第4話 君との約束



――三ヶ月後。



PCが光る暗い押入れの中。カチカチとマウスをクリックし、画面の向こうに呼びかける。


『......はい、NightDollさんの「倉庫」という曲でした』


歌い終わった曲の音源が終了し、配信用BGMへと切り替える。全8曲。週二で行っているライブ配信にはだいたい1万くらいの人たちが観に来てくれている。


〔チャット〕

『88888888888』

『うめえな』

『いい』

『いろっぺえ』

『音はずさねえ』

『相変わらず綺麗な声だなぁ』

『なんかえろいよね』

『パチパチパチ』

『88888888』

『これ高校生ってまじ?』

『野生のプロ』

『同接の数やばww』

『あした(今日)学校なんすけどw』

『これがドリームブレイカー』

『可愛い声』

『絶対顔可愛い』

『あ、もう2時だ......あはは』

『始めるのが遅いからなあ。でも聴きに来ちゃう上手いから』

『88888』

『88888888888』

『明日の会議やべえ。でも元気もろたわ!』

『aoさんの歌声はエナドリ』

『惹きつける声』

『バンドの生演奏で聴きたいな』

『声かわよ』

『絶対映えるわ』

『パチパチパチ』

『8888888888888888』

『今日もありがとー』

『明日から頑張れる!』

『アンコール』

『こんどマイノリティ歌ってください』

『パチパチパチパチパチパチ』

『ありがとー』


『こちらこそ、みにきてくれてありがとう。ではでは、夜も遅いのでこのへんで!あ、スパチャもありがとうございます!ごむりなさらず!皆さんおやすみなさい!』


『おやすー』

『( ˘ω˘)スヤァ』

『おやすみ』

『ありがとー』

『ゆっくりやすんでね』

『お休み』


――カチリ、と配信を終了。俺は「ふぅ」と緊張とともに息を吐く。額に浮き出る汗を手元のタオルで拭い、水筒の蓋を取る。

そして口をつけ残っていた水を一気に飲み干す。


「ぷはぁー!つかれたぁ」


緊張と歌唱、そして暑さにより蓄積される疲労。べっとりと汗で張り付くシャツが気持ち悪い。

けれど気分は最高に上がっている。YooTuberとなって今日で約三ヶ月。


チャンネル登録者12万人を達成。


「......頑張ったな、俺」


主に歌ってみたで動画をあげ、shortでサビの切り抜きをあげ、生配信でライブをする。その繰り返しでここまで上がってきた。


でも最初から上手く行っていたわけじゃなかった。初めてあげた歌ってみた動画は大失敗した。音質の悪さ、緊張で音程がガバガバになり『下手』というコメントがひとつつくだけの結果に終わった。ちなみにこれが俺のもらった初コメ。


それから、このままでは終われないと色々勉強した。今はいい時代だ。ネットを探せばいくらでも対処法が無料で閲覧できるし、動画サイトでも親切に解説している動画がアップされている。

これを活用しない手はない。


俺は数週間かけ失敗した原因を調べ、ひとつひとつ良くしていった。音質を良くする方法、緊張の対処法。

けれど動画は伸びなかった。


なので更に、どうすればチャンネルが人気になるか。動画の再生数が回るか。


要因になるものをあげ、何度も調べトライアンドエラー。何度も何度も。

そして一ヶ月が立った頃。


当初一人だったチャンネル登録者が1000人になっていた。初めて再生数100万に達した動画は流行りのアニメの主題歌だった。

流行を捉えることが重要なことをその時身を持って知った。

そうしたきっかけにより自分の存在を知ってもらうことで、他の曲を聴いてもらえるようになる。


間口を広げなければ観てくれる人は増えていかない。


数字が自信になる。自信は緊張を打ち消し、自己肯定感となる。

どんどん伸びる数字に比例し、歌の練習にも熱が入る。


『下手』とコメントしていた人が、最近の動画では『上手い』に変わっていた。俺はそれがたまらなく嬉しかった。


自分の努力や頑張りで世界が変わっていく。


――ブブ


携帯が震えた。見れば陽向からのメッセージ。


『今日もすっごい良かった!さっすが結人だねえ!』


また観てくれてたんだ。明日も......いや、今日か。学校あるだろうに。


『ありがとう。でも学校あるでしょ?早く寝なよ』

『はーい!あ、てかさぁ、結人そろそろどう?』


ドクンと心臓が跳ねた。そろそろどう?の意味が瞬時に理解できたからだ。


『バンドの事か?』

『うん。あれから結構経ったし、どうかな』


陽向の打った文字をながめ俺は固まる。バンドをやるという事が何を意味するか。

それは人前に立たなければならないということ。


(......怖い)


YooTubeでの配信は顔を隠しているし、直接会話をすることもない。けど、ライブとなったら直接的な人との接触が発生する。

それに、バンドやるなら当然ながらネトゲのみんなと会うことに......陽向とも会うのが怖くなっている今、それはかなり難しい。


クラスメイトの嘲笑う目が脳裏に過る。馬草の歪む口元。教室の雰囲気。思い出しただけで吐き気と目眩がする。


『無理かな。ごめん』


文字を打った。送信のアイコンに親指がかかった時、指が止まる。ふと過る記憶。

陽向が俺にしてくれた事。彼女はずっとこんな引き籠もりを気にかけてくれていた。陽向のお陰でネトゲでは仲間が出来て卑屈にならず、まだギリギリで理性を保てていた。


彼女の存在に助けられてきたのに。


そうだ。俺、陽向になにも出来てない......。


まだ何も返せていない。


自分可愛さで、保身を選ぶのか?


『――結人』


――陽向の笑顔が瞼の裏に浮かぶ。優しい声が聞こえた。


『わかった。バンド組もう』


俺は文面を打ち直し送信を押した。指は震えていたが、後悔は無かった。




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