第37話 対峙
いつものバンド練習中。rayさんが心配そうに陽向へ話しかける。
「どうかしましたか、hinaさん?」
「......え、なにが?」
はっ、と我に返ったかのような陽向。
「元気がなさそうに見えましたので」
「そ、そうかなぁ?元気だよ、あたしはいつでも!あははは」
腕を曲げガッツポーズをする陽向。しかし、その場に居た誰もが彼女の笑顔に違和感を感じていた。その証拠に空気がおかしいし、休憩中はいつもめちゃくちゃ喋る陽向だが今日は極端に口数が少ない。
次のライブまであと一週間もない。それなのに、陽向はミスが多く、心此処にアラズといった印象を覚える。もしかすると、何か悩みがあるのかもしれないな......。
「ま、調子が出ないときは誰にでもありますわよね。今日はもう解散しませんか、hina」
「え......でも」
『疲れてるのかも?たまにはお家でゆっくり休んだら?(*´艸`*)』
「う、うん......わかった」
ukaとkurokoの意見に渋々折れる陽向。何か言いたそうに見えたが、もしかすると上手くいかない自分に焦りを感じているのかもしれない。
「それじゃあ今日は解散しよう」
皆楽器を片付け始める。俺も汗をタオルで拭い、着替えをするためにパーカーを脱ぐ。ちゃんとしとかないと風邪をひくからな。
胸のしたの方を吹いていると、携帯にメールが入った。
「?」
見てみるとkurokoからで、『hinaちゃん何かあるね』と書かれていた。
まあ何かはあるだろうな。明らかに様子がおかしいし。
俺は一通り首周り腋の下を拭い、制汗スプレーをする。パーカーを着直して、撫でられたあとの犬のようにぶるぶると頭をふり、髪を撫でて整えた。
そしてkurokoに返事を打つ。
『後で聞いてみるよ』
すると瞬時に返ってくるメール。
『ありがと(๑´ڡ`๑)』
陽向はたくさんの仲間がいる。こうしているとよく分かる。kurokoもこうして心配してるし、向こうでは陽向にrayさんとukaが雑談を振ったりしている。多分、彼女が相談しやすいようにしているんだろう。
やがて全ての片付けが終わり、俺はタオルや着替えの入ったバンド練習セットの入ったリュックを背負う。
そして「わたくしはこのままバイトに入りますわ」というukaを残し皆帰路についた。
「では私もここで......また次の練習で」
『私もrayちゃんと話があるからここで〜!まったね〜!٩(๑òωó๑)۶』
rayさんとkurokoさんが別れ、ついに陽向と二人きりになった。
電車の中。帰宅中であろうかサラリーマンの波に飲まれる。ひとつだけ空いていた席に陽向を座らせ、その前の吊り革を握る。
「ごめん、結人」
「いや、大丈夫。気にしなくていい」
「うん......ごめん」
どこか、違和感があった。そのごめんには他に意味があるような。俺は妙な胸騒ぎを覚える。
電車を降りて、二人で歩く。真っ赤な陽が暮れ、あたりが暗く変わる。電灯がつぎつぎと明かりを灯しだした。
踏み出すあしにあたる石ころ。胸のつかえが限界に来た頃、耐えかねた俺は陽向に聞いた。
「なんか悩んでる?」
瞬き二回。わずかに眉間にしわがよる陽向の顔を見て確信する。
「......まあ、ちょっと」
「そっか」
何かを抱えている。けれど、それを話そうとしない。踏み込むべきではないのか......何で悩んでいるのか聞くべきか。
いや、聞かないで後悔するよりも聞いて後悔したほうがいいか。
「あのさ、陽――」
「結人はさ」
言葉を遮られた。初めての経験に俺は驚いた。いつも陽向は俺の話をちゃんと聞いてくれる。言葉を遮ることなんて一度も無かった。
「このバンド好きだよね」
「......うん」
「私も、好きだよ」
彼女はそういうと俺の胸に体を預けた。胸にしがみつくように、顔を埋めて。
「......許してね」
「え?」
突然のことについ固まってしまう俺。許してねって何をだ?
「ここまでで良いよ」
一歩下がる陽向。まるで彼女との間になにか壁があるかのような感覚。一歩前に出れば触れられる距離なのに、遥かむこうに存在しているように遠く感じる。
「......あ」
走り去っていく陽向。何も声をかけられなかった。
陽向の表情を思い浮かべた。薄暗く暗くてあまりよく見えなかったけど、あれは......助けを求めているような、表情だった。
「お兄ちゃん」
電柱の影からぬるっと現れる橙子。いや怖っ。
「ずっとみてたの?」
「電車降りたところあたりから。みかけたから」
見かけたら尾行してくる妹、怖えよ。
「そんなことより陽向さん、いいの?」
「良くはないけど、話してくれないからな......どうにも」
「私、知ってるけど」
「なにを?」
「あの人が何に悩んでるのか」
「......は?どゆこと?」
「あ、お兄ちゃんその表情イイ。ちょっと動画にとっても」
「ダメだ。それで、なんでお前が陽向の悩みを知ってるんだよ?」
むむぅ、とぷっくり頬をふくらませる橙子。俺は指で頬をつつき割る。
「いやあ、学校でさぁちょっと気になることあったから陽向さんつけてたんだよね」
「は?」
「ひっ、ま、まって怒らないでぇ......」
こいつはマジで.....俺は良いとして陽向にストーカーすんなよ。
「帰ったら説教な。それで何がわかったんだよ」
「あ、え、えっとねえ、あの人今日告白されてたんよ。それで多分どう返事をするか迷ってるんだよ」
「は!?こ、告白!?」
思わず大きな声を出してしまった俺。ランニング中のオジサンにじろりとみられ俺と妹は頭をさげた。
「お兄ちゃん、声でかいよ!」
「ごめん......てか、それマジで?相手は?」
「あ、いやぁ......相手はねえ、あんまり言いたくないかなぁ。ははは」
ひきつった笑みを浮かべる橙子。だが、俺はそれでピンとくる。なぜなら俺には心当たりがあるからだ。
「......馬草か」
「えっ、なんでわかったし」
ああ、そういう事か。あいつ......俺じゃなくて、陽向を......利用する気なんだ。
陽向が万が一にも馬草からの告白を受けるかどうかで迷うわけはない。断言できる。俺と同じく馬草を嫌っているのは間違いないし、であればその場で拒否するはず......なのに、保留し迷っている。
脅したな......あいつ。陽向を。
「お、お兄ちゃん......顔怖いよ」
俺は、仲間が......陽向が側にいてくれればどんな仕打ちでも耐えられると思った。だから学校にも行こうと思った。
俺は、こんな俺をこまで育てて面倒みてくれた親に感謝している。だから、過去の事は忘れて普通に生活しようと頑張ってた。
俺の事だけならまだ我慢できた。けど、あいつは俺の大切な人を......陽向を巻き込んだ。
「橙子、あのデータ......できてるか?」
「う、うん。ちゃんとできてる」
「そっか、わかった」
幸か不幸か、俺の迷いはこれで無くなった。
――
あたし、黄瀬陽向は陰キャだった。友達の輪にも入れず、遠くから皆が遊んでいるのを眺めている。一人机で絵を描く、家に帰ってからのアニメとゲームがなによりも楽しみな、そんな根暗な少女。
でも本当は混ざって遊びたかった。聞こえてくるアニメの話題に加わりたい。あれはどうすればクリアできるのかなってゲームの話をきくと、心の中で何度も答えたりした。
タイミングが見いだせずに、誰とも喋れなかった。
やがて小学生四年の頃クラス替えが行われ、結人と再会し同じクラスになった。
結人とは幼稚園からの付き合いだったが、小学校にはいって別々のクラスになり、疎遠になってしまった。学校生活外でも結人は妹の橙子ちゃんと仲が良くあたしの入る余地はなく、それも疎遠になった理由のひとつかもしれない。
しかし、だからこそ、そうなって結人の存在のありがたみがわかった。あたしは一人じゃなにもできなくて、結人がいなければ友達一人もつくれなかった。
「......あたし、結人いないと上手く出来ない」
久しぶりに彼と会話をし、その話をしたらこう言われた。
「そっか。それじゃ、もう俺がいるから大丈夫だよ。ほら、また昔みたいにヤバくなったら俺を盾にすりゃいいし。はは」
そう笑って結人はあたしの手を引き人の輪に連れていく。
何気ない些細な冗談。彼の笑顔と言葉はあたしの根暗で陰鬱な心をいつもかき消してくれる。
それからは色んな人と話ができるようになった。結人が会話の流れを上手くコントロールしてくれて、あたしの話しやすいようにしてくれた。そうしてくれたことで会話することがどんどん楽しくなってくる。
そして、友達がたくさんできた。結人が結びつけてくれた。今のあたしがここまで明かるくなれたのは彼がいたからだ。
(結人がいてくれれば私は無敵になれる)
そう思うとなにも怖くなくなった。
でも、それなのに......私は結人を馬草達から守れなかった。
あれだけ頼って守ってもらったのに、私は。
......だから、今度は私が結人を守らなきゃ。
――校舎裏。昨日と同じ場所に馬草が立っていた。その後ろにはいつもの仲間が二人。
「さあ、聞かせてくれ。どうする?俺の女になるか?」
携帯の録音は使えない。多分、このあと持ち物を確認される。そのためのあの二人だ。
強気な物言いはもし私が断ってもあの二人をつかって強硬手段でに出られるからか?
でもそれなら昨日の時点で......。
「おい、早く答えろよ」
苛立つような物言い。突然圧をかけられ、びくりと体が震えた。ぞわりと恐怖心が溢れ出す。
でも、私は結人を......今度こそ、守らなきゃ。
「......結人には、もう関わらないで」
「勿論。よし、それじゃ俺達は恋人同士だな」
「おおーさすがぁ!」「馬草マジですげー!」
「じゃ、陽向。恋人になったことだし......とりあえず、キスでもしとくか」
「......」
ぞわりと背筋が凍りつく。
後ろにいたふたりが携帯で撮り始める。
あたしは思わず、後退りする。それを追ってくるように馬草が迫る。腕を掴まれた。
......そうか、全部......罠だったのか。
多分、この動画をつかわれて脅される。
無理矢理抱き寄せられた。
その時。
「何してるの」
突然、彼の声がした。
「あ?」
馬草は一瞬止まり、その声の主に目を向ける。
「え?おお、青山じゃんか。お前、今日学校きてたんだな。はは」
馬草はにやりと口角を釣り上げる。それとは対象的に、彼の表情は今までに見たことのないほど感情がなく、冷たい。
現れた彼の姿をみて心が安堵したのか、かってに涙が溢れだしてきた。
「......結人、あたし......ごめん.....」
「うん」
結人は、熱のない暗い瞳で馬草を見据えていた。
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