第35話 盗人



「――は?誰がそんな勝手なこと......」


ギリッ、と歯をきしませる橙子。怒りを滲ませ彼女はそう言った。いやお前似たようなことしただろ、と突っ込みそうになったがその言葉は喉元でとどめた。


「橙子も知らなかったのか?」

「知らないし、そんな話きいたこともないよ」

「そっか......知り合いではない、か」


「で、でも安心して!あたしがすぐに特定してみせるから!」

「え?」


いま、なんて?特定?


「......偽物に連絡を取るのか?」

「うん。でも多分それだけじゃシラを切られて終わるから色々と手を打たないとね」

「色々って?」

「色々は色々だよ!」


あまり深く聞くなってことか?橙子はにこにこしているがその裏に怒りの感情が潜んでいるのがわかる。怖い。


「ま、こういうの得意なんだよね!心配ないよ、三日もあれば割り出せるからさ!」

「こ、こええよ......」

「あはっ、なんで?元はと言えばあたしが勝手にアップしてたからだから、あたしがちゃんとするよ。ていうか、お兄ちゃん」

「ん?」

「ごめんなさい、本当に。これからはちゃんとする。だから、嫌いにならないで」


感情の高低の差が凄いな。お兄ちゃん滑落しちゃいそう。

と、それよか橙子にはやってもらいたい事がある。


「大丈夫だよ。というか、やって欲しいことがある」

「......なに?」

「橙子ってアップしてる動画からして動画編集得意なんだよな?」

「うん」

「それじゃあ一つ頼みがある。俺が後で送る音声データ、メールに記載した指示どおりに加工してくれないか」

「音声データ......ん、良いよ。なんだろ」


小首をかしげる橙子。


「それとそのデータの内容は他言無用だ。漏らせば今度は.....本気でお前を許さないから」


このデータは俺にとってかなりの重要度がある。だからこそしっかりと釘を刺しておく。またあの冷戦が始まらないように。


俺は橙子の目をジッと見据える。


「......!」


きょとんとする橙子。やがてにへらっと微笑みをみせ、こう言った。


「その鋭くて冷淡な目つき。小さい頃のお兄ちゃんみたいね。......ま、女の子になっても、やっぱりお兄ちゃんは消えてないって事か」

「?」


「あたしたち、兄妹なんだなぁって。イカれ具合がさ」


にひっ、と笑って魅せる橙子。


「......イカれ具合って」


まあ、ある意味否定はできないけど。ただ、橙子とはベクトルが違うと思うんだ。いや、言わないけど。


(......ま、盗聴されていたんだし、色々と知っているだろうからな)



――



翌朝、学校の制服を着付けていると、俺の携帯に着信が入った。


(......知らない番号)


こういうのは安易に出ないほうが良い。俺は無視して学校へと向かった。

隣には橙子が歩き、にこにこと笑う。


「お兄ちゃん、女子の制服似合うね」

「え、ああ......ありがとう。なんか脚元がスースーして落ち着かないけど」

「あはは、あんまりスカートなんて履かないもんね」


そういう問題なのかな。よくわからんかったからスカートは橙子にやってもらったんだが、丈短くないか?パンツ見えねえかこれ。めっちゃ不安なんだが。


「......というか、橙子」

「ん?」

「俺と一緒にいると色々まずいんじゃないか?」

「なんで?」

「いや、クラスの目もあるし......」

「あはっ、そんなの心配しないでよ。大丈夫、今度はあたしが側にいてちゃんとお兄ちゃんを護るから」


ふと、その言葉で気がつく。橙子は陽向の代わりになることをおそらく諦めていない。陽向になりきろうとしているんだ。


――妹は本来大人しく静かな性格だった。しかし昨日から明るくなり口調も変わり、積極的に俺へと絡むようになった。


(なるほど......今のままでは勝てないと判断して、か。なら昨日からのその行動は理解できる)


まあ、俺はそれを利用するだけだが。もちろん、妹として家族として。


「お兄ちゃん、今日はどうするの?」

「どうするって?」

「教室くるのかなぁって」


そう。実は留年した俺は橙子と同じクラスなのだ。だからこそ妹の肩身が狭くなりそうで行きにくいというのが理由のひとつにあった。


しかし、この感じならそれも心配なさそうだ。


「橙子がいいなら」

「やったー!」

「おわっ」


がばっと俺の二の腕へ抱きついてくる橙子。


「ただ、急にとはいかないから、来週とかになるかな」

「そかそか!りょーかいっ!一緒にお昼たべよーねえ、お兄ちゃん!」


校門が見えた頃、橙子は約束どおり俺から離れて学校へ走っていく。


「あーおーやーまーくん?」


聞き覚えのある声に俺は振り返る。


そこには馬草とその連れが三人立っていた。停学解けたのか。奴らはにやにやといつもの気色の悪い笑みを浮かべていた。


「......なにか、用?」


「用があるから声かけてんだろ。わかれよなぁ〜」

「あたまわりぃからそりゃ無理だろ、はは」

「だって留年するくらいだからなぁ」


下卑た笑い声が響く中、俺は奴らに背を向けた。


「まてまてまて、なに逃げようとしてんだよ!」

「痛っ」


ぐいっと俺の肩を掴む馬草。相変わらず痛えくらい思い切り掴みやがる。

そのまま無理矢理正面を向かせ、対面させた。


「さっき電話したのに何で出ねえのよ」


今朝のあの電話は馬草だったのか。


「まあ、いいや。それよりお前さ、バンドやってるだろ」

「!」


バンド......御門達から聞いたのか?


「いやあ、凄かったな?お前のバンド。めちゃくちゃ会場盛り上がっててさぁ」


ライブの事を知ってる......!?


「まあ、俺の方が上手いけどな。そう思わねえ?」

「......」


この場合なんて答えるのが正解なんだ?難解なこいつの思考を読むなんて不可能だし、ここは沈黙するしかない。


「黙りかよ。まあ良いや。こっからが本題」

「?」


「お前のバンド、俺にくれねえ?」



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