第5話 お出かけ特訓
『ライブ出演しませんか』『バンドボーカルしてもらえませんか』
最近だと毎日のようにそんなDMがくるようになった。しかしそのどれもが人との関わりが発生するもので、前向きに考えようとするも心が拒否するばかりで進むことができなかった。
(......今が変わる時、かな)
返ってきた陽向のメッセージ。
『やった!じゃあさ、今度の日曜みんなで会わない?お昼からスタジオ借りてみんなでバンド練習する予定だったんだよね。いきなり歌うのはハードル高いから、その日は顔合わせするくらいで。どうかな?』
今日が月曜日。約一週間後か。
『わかった。それじゃあその日に』
『おっけー!練習は14時だから、13時には迎えに行くね!』
『ありがとう、用意しておく』
『いえいえー!あ、それと約束してたからaoのYooTube活動は秘密にしてあるからね』
『助かる。気を遣わせてすまん』
『良いってことよっ!あー楽しみだなあ!』
ずっと待たせていたからな。中学から数えれば四年越しの約束か。
『悪い。長い事またせて』
『あーやーまーらーない!楽しくいこうぜ』
『うん』
『ではでは、私はこれにて眠りの国へ旅立ちます!結人も寝なよ〜!』
『わかった。お休み』
『おやしみぃ♪』
残ったメッセージのログ。
こうして初めてのバンド練習の約束をした。練習っていうか、顔合わせだが。それでも、俺にとって難易度の高い事には変わりない。
上手く話せるだろうか......いや、上手く話せなくても。足掻いてもがいて、やれることはやろう。
(......急に外にはでられないから、練習しないとな)
戸をスライドさせ押入れから這い出る。寝る前にシャワーでも浴びないと汗が気持ち悪くて寝られない。
新しい下着とジャージ、パーカーを引き出しから取り出し部屋を出た。
寝ている家族を起こさないように、静かに。
そーっと扉を開く。すると――
「わっ!?」
「ひっ!?」
――黒い人影。暗くて顔もわからないが、その声で妹だと瞬時に理解する。
「わ、悪い」
驚かせてしまったことを小声で謝罪する。しかし、妹は「......ふん」と言って部屋に行ってしまった。まあ、口なんて効きたくもないか。
母さんの話によれば妹は俺の話題を出すことですら嫌がり機嫌が悪くなるらしいからな。
多分、俺の性が女に変わったことも知らないんじゃないか。
(......なんか、寂しいな)
階段を下り、浴室へと向う。この暗闇に覆われた家を歩いていると、いつも蓋をしている不安が漏れ出してくるような気持ちになる。
これから俺はどうなるんだろう。YooTubeで稼いでいく?収益化した時父さんに言われた。応援しているが今のままだと生きて行くことはできないと。
お前は何を目指すのか。
俺は......どうしたいんだろう。
毎日歌をうたって、リスナーに喜んでもらって。そだけで幸せだ。だけど、この生活を続ける事はできない。
あまり知られてはいないが、歌ってみたで上げた曲の再生数で発生した収益というのは基本的に曲を作った人に入る。
だから実際、俺が得られているのはライブ配信でのスパチャくらいだ。まあ、スパチャを投げてもらえる事は凄いんだけど。
でも、それだけでは生きてけはしない。
(やっぱり、自分で曲を作るしか......)
作曲。それで入る収益はYooTubeとの分配分を差し引いた残り全てが入ってくる。
けれど収益になるほどのヒット曲を俺に作れるのか?
そもそも作曲なんて、できる気がしない。
(......ギター、あれ以来引くこともできなくなったし)
ギターで演奏しながらライブ配信をしようとしたことがあったけど、構えただけで具合が悪くなってしまった。
だからギターでの作曲は無理。
「だからと言って、なにもせずに終わるのは嫌だな」
今度アマゾネス(ネット通販)で安いキーボードでも買おうかな。
貰ったスパチャそれに使おうか。
衣服を脱ぎ、浴室へ入る。シャワーの柄を手に持ち、考える。
(......でも待てよ。これはチャンスなのかもしれない)
外出する練習しないと。そうだ、これを機に楽器店に行ってみよう。具合が悪くなったらすぐ引き返せば良い。
思い立ったが吉日。明日......ってか、今日出かけよう。
――ザァー、と不安を流すように俺は汗を流した。
――
「......ん?」
朝、リビングに降りると誰かが食事をしていた。髪がボサボサで一瞬あいつかと思ったが、あいつじゃないような気がする。でもあいつ以外にいないしあいつなんだろう。
あいつとはそう、名を口にするのも嫌だが引き籠もりの兄、青山結人の事だ。
(いつもこの時間は寝てるのに......珍しい)
あいつとの確執はあたしが小学生の頃。陽向とかいう陽キャと仲良くなったのがきっかけだった。
なんか知らないけど音楽が好きで一緒にカラオケとか行ってたみたいで、その頃からあたしの事をあいつはほったらかすようになった。
ぶっちゃけすげー寂しかった。それまではあたしにべったりだった癖に女ができると急にほっぽられて。
めちゃくちゃムカついてその頃からずっと口は聞いてない。たまにあいつの部屋にはいって色々して寂しさを紛らわせていたけど、心の穴が埋まることは無かった。
それからあいつは学校でどうやらイジメられ、引き籠もりになった。あたしは慰めようと思って部屋に忍込みその機会を伺っていた。
けれど、そこで判明したのは未だにあの陽向とかいう陽キャにべったり依存していたという事実。
まさかネトゲという手段まで用いて結人を縛り付けるとは。
それに嬉しそうにしているあいつもあいつだ。
(......ああ、ホント気持ち悪い)
あたしは今までの鬱憤を排出するように「はあ」と深い溜め息をつく。
(てか、同じ席で朝食なんてとりたくないんだけど。あー、最悪)
「お母さん」
リビングのすぐ後ろにあるキッチンで料理しているお母さん。おそらく私の分の朝食だろう。
「あたしもう学校いくから。ごはんいらない」
「え?せっかく作ったのに」
「......一緒に食べたくない」
ぴたり、とあいつの動きが止まる。チラリとこちらを見た。な、なんだよ、やんのか?
文句でも言われるのかと身構えるあたし。しかし、あいつはすぐに視線をあたしから外し食事に戻った。
「そんな事いわないの。あなたのお姉ちゃんでしょ」
「ふん、あたしは姉だとは思ってないし......いや、姉じゃないでしょ?」
「え?」
きょとんとこちらをみるお母さん。いや、なにその顔?
妙な空気が二人の間に流れ、「ああ、そっか」とお母さんがいった瞬間。「ごちそうさま」と女の子の声が聞こえた。
「え、誰!?」
バッと声のする方へ顔を向けた。しかし、そこにはボサボサヘアーのあいつしかいない。
軽く混乱しているあたし。あいつが食器をかたし、場所をあけた。
「ごめん、もう居なくなるから」
あたしの横を通り、玄関へと向うあいつ。
「......え?」
テーブルが空き、朝食を用意し始めるお母さん。あいつは「いってきます」と行って家を出ていった。
「行ってらっしゃい。気をつけてねー!」
とあいつを追うように玄関へ向うお母さん。あの引き籠もりが外出?い、いや、それよりも......。
「......な、何今の」
「なにって?」
「いや、お母さんも聞いたでしょ......女の声しなかった?」
「まあ、お兄ちゃん女の子になったからねえ」
「......は?」
朝食を取りながらお母さんから事情を聞いた。その内容は今朝のどのニュース、事件よりも驚くべき事だった。
まさか自分の兄が姉になっているだなんて。
しかし、ハッとする。そういえば確かにその時期から兄の歌声が聞こえなくなった。
かわりに女の声がするようになって、なんか知らんけどそいつが歌いだして、調べたらそいつ生放送とかしてて、歌上手すぎるとか思ってついチャンネル登録しちゃったaoって歌い手......あれって、まさかあいつ!?あの声は結人だったのか!?
爆音でライブ配信垂れ流してたんじゃなくて!?ご本人様って事!?
「......ま、マジで?」
「マジで」
にこりと微笑むお母さん。マジでとかいうなし。
(つーか、これは確かめる必要があるな......)
ちらりと玄関を見る。今出ていったんだから暫くは帰ってこないでしょ。コンビニ行ったとしても二十分くらいかかるし。
時計を見る。まだ学校までは時間がある。
(......よし、行くか)
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