第3話 急性TS症候群
胸を手の平に乗せると、確かな重みを感じる。これは割と大きいのでは......じゃねえわ!
「ま、マジで女になったのか俺」
鏡、鏡......と、あたりを探すが無い。どうする?あ、洗面所。
よたよたと歩き扉へと向う。何度かこけそうになるが、無事にたどりついた。
多分、突然無いものが現れ有るものが無くなったが為にバランス感が狂っているんだとなんとなく理解していた。
ドアノブを回し扉を引く。するとタイミングが悪く、制服姿の妹と出くわしてしまう。
「げっ」
といういかにも嫌そうな声を上げ足早にリビングへと降りていく。俺は妹を確認した瞬間にうつむいていた。
な、情けねえ。......まあ、仕方のない事だけど。
俺は階段の手摺によりかかりながらゆっくりと、一段一段降りていく。なんだろう、疲労感凄い。......こんなに体力無かったか?
部屋でただけで
やっとのことで一階まで降りることに成功する。いや、一階に降りることに成功するってどういうこと?
まるで小学生で行った遠足登山を思い出す辛さ。これって絶対女体化した関係だろこれ。
「あら、結人。こんな朝早くに珍しいわね」
母さんが声を掛けてくる。対して妹は無言で朝食をとっていた。いや、無言じゃねえな。よくよく聞くと小声で「ずっと部屋にいればいいのに」とか「朝から最悪」だとか聞こえてくる。......気のせいだと思いたいが。
俺は洗面所を目指し壁伝いに歩いていく。息が上がっている。やべえってこれ。俺のヒットポイントもう尽きそうなんだが。洗面所に辿り着けるのかこれ。つーか、洗面所からは帰れそうにも無いような。
扉をあけ、よたよたと進む。ついに鏡の前に辿り着く。
(......お、女だ)
ボサボサで伸び放題の髪。多少の面影はあるが、骨格自体が変わってしまったのか、どうみても女の子の顔をしている。
それとあと身長も縮んでるし。なんとなく部屋で立った時に気がついてたけど。
「これって、あれだよな。前にニュースでみた」
それは数年前から突然現れた原因不明の奇病。なんの前触れも無く高熱におかされ、全身を激痛に襲われ倒れ、倒れて目が覚めると性別が逆転するという漫画のような一千万人に一人の病。
――急性TS症候群。
どういう理由や条件下で発症しているのか、研究はされど一切判明はしていない。
てか、多分これ......。
パーカーとジャージ(下)を脱ぐ。継いでTシャツとトランクスを脱ぎ捨てる。
いや、裸になったのは決して女体が見たかったという訳ではなく、確認しとかなければいけない事があってで、別にやましいことは無い。
「......やっぱり」
綺麗な体だ。あ、いや変な意味じゃなくて。
おそらく俺はこのTS症候群にかかった中でもレアケースだ。というのも、ここまで綺麗に女性の体に変わる人は世界的に見ても稀で、大体が僅かに胸が膨らむだとか性器が小さくなる(悲劇)とか大きく変化する事はあまりない。
――ひたり、と鏡の自分に手を当て、近づく。顔をまじまじとみる。うーん、これは美人。いや、どちらかというと可愛い系か?んー、眉毛のせい?ほったらかしてて太いからかなぁ。
垢抜けねえ顔してるけど、髪型とかもちゃんとしたら割と美少女と呼ばれる部類の女子になるのではないだろうか。
なんだろう、なんかちょっとわくわくする。
「......すげえ事になったな、これは......」
いやしかし声高えな。女体化する過程での影響か独特な声質だけど。魅力的な声色......って、ん?
まてよ?この声なら女性の曲も高さ余裕で足りるのでは......。
「ゆ、結人......なの?」
「!?」
鏡の端に見えたエプロン姿。バッ、と振り返ると驚愕の表情を浮かべた母親がそこには居た。
「あー......女になっちゃったみたい」
「それ、あれよね。テレビでやってた」
「そーそー」
「まさかウチでなる子がでるなんて」
「......びっくりだよね」
「でも可愛いから良いわね」
「いや適応はやっ」
にこりと微笑む母さん。いや、まあショック受けられるよりかは良かったか?息子的にはちょっと複雑な感じするけど。
「けどどうするの?服とか下着とか」
「服は別にあるので良いでしょ。下着も......問題ないような」
「いや、問題あるわよ。ちょっと失礼〜」
「へ?のわっ!?なに!?」
「買いに行くの恥ずかしいでしょ?買ってきてあげるから。サイズみさせてね〜」
は、恥ずかしい!現在進行系で!!
「あひっ、く、くすぐったいが!!」
「我慢なさいな」
そうして調べ終わった母さんは買い物へと出かけていった。可愛いのを買ってくるからね!と親指を立てウィンクしながから。
いや、下着でしょ。可愛さとか求めてない。買ってきてくれるのは有り難いけども。
と、そんなこんなで母さんの肩を借りて戻ってきた自室。少しの休憩と朝食により体力が少し回復し、目標行動を開始した。
それは机の中のエ◯ゲと同人誌の処理......などではなく。
(いや、まあいずれは片付けなきゃだけど)
それよりも重要な事だ。昨日のあれで思い知った。今回はこのTS症候群だったから良かったものの、本当に死ぬような病だったら、俺は後悔したままこの世を去っていただろう。
そう、人はいつ死ぬかわからない。だから、思い立ったらすぐ行動。
失敗は怖い、けれど何も残せず、後悔して死ぬほうがその百倍怖いということを実感した。
「どうせ後悔するなら、やって後悔......だ。どうせ終わってる人生だしな」
ぷるぷるぷると唇を震わせる。リップロール。
とぅるるるると舌を巻いて鳴らす。タングトリル。
「......この声、音程とれるかな」
俺はいつもの練習場所へと移動する。押入れの中。ここは防音シート(100均のやつ)を申し訳程度に張り巡らせた自作防音室。一軒家であることをこういう時ほど感謝したことはない。隣りに他人の住むアパートやマンションでは音漏れや騒音の関係でこれもできない。
戸を締め切ると暗闇に包まれ夜が訪れる。この空間の静寂が好きだ。世界から隔絶されたようで、心が落ち着く。
俺の尊敬する某ギタリストもこの場所で活動していた。おそらくはこの狭く暗い空間は根暗と相性が良いのだろう。根源的に。根暗陰キャの皆さんもぜひお試しあれ。
携帯の電源を入れると明かりが灯る。動画サイトYooTubeのショートカットアイコンに触れる。開かれるページ。
(......陽向が好きだったオカロ曲)
高すぎてカラオケで二人共歌えなかった曲。
「......あー、あー......」
声、ほんと高くなったな。前じゃ出すのギリだった所が楽に出る。すげえ。
心の奥が僅かにむずむずする。......この感覚は、ネトゲがアップデートした時の感じに似ている。いや、違う。
どちらかというとこれは、新しい武器を手にしたわくわく感か。
しかもポテンシャルのわからない未知の武器。
四日練習して、録音。出来の良いものをYooTubeへ投稿。これで行くか。
「......よし」
俺はボイスレコーダーの録音ボタンを押した。
――三ヶ月後。
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