第38話 罠



馬草がにやにやと下卑た笑みを浮かべる。


「おいおい、ちょっと青山くん。何勝手に俺の女と喋ってんだよ、やめてくれる?」


奴がそういうと後ろにいる平田と田代がぎゃははは!と馬鹿笑いする。


「......俺の女って、誰が?」

「あ?」


反応の薄い俺が求めていた反応をしなかったからだろう。顔に苛立ちの色が見えた。しかし、すぐに薄ら笑いを再び浮かべ始める。


「こいつ陽向のことだよ。俺と陽向は付き合う事になったの。ひゃははは、よろこべ!今日からお前は平和な学校生活をおくれるになったぞ!陽向にお前をいじめないでって頼まれたからなぁ!良かったなぁ青山くーん?」


馬鹿笑いする馬草。嘘をつくなよ、嘘を。平気で他人を陥れ嘲笑う。最低の人種......本当に気持ちの悪い奴だ。


(俺も今日......同じになるけど)


それももう仕方ない。奪わなければ、奪われる。


だから、もう容赦しない――。


「馬草」

「あ?てめえ、なに呼び捨てにしてんだよ」


俺はポケットからボイスレコーダーを出した。これは学校に再びいくようになった時、何かがあれば自衛につかえるよう持ち歩いていたものだ。


これはいわゆる脅しというやつで、やってる事は馬草と変わりない。

だから、余程の事がなければ使わずにいようと思っていたが、こうなっては仕方がない。


お前は俺の大切なモノを奪おうとした。だからこちらもあらゆる手段でお前を潰す。


カチリと再生ボタンを押す。するとある音声がながれだした。



『おい待てって。久しぶりなのに逃げんなよな。つーかちょっと来い』

『......嫌だ』

『嫌だじゃねえよ。お前は断れねえだろ。ってか、あれ?声なんか高くなってねえかお前』

『......』

『あはっ、いやいや何黙ってんの?お前が女になってるのこっちはとっくに知ってんだよ。今更黙ってもおせーよばーか。あはは』



あの日、馬草に無理矢理部室に連れられて行った時の録音だ。


「あー......お前さぁ、それもしかしてあれか?部室でのあれも録音してあるの?」

「ああ、俺がお前に服を脱がされそうになったとこのこと?勿論あるよ」


「それ、どーするのよ」


「先ずはSNS、Pwitterにでもあげようかな」

「は、そんなんで脅してるつもりか?」

「?、別に脅してなんかないだろ。ただどうするかを言ってるだけだけど?」


「てめえ......」


「いいのか?」


俺はひらひらとボイスレコーダーを馬草の前で揺らす。


「多分、あっという間だぞ。こういうの好きなやつネットにはたくさんいるからな。一瞬で広まって取り返しのつかないことになる」

「はっ、バカが。それならこっちは昔撮ったお前の動画を撒くぞ。青山くんの下着姿をよォ」

「どうぞ。今の俺はもはや別人だ......そんなものいくらネットにあげられても痛くも痒くもない。たいしてお前はどうだろうな、馬草。やってること、明らかにお前の方がヤバくないか?」


馬草の目つきはもはや悪魔のようで、目尻がつりあがりこちらを憎悪の目で睨みつけてくる。


「馬草、無い頭でよーく考えろ。どっちが喰われる立場なのかを」


ちっ、と馬草は舌打ちをし、地面を強く蹴りつけた。苛立ちがピークに達しているんだろう。


「青山ァ、てめえそのレコーダーをよこせや」


じりっ、とにじり寄ってくる馬草。


「いや、ま、まて馬草」


黙って聞いていた馬草の連れが口を開く。


「さすがに分が悪すぎる......ネットにあげられたらガチで終わるぞ、これは」

「あ、謝ったほうがいいだろ。冷静になってくれ馬草......今日の青山やつ、ふつーじゃねえ。やりかねねえぞ」


田代、平田は正確に状況を理解しているようで腰が引けている。いい流れだ。しかし問題は馬草。こいつの行動次第で後の展開が変わってくる。


様子を伺っていると、馬草は溜息をついた。両手を上げた後がっくりと肩を落とす。


「あー......まあ、そうか。そうだな。確かにこうなったらどうにも出来ねえよな。俺の負けだよ、青山」


降参という意味だろう。だが、その言葉とは裏腹に馬草の目から敵意は消えていない気がした。


「ま、これで許してくれ......すまん、悪かった」


「......えっ」


陽向が驚く。彼女を取り押さえていた平田と田代も同様に唖然としていた。なんと馬草は膝を折り、両手を地面についたのだ。


「青山、ホントに悪かった......これからはもうお前に関わらねえ。だから、そのデータ消してくれねえか」


「......馬草、そ」


それは無理だ。と、言おうとした瞬間、俺の腹部に強い衝撃が走る。そう、馬草は俺に向かってタックルをしかけてきたのだ。


「がっ!!」


――ドン、という天地がひっくり返ったような衝撃。


「結人!!」


押し倒され、背を打つ。遠くから陽向の叫び声がしたが、すぐに口を塞がれたようで途切れた。

馬乗りになる馬草。やつは似たりと微笑む。


押し倒された衝撃でボイスレコーダーが吹っ飛び、この状態では手が届かない。

馬草はそれをみてひゃははっ、と高笑いをした。


「あーあ、やっちゃったぁ♡馬鹿かな?あらあら、青山くん」


口を塞がれ、声が出せない。それでも馬草の手首、腕を掴み抵抗するがびくともしない。掴んでいた手を振りほどかれ、顔に一発平手打ちをされる。


「青山うるせえよ。誰か来ちゃうだろ?黙れ」


「......ひっ」


「あ、いいなぁその顔。綺麗な女の泣き顔......もっと怯ろ」


馬草がポケットから携帯を取り出した。


「や、やめて、痛いっ」

「ほら、これがお手本だぜえ。あの日の続きといこうや。今日は逃さねえからな......ちゃんと女になってるか確かめてやる」


馬草が首元のボタンをひとつ外す。


「......や、やめて」


パン、と再び平手が飛んでくる。


「抵抗してもいいよ。殴るけど」


抵抗し、殴られる。それが何度か繰り返され、やがて俺はぐったりとする。


「お、もう観念したか。じゃ、遠慮なく」


ぐいっと馬草は俺の両手首を押さえつけた。それと同時に俺は奴に言い放つ。


「馬草。ひとつ聞くけど......お前大丈夫か?」


ぴたりと動きを止める馬草。眉を寄せ怪訝な眼差しを向けてくる。


「あ?なんだ急に......怖くて頭おかしくなっちゃったか?」


さて――。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る