第39話 証拠



馬草は首を傾げ俺を見下ろしている。


不思議そうにしている馬草。俺は奴に見ろと言うようにある場所に視線を向けた。馬草がそれを追ってそちらへ顔を向ける。


俺が視線を誘導した場所、そこは校舎だった。


二階の廊下の窓際から、こちらに携帯を向けこちらを撮影している女子生徒が一人いる。


「あ?なんだあいつは!?な、なに撮って、あ?あいつ、もしかして――」


そう、撮影係の橙子。気を取られ隙だらけの馬草。俺は奴の腹に拳を思い切り入れた。


「――がはっ!?」


俺が非力な女であることと馬乗りにされている態勢からすれば本来その拳に威力は然程ないはずだ。が、油断しきった馬草をどかせるくらいのダメージは入ったようだった。俺は拘束から逃れられ、奴はうめき声をあげ腹を抑えている。


が、これで気が済むわけもない。不意打ちをうけ混乱している馬草の顎めがけ俺は掌底を繰り出した。そしてそれは見事綺麗にヒットする。


「ぶっ、がっ!?」


――鮮血が宙を舞い、パタタっと地面を濡らした。


よろよろとよろめき、後退した馬草は尻もちをつく。だが、まだ逃さない。完全に奴を体の上からどかせることに成功した俺は素早く立ち上がり接近する。


俺は元が男だ。男のどこにどう攻撃すれば一番のダメージが入るかは本能的にも知っていた。だからそこを狙い撃つ。


俺はそこめがけまるでサッカーのシュートをするように、右脚を振りかぶった。


――ゴッ!!


開いた股、金的を思い切り蹴りつけた。というか蹴り抜いた。


「―――、あーーああ、あーーッッッッ!!!」


瞬時に馬草は声にならない叫びを発する。それは聞いたことも無いような、あらゆる苦痛を音で表したかのよう......馬草の顔が真っ赤になっていた。


「―――ぎっ、ぃい、あっ、でぇッッ」


ごろごろと股を抑え、転がる。


「......はっ、はっ――ああっ、は......」


凄まじい苦しみ様だ。涙と鼻水で顔中べとべとで、ワックスで整えていた髪型もめちゃくちゃ。制服も髪も土と雑草だらけに汚れていてひどい有り様だ。


ふと馬草と視線が合う。すると小さく悲鳴を漏らし、まるで芋虫のように後ずさった。


「......ひぃい、あひっ、うう、ああ――ああっ、あ......!!」


手をこちらに向け自分と俺との間に壁をつくろうとしている。


(......完全に怯えきってる)


ぼろぼろと涙を流し後ずさる。まんまるに見開かれたその眼、顔一面に貼られた恐怖の色は、戦意の一切を喪失しているように見えた。


「――あう、あああ、や、やめで......あっ、あ――」


じわりと馬草のズボンが変色した。股間を中心とし紺色の制服が黒色へと変えていく。......漏らしたか。


馬草はガチガチと歯を鳴らし震える。よく見れば歯が転がっていた。馬草のモノだろうか。


顎にあてた掌底が割といい入り方をしたのか、口元が血とよだれに塗れべとべとになっている。どうやらまともに喋れないようだ。

ま、恐怖で口が回らない可能性もあるが。


「――ううぅ、う――いっ、だい、ああ」


這いずりながらも俺から距離をとる馬草。股間を抑え苦悶の表情を浮かべすごい声で唸っている。


(......これは、再起不能か?ダメージヤバそう)


いや、まあ......やっておいてなんだが、その痛みを想像すると俺も耐えられないと思う。俺が今想像している倍以上の苦しみだろうし。ま、だからこそ狙ったんだけど。


「な、ど、どーした馬草っ!?」「おい、なんでやられてんだよ!!?」


事態が飲み込めていなかったようで陽向を拘束していた平田と田代が今頃駆け寄ってきた。まあ、この二人はあの位置からだと何が起きたかわからんだろうな。

だって、俺はあらかじめ奴らからは校舎二階がみえない位置に立ち、そこへ馬草を誘導したんだし。


そこでふたりが二階の妹を見てハッとする。


「な、誰だあいつ!?携帯.....え?まさか、ハメられたのか......?」

「これ、馬草が青山襲ってたの撮られて......やべえ!やべえってこれ!?」


俺は未だに苦しみに耐えている馬草を見下ろす。


「さて、馬草、平田、田代。お前らネットで有名になりたいらしいな?」


「「は?」」


田代と平田が目を丸くする。馬草は激痛でそれどころではないらしく答えられない。


「Re★Gameの偽物、お前らなんだろ?」


陽向が「.....え」と驚く。


「そ、それは」「いや」


「さっきの動画をSNSに流せば俺らのバンドを名乗るより有名になれるぞ。やってやろうか?」


焦っている平田と田代がより慌てふためきだした。体をくねらせ両手をあわせ懇願する。


「た、たた、頼む!やめてくれ」「そんなことしたら俺等もう......」


嘘偽りの無い二人の反応。焦り戸惑い、自分らがどういう立ち立場にあるかをしっかり理解できたようだな。


「おきろ、馬草」


土下座するような格好で股間を抑えてまるまっている馬草。こいつはどんなポーズでも苛つくな。不思議だ。いや今回しでかした事を考えると別に不思議でもなんでもないか。


「これは最後の警告だ。これ以上、陽向やRe★Game......俺の大切な人たちに関わるな。次なにかあれば......わかるよな?」


それは先程の馬草が行っていた暴行の映像をネットにアップするぞという意味だ。

馬草もSNSや動画サイトで晒される怖さは知っているだろう。だからこそそういう手段でいじめを行ってきたんだろうからな。その恐怖を刻みつけてやる。


(......すぐには楽にしてやらない。これから毎日、今日という恐怖を抱え怯えて暮らせ)


「わかったか?」


「......」


こくりと頷く馬草。俺はじっと睨む。


「ま、馬草ばか!!ちゃんとしろよ」


田代が慌てて馬草の頭を抑えつけ、地面に押し付けた。


「ちゃんと、わかってます!だからお願いします、それだけは」


平田も土下座をし、懇願する。


......これなら、大丈夫か。


「わかった。それじゃ消えて」


「は、は、はいっ、ごめんなさい」「すみません、ほんとに.....おら、いくぞ馬草」


引きずるように馬草が二人に連れられていく。あいつ大丈夫かな玉。心配とかじゃなくどうなってるのか気になる。


俺は校舎二階の妹に手をあげ合図をする。すると妹は頷き奥に引っ込んだ。

このあと妹がデータを消せと脅される可能性もあるが、もうデータは家のPCに転送済みだ。


脅そうものなら即座に徹底的に追い込む。


(......まあ、橙子ならそんな襲われる心配もないけど。護身術を独学で習得してるみたいだし)


「ゆ、結人......!」


陽向が涙を流しながら抱きついてきた。


「大丈夫?ごめんね、怖い思いさせた」

「ち、ちがう......あたしが、ちゃんと言えば」


「陽向、気を遣ってくれたんでしょ?もう馬草と関わらせないように......一人で頑張ってくれたんだね」


顔を横にふり否定する陽向。


「あたしのせいで、こんな怪我......」

「ああ、いや大丈夫だよ。この怪我は計画のうちだったから」


ふと、彼女の手が腫れた頬に触れた。


「......また、守られちゃったね」

「大切なモノは守るよ」


バンド、陽向、家族......それらの大切なモノに危害を加えようとする奴は必ず排除する。如何なる手段を用いても。


それから陽向に手を引かれ保健室へと連れて行かれた。保健室には会議中だったのか、先生は居なくて陽向が勝手に消毒液やらなんやらを出して治療してくれた。


「お兄ちゃん」

「橙子」


「陽向さんこんにちは」

「あ......うん、橙子ちゃんこんにちは」


よし。ちゃんと挨拶するように教育した成果がでてるな。橙子はこちらをみて心配そうな顔をする。


「怪我、大丈夫?」

「痛いけどまあ、大丈夫。ところで、動画はちゃんと撮れた?」

「うん、撮れたよ。あれなら通りがかった生徒が偶然あの現場を撮影したって感じでいけると思う。でも、お兄ちゃんホントにいいの?」

「?、なにが?」


「あの動画だよ。あいつらのやったこと考えたらもうネットにあげて制裁しちゃった方がよくない?あいつらは多分反省はしないタイプだと思うけど......まあ、もうちょっかいはかけてこないだろうけどさ」


「確かに。というか、別に俺はこれで許したわけじゃないよ」


陽向の顔がわずかに曇った。橙子はきょとんとしている。


「やるにしてもタイミングがあるって事だよ。炎上ってのは良くも悪くも大きな力がある......」


そうだ、タイミング。上手くやればこの件はRe★Game.......バンドの知名度に繋がる。


だからまだだ。まだ、今じゃない。



「あの、結人」


陽向がどこか不安そうな表情で俺の名前を呼んだ。


「なに?」


「......さっき計画って言ってたよね。馬草とのあれは計画だったの?」





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