてくる。kurokoも気になっていたようで『だれだれ?(*´∀`*)』と文字を打った携帯を見せてきた。


「この間さ俺、馬草に軽音部の部室に連れてかれたんだよ。その時にいたベースの子」


『ほえー、可愛い子だねえ(*´ω`*)』

「確かにこう、まさにギャルって感じの可愛さだよね」


まあ、陽向とkurokoのが可愛いけどな。って、なんのマウントだよ。

その時、陽向が大人しい事に気がつく。みれば何故か暗い顔をしている。


『どしたのhinaちゃん!!』


心配したkurokoが陽向の肩を揺らす。心配過ぎて顔文字忘れてんじゃん。


「どうした?具合悪いのか?」


聞くと陽向は首を横に振る。


「違うの。あたしがついてるなんて言っておいて......また馬草に絡まれて、しかも部室にまで連れて行かれて。ダメダメだな、あたし」


悔しそうに唇を噛む陽向。


「いや、違う。あのタイミングは仕方なかった。先生との話しが終わって会議室を出たところで会ったんだから。どうにもならなかったよ」


「でも......」


「それにもう大丈夫。暫くは馬草学校これないんだろ?」


「なんかあったら連絡しましょか、黄瀬先輩」


料理を運んできた水戸。突然のことに陽向は思わずきょとんとした顔をする。


「連絡先交換しましょ。ほんで青山くんになんかあったら連絡いれますよ」

「え、なんで......」


「まあ、あんとき止められへんかった罪滅ぼしみたいなもんかな」


あんときって、俺が連れてかれた時のことか。馬草は二年で水戸の先輩だろ。止められるわけ無いのに。もしかして水戸って良い子?


「その申し出はあたし的には嬉しいんだけど、なんだか申し訳ないっていうか」

「......申し訳ない、か」


コトリと料理をテーブルへ並べる水戸。そして並べ終えた彼女はkurokoのベースを指差しこう言った。


「先輩らってもしかしてバンドやってるんですか?」

「え、ああ。まあ......」


「ライブとかやるんすか?」

「一応こんどやる予定だよ」


「ほんなら先輩らのライブ見せてください」


『「「え?」」(*´∀`*)』


「それが交換条件でどうですか?」

「え、それで良いならあたしは良いけど......水戸さんは良いの?」

「うちが提案したことなんで勿論良いですよ。先輩らのバンドに興味あるんで。って、また無駄口たたいてたら怒られる......ほな、そんな感じで!明日学校で連絡先交換しましょ!」


「う、うん!ありがとう!」


ぱたぱたと急ぎ足で戻っていく水戸。慌ただしい奴だな。


「なんかごめん。俺の事で......面倒かけて」

「何言ってるの?あたしが結人の事を守りたいの。全然面倒なんかじゃないんだから」


陽向は小さい頃、やべー奴だった。俺を野良犬の囮にしたり、学校の花瓶を割ってしまった時その罪を俺になすりつけてくるような。


しかしそれは彼女が人一倍臆病だったがため。怖いから逃げる。逃げて逃げて......めちゃくちゃ脚が速かったので結果俺が罪を被る羽目になっていた。

けれど陽向は戻ってきた後は必ず謝罪した。俺にしがみついて泣いて謝っていた。


「弱くて、逃げてごめんなさい」と何度も謝って。顔をくしゃくしゃにしながら。


そして彼女はある日を堺に泣くことも逃げる事も無くなった。


あれは小学生の頃。俺が彼女を近所のいじめっ子から守った時だった。殴られ顔を腫らした俺の顔を見てこう言った。


「あたしのせいで、こんな......」

「いや、陽向はなにも悪くない。どっちかというとあいつらが悪いから」


「ちがう。あたしがこんなに暗い子だからいじめられたんだ。あたし、明るくなる......いじめられないように。結人があたしのせいでひどい目に合わないように」


「陽向......」


「ずっと側にいられるように、今度はあたしが結人を守れるくらい......強くなるから」


そんなこんなで陽向はギャルになった。明るくなり洋服や髪型に気を遣うようになり、友達も増えた。

彼女はそうして泣くことも無く、弱音を吐くこともなくなった。


(......いつのまにか、陽向は俺を守ろうとするくらいに強くなった)


立場が逆転して、悲しいような嬉しいような。いや、ここは喜ぶべきか。


そうした陽向の痛みや後悔が、このバンドに繋がっていたんだと思うと......感謝しかない。


このバンドには俺の居場所がある。彼女がネトゲで築き上げてくれた居場所。


――俺は、もうすでに陽向に守られている。



『二人共ごはん冷めちゃうよ!食べよう(*´∀`*)』


kurokoが言った。


「陽向、食べよう」

「うん」



三人での食事が終わり、帰路へつく。夕暮れの日差しが町並みに沈み、暗くなり始めた頃に辿りついた自宅。


手洗いやうがいを済ませ、二階へ。部屋に入り電気をつけようとスイッチに手を伸ばした。その時、部屋の異変に気がつく。


(......え!?)


ベッドの上、誰かが眠っていた。俺の枕を抱きしめながらスヤスヤと寝息をたてている。

母さんでも父さんでもない。そこに幸せそうな寝顔を浮かべ眠っているのは。


「......あの、橙子さん?」


妹、青山あおやま 橙子とうこだった。



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