第7話 拉致されたよ
「......もしかして、aoさん?」
呆けている顔すらも可愛い。そんな天使様のようなネトゲ仲間であるrayさんが聞き返してきた。
「あ、う、うん......」
「わあ!偶然ですね!すごいすごい!」
きらきらとした眼差しで俺の手を両手で包む。や、やわっええな。それに白くて細くて綺麗な指。
テンションが上がっているのか、声がちょっと大きい。
「えーっ!えーっ!ここの近くに住まわれてるんですか?あ、これマナー的にダメ?個人情報ですもんね。あ、でも連絡先は聞いても良い?」
「あ、おお、うん」
「やったあ!でもでも、可愛いお顔してらっしゃいますね、aoさん」
「そ、そんなことは......あ、俺携帯家に忘れてきてて」
「え?」
「久しぶりに外出したから、携帯も財布もなにもかも置いてきちゃってて」
ぽかん、とした表情のrayさん。
「ぷっ、あは......あははは!」
「......めっちゃ笑うじゃん」
「いや、だって!そんなことあります?あははは、面白い!」
「面白くねー」
「くふふ、失礼。ごめんなさい」
このノリ。ネトゲのまんまなんだな、この人。
「あ、そうだ。これ、スポドリ代今度払うよ」
「いえ、別に大丈夫ですよ。コンビニのクジで貰ったやつなので」
「クジ......」
「七百円分買い物をすると一回引けるクジです。それでそれが当たったんですよ。なんだか運命ですね」
「運命?」
「まるでここで出会ったaoさんにあげるために当たったみたいじゃないですか」
「あー......うん」
「なんですかその冷めた目は!やめてくださいよ、私が寂しいやつみたいじゃないですか」
ぷんすかと怒るrayさん。かわええ~。なんだこの生き物。
「ところでお出かけの途中だったんですよね?どちらへ向かわれていたんですか?」
「ちょっと楽器店にいこうかなと」
「わあ、良いですね!楽器店行きましょう!」
「いや財布無いし」
「あー、そっか」
「だからもう帰るしかないんだよね。ところでrayさんはこんなところで何してたの?買い物帰り?」
「まあ、そんなところですね。帰ろうと歩いていたら泣いていたaoさんを見つけた感じです」
どやあ!と胸を張るrayさん。ん?あれ、この子身長の割に胸デカくね!?
「そっか。いやマジで助かったよ。ありがとう」
「ふへへ」
「命の恩人と言っても過言じゃない。こんどお返しをさせてくれ」
「そんなの良いですよ!いつもネトゲで遊んでくれたりしてくれてるじゃないですか!それに今度バンドに来てくれるんですよね?楽しみ〜!」
ぱん、と彼女は量の手のひらを合わせ目を輝かせる。
「ふふっ」
思わず俺は笑ってしまう。
「あ、なに笑ってるんですか」
「いやrayさんってネトゲとおんなじなんだなと思って。ちょっと面白くて。ごめん」
「ふふ、aoさんもネトゲのままですね」
「そう?」
「はい!」
にこりと笑うrayさん。そしてそのままじーっと顔を見てくる。
「ど、どーしたの?」
「......aoさん、ちょっとお時間良いですか?」
「え、あ、うん」
「カフェ行きましょう」
「え?いや、俺財布ないんだが」
「私がおごります!あ、あと一人友達も呼んで良いですか?」
「え!?」
「うあっ!びっくりした!」
「い、いや、俺ちょっと知らない人は.......」
「え?ああ、知らない人は呼びませんよ。aoさんのよく知ってる人です」
「......え?」
――
それから近場のカフェへと移動した二人。rayさんの意図がわからないまま、俺は連れられて来たわけだが。
なぜ言われるがまま来たかと言うと、シンプルに人との会話に飢えていたから。
ずっと誰ともまともに会話してなかった約一年。
rayさんとの会話は最初こそ怖かったが、もう楽しさの方が勝ってしまっている。多分、ネトゲでたくさん交流していたからだろうか。初めて話す気がしないほどに気を許してしまっていた。
(まあrayさんがどう思っているのかはわからないが......でも、嫌いな奴をカフェに連れてはこないよな。つーかクーラー最強かよ。めちゃくちゃ涼しいんだが)
窓際の席。rayさんと他愛のない話を重ねていると、ふと人影が二人の前に現れた。
店のガラス越しに見えたその姿は、俺のよく知る人間だった。
ひらひらと手を振る彼女。久しぶりにみた高校の夏服。彼女はあいも変わらず、美しいルックスで太陽のように眩しい笑顔を振りまいていた。
彼女の姿が消え、カランカランと扉が開く音がした。
「やっほー!」
にんまりと陰キャを吹き飛ばしそうな輝く微笑み。
肩に掛かるくらいの亜麻色の髪。陽の光を浴びたそれは金色に輝いて見える。
とろんとした目のrayさんとは対照的な少し上がっている目尻。ふっくらした桃色の艷やかな唇と、汗ばんだ白い肌。
学校一の美人ギャルと名高い俺の幼なじみ。
「久しぶりだねえ!結人!元気だったかい?」
――
「お、おう」
「いやあ、びっくりしたよね!ほんとに女の子になっちゃってまあ!」
「お、おう」
ばしばしと肩を叩く陽向。いや変わんねえな。小さい頃からこんな感じで距離感が近かった。
「連絡ありがとね、光ちゃん」
「いえいえ」
「光ちゃん?」
横のrayさんを見るとにこりと微笑み自身に人差し指を向けた。
「私の名前です。
「あ、なるほど......」
そういや自己紹介とかしてなかったな。
「俺は青山結人って言います。よろしく」
「あたしは黄瀬陽向!よろしく!」
「知ってる」「知ってます」
シンクロするセリフ。三人顔を見合わせ「ぷっ、あはは」と笑いが起こった。
ああ、楽しいな。久しぶりに腹から笑ってる気がする。
「さてさて、それじゃあ家行こっか」
陽向のその言葉に「はい」と明るく返事するrayさんとは対照的に表情の曇る俺。
「ん?なんで?」
「そりゃあ決まってるでしょ。結人の髪を切るんだよ。ほら家ってヘアサロンやってんじゃん?」
「え、いやそんな」
「嫌なの?」
「こ、こんなボサボサ髪のダッサイ俺がそんなとこ行けるわけ無いだろ......は、恥ずかしくて死ぬわ!」
「何いってんの?だから行くんでしょ。心配しなくても可愛くしちゃるって〜!」
「いやいや、まてまて、俺はほらお金ないし!財布家に忘れてきててさぁ」
「ンなわけあるかーい!」
「あ、いえホントですよ」
rayさんがにこにこと口を挟んだ。
「え、そーなん」
「はい」
「じゃあ、え?ここの支払いは?」
「私が」
「すげえな結人。初対面の光ちゃんにたかるなんて」
「たかってないよ!?」
「ふふっ」
「いやrayさん笑ってないで誤解解いて?」
両手で口元を隠しくすくすと笑うrayさん。
「いやまあ別に最初から結人からお代はもらう気無かったからいんだけど」
「そうなんですか?」
「うん、だってあたしがカットしようと思ってるし。練習で」
「あ、悪い。用事思い出したわ」
「ないよ。結人に用事はない」
「なんで決めつけんの!?」
「いやだってそれ逃げたいから言ってるだけじゃん。どーみても」
「そ、そんなこと」
「なんでそんなに嫌がるんですか?」
「え?」
「来週の日曜にはネトゲオフ会あんどバンドメンバー顔合わせがあるんです。そのまま行かれるおつもりですか?」
小首をかしげるrayさん。
「いや、そりゃそれなりにしてくつもりだけど......rayさんはこいつの腕を知らないからそんな事が言えるんだよ。その昔、中学に入りたての頃俺はこいつの「ちょっとカットするだけだから」という言葉を信用して切らせた挙げ句、どんどん短くなって結果ほとんど坊主頭にされたんだぞ!?」
どっ!と笑う二人。俺の悲しい過去をいい顔で笑うやん。
「なーにいってんのよ!それ中学の話でしょ?今はちゃんとやれるし!」
ニカッと白い歯をみせる陽向。そのきらきらした笑顔に胡散臭いものを見るよう眉をひそめる俺。いや、実際胡散臭い。あの腕前からではどう想像しても上達している気がしない。
しかしそんな俺に対しrayさんが小さく頷きこう言った。
「では私がaoさんを安心させてあげましょう。今、私が行っているヘアサロンはhinaさんのお店で、担当してくださっているのもhinaさんです」
「え?」
そう言って彼女はにこりと微笑む。視線を陽向にスライドさせると同じ様に彼女もにこりと微笑んだ。
「さ、行こっか」
俺はこうして陽向の家へと拉致られた。
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