第6話 光がさす
し、死ぬ。
公園のベンチ。ぼけーっと座り込む俺。忘れたいた己の体力の無さに、家を出て五分ともたずあっという間に動けなくなってしまった。
近所の公園で日陰になっているベンチを見つけ、そこで体力回復を試みているが、一向に動けるようになる気配がしない。
おそらくはこの気温が関係しているのだろう。暑さが体力をガンガン奪い続けているのだと思う。
これぞまさにリアルスリップダメージ。じわじわとHPを削ってくる。
(......やばいな。これ、このままじゃ干物になっちゃう)
携帯で助けを......あれ?携帯は?
衣服にある(いつものパーカーとジーパン)ポケットを全て確認するが、携帯は見つからない。それどころか財布すら無い。
その時、あ、と俺は気がつく。
やべえ、手ぶらで出てきたんだ俺。久しぶりの外出すぎて財布も携帯も持って来るの忘れてる。......まじかよ。
まあ、どのみち楽器店にたどり着けなかっただろうけど。
TS化したときにドジっ子属性でも付与されたんか俺。見るのは好きだが、自分にはいらん属性だな。つーか、引き籠もりの俺には結構精神的にくる。こういうちょっとしたことで自分が情けなく感じて......あ、まってヤバい。
ぶわっ、と視界が歪む。
だ、だめだめ!ヤバい。違うこと考えないと泣いちゃう。えーあー......あ?てかこの状況って真面目にやばくない?
財布も携帯も無いってことは飲み物も買えなくない?
(そういや喉乾いた)
だ、だめだ、このまま座り込んでいてもじわりじわりと死が迫ってくるだけだ。
しかし、立ち上がろうとするも脚に力が入らない。
――ぽた
こぼれた雫。空は晴天。雨ではない。
「......ふっ、うっ」
泣きたくないのに頬を伝いこぼれ落ちる涙。悔しさと惨めさが後を押し、次第に大粒の雫へと変わる。
あ、あかん......これ以上水分失うと命を失いかねない。
でも止まらない。情けない、悔しい、まさかここで俺の人生が終わるだなんて。
なすすべもなく俺はだらんと項垂れた。しかし、その時。
「どうかしましたか?」
鈴が鳴るような可愛らしい声がした。
顔を上げると俺に白い日傘をさしてくれている少女が居た。
――お姫様みたいだ。
日傘に隠れているのに陽の光で輝いているかのような、プラチナの髪。長い睫毛の下の目は、薄いエメラルドグリーンの瞳。横分けにしている前髪とその幼くも可愛らしい顔が絶妙に合っていて、まさに――
(――び、美少女......)
白いワンピース。その所々にあるレースでできたフリルがこれまた上品な印象でお嬢様感が出ている。突然こんな美少女に声かけられるなんて......え、これなんてエ◯ゲ?
「......あの、大丈夫ですか?」
びくん!とビビる俺。だ、大丈夫だ。心の声が漏れ出たかと焦ったが、大丈夫口にしてない。たまに独り言で出るけど。
小首をかしげる白い謎の少女。
「あ、え、あ......だ、だい、じょうぶれす」
で、でたー!どもりぐせ!家族以外と喋るなんて久しぶりすぎてマジでテンパるんだが!!
「......ほんとに、大丈夫ですか?顔が赤いですけど」
いや大丈夫じゃないけど大丈夫!今度は暑さとか脱水症状とかじゃなくて会話不全で死にそうだから!
そんな事を考えながら内心焦りまくっていると、彼女は俺の目の前にスポーツドリンクを差し出してきた。
「これ、良ければ。空いてないので、どうぞ」
「え、あ......う」
あまりにも渇きが限界だったので、ふつーに受け取ってしまう。って、何この返事!原始人か!
一応伝わっているのかわならなかったので、会釈をする。
ほのかに香るシトラスの匂い。彼女のつけている香水の匂いなのだろうか。めっちゃいい匂い。
そんな変態的な事を考えつつ、俺はキャップを空けて口をつけた。そして最初の一口を皮切りにぐびぐびと胃に流し込みはじめた。
......い、生き返る.....!スポドリ美味し過ぎるっ!
「かはっ、......こほっ、こほ.....!」
「だ、大丈夫ですか!?」
いきなり多くを飲み込もうとし、俺は咽て咳き込む。男だったときとは違って喉が細くなっていて、許容できる量が少なくなっているっぽい。
みるからに首細くなってるもんな......。
「ふふっ、そんなに慌てないでください。急にたくさんの水分をとると危ないですよ」
微笑む美少女。いや、この笑顔は最早天使。ありがたや天使様。
天使様は俺の隣に座り、にこにことしている。いや座るの!?
「それで、どうしたんですか?」
「......え、あ、ど、どうとは」
「さっき泣いていたじゃないですか」
あっ、ああ、あーーーー!!恥ずかしいーーーー!!
「何かお辛いことがあったのでは?」
天使様は優しい笑みを浮かべ、問いかけてくる。その優しさが辛い!
てかこの子、いくつなんだ?見た目中学生くらいなんだけど。それにより構図的に中学生に慰められてる高校生になってんだけど。
だ、だめだ離脱しなければ。お礼を言って、それでこの場を離れて家に帰る。そしてソッコーでベッドに潜り込み気の済むまで泣く。これだ。
「あ、あの、えっと」
顔を上げ、天使様の顔を見た。すると、彼女は心の底から心配しているのだろう。微笑みこそ浮かべているが、真剣な眼差しで俺の目を見据えている。
この人、ほんとに俺の事を......そうだ。じゃなきゃ俺にスポドリくれたりしない。
「......ちょっと、久しぶりに外に出たら......色々と上手くいかなくて。そ、それで......自分が情けなくなって」
「久しぶりに?」
「......あ、え......」
「ああ、なるほど。そう言う事ですか」
や、ヤバい。これは引かれた。そう言う事ですかってことは多分引き籠もりだと理解したはず。
顔を見るのが怖い。あの可愛らしい顔が歪んで、俺を見る目が変わっていたらと思うと......あ、泣けてきた。
恐怖に震え俯く俺。すると頭に柔らかい感触がした。
(......え?)
「よしよし、なでなで」
この感触......な、撫でられている!?
「久しぶりに外に出られたんですね。すごいじゃないですか。いいこいいこ」
は、恥ずかしさの極みッ。だがこの心地よさ......抗えん!?
「あの、俺の事.......気持ち悪くないんですか」
「?、何を気持ち悪がるんですか?」
「いや、ほら......引き籠もりですよ。見た目もこんな、だし」
「気持ち悪くなんて無いです。引き籠もるのにだって理由があるでしょうし。それに今はもう引き籠もりでは無いです。あなたはがんばってお家から出てきたのでしょう?えらいです。がんばりました」
......やべえ、胸の奥がきゅうーっとなる。
ぽろぽろと再び泣き始める俺の頭を優しく撫でながら、天使様は言葉を続ける。
「......私にもですね、引き籠もりの友人がいまして」
ああ、だから扱いに慣れてるのか。ちょっと腑に落ちた。てか羨ましいなそのお友達。俺も天使様とお友達になりたい。
「その人とはネットゲームでのお付き合いなのですが、とっても魅力のある人で。とても優しくて、面白くて......だから私は偏見は持ちません」
「......」
「でもその方、最近あまり姿を見かけないんですよね。元気ではいるみたいなんですが、ちょっと心配です。って、ごめんなさい!話がそれました」
「あ、いえ......ん?」
「ん?」
そーいえば。前に陽向が言っていたな。ネトゲオフ会で一人天使みたいな可愛らしい少女がいたと。
背が低く、ロシア人の血が入っていて綺麗な白い髪の......あれ、この子もしかして。
「あ、あの、天使様......じゃないや。あなたは、もしかしてバンドとかしてますか?」
きょとんとする天使様。くりくりのお目々がめいっぱい開いていて可愛い。
「なんでわかったんですか?今日は楽器も持ち歩いてないのに」
俺はバクバクと心音が鳴るのを感じながら、彼女にもう一つ問いかけた。
「......もしかして、担当の楽器って......キーボード」
「!」
「......rayさん、ですか?」
ぽかんと開いた小さな口が動く。
「は、はい」
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