第48話 埋まらない物



――軽音部部室。ギターの演奏が終わり、あたしはもやっとする。


「ふうん、悪くは無いね。いいよ、独学にしてはよく弾けてるよ橙子」


椅子に座りあたしの演奏を聴いてくれていた鳴々がパチパチと拍手した。


「えー、なにそれ......」

「え、褒めてるんだけど。なにか不満なの」

「不満とかではないけど......ちなみにあたしの今の技術と陽向さんの技術ってどれくらい差があるの」

「陽向さん......ああ、黄瀬先輩のこと?あの人と比べるなら、今の橙子のレベルじゃ比べられないとしか」

「マジでか......」

「大マジだよ。あの人は持ってる才能からして違うから。まあでも、逆に言えば殆ど才能でこなしてるんだけどね」


「?、つまりどーいうことだってばよ」


「努力量で追いつける可能性がある」

「......努力で」


「あの人の弱点は良くも悪くも交友関係の広さだから。ほら、いつも色んな人といるでしょ」

「まあ、確かに」

「だからあんたもお兄ちゃんのストーキングしてないで練習したら良いんじゃない?」

「ストーキングか練習か......」

「いや否定しろよ」


その時、部室の扉が開く。現れたのはあたしと鳴々と同じクラスの彩子だった。


「おー、橙子。またギターの練習か?健気やなぁ」

「まあ、ね。今日は御門先輩はこないの?」

「あの人は進路相談があるとかで、今日はくんの遅いで」

「そっか」

「なんや御門先輩に気があるんか?」

「ンなわけ無いでしょ。あたしが世界で一番愛してるのはお兄ちゃんだけ。他は無い」

「筋金入りやな......いい加減お兄ちゃん離れせえへんと後が大変やで。なぁ、鳴々?」


にたりとした顔で彩子が鳴々を流し見した。それに対して鳴々が目を細め睨みつける。


「なんで私にいうんだ」

「いんやぁ、べっつにぃー」

「私はね、べつにあの人のこと好きとかでは無いの。ただ、彼の歌声を活かせるのは私のスキルだけだと思ってる......それだけよ」

「はいはい、せやな」


すっごい自信。でもまあ鳴々は陽向さんと同じくらい上手い。だからこそあたしは彼女にギターを教えてもらいに来たんだ。

その時、ふと思った。


「......ちなみに、だけど」

「ん?」


鋭い目つきの鳴々がこちらを見る。


「鳴々と陽向さんって、ギターどっちが上手いの?」


あたしがそう聞くと鳴々は一瞬ぽかんとした表情になる。そして小さく息を吐き、こう答えた。


「私のほうが上手いよ」


揺るぎ無い自信に満ちた瞳の色。有馬鳴々は己のスキルに高い自信と誇りを持っている。だからこそ、その部分でも陽向さんを上回っていると思っているのかもしれない。


(いつも感じていた違和感......そうだ、あれは迷いだ。陽向さんのギターには少しの迷いがあった)


なら、鳴々の言う通りお兄ちゃんの歌声を活かせるのは、この鳴々達のバンドってこと?


その時、お兄ちゃんの笑顔が過った。陽向さん、rayさん、ukaさんやkurokoさんに囲まれて笑う結人の顔が。


(違う。例えそうでも、あそこがお兄ちゃんの居場所なんだ)


「あのさ、鳴々」

「ん?」


「あたしをボーカルにしてみない?」


――どうしてそう言ったかはわからない。けれど、内からこみ上げてきたものを言葉にして吐き出したら、それが出た。


目を丸くする鳴々と彩子。鳴々はそばのテーブルに置いてあったペットボトルの白湯を一口飲んで聞いてくる。


「......橙子、歌上手いの?」

「わかんない」

「カラオケとか行かない人?」

「うん、行ったことは無い」

「お兄さんとは行ったりしなかったの?」

「......お兄ちゃんはカラオケにはあまり行かないから」


「んん?せやったらどこで練習してんの」

「押入れ」

「はあ?押入れ!?」

「うん、押入れを改造して防音室にしてて、そこで練習してたよ」


二人は無言になり眉をひそめた。


「まあ、カラオケってお金かかるし」

「せやなぁ。てか、あれか配信で映ってたのって押入れん中やったんか」

「うん」


......ん?今更だけどこの話ってして良かったのかな?


「まあ、良いわ。これからあなたの歌をみてあげる。カラオケへ行きましょう」

「!」


「お?珍しいな、鳴々が興味もつなんて」

「まあ、あの人の妹だし。才能があるかもしれない。聴くだけ聴いてみても良い」

「ありがとう!」


「ほんじゃ御門先輩にも言うとくわ」

「?、彩子は行かないの?」

「うん、うちは残っとく」


「そっか。行くよ、橙子」

「うん」


多分、期待されてない。少なくとも彩子は聴くまでもないと判断したに違いない。でもそれはそうだろう。お兄ちゃんの歌を聴いてしまえば、他のボーカルになんて興味はわかなくなるだろう。


それでも、あたしに出来ることをする。


お兄ちゃんと同じ場所に、あの人達と対等になるために。



――



――ガラッ


「......ん?彩子だけか」


「おお、御門先輩。せやで」

「鳴々はどこに行ったんだ?」

「んー?鳴々はなぁ、橙子ちゃんの歌を聴きにカラオケいったで」

「......なんで?」

「橙子ちゃんがなぁ、うちらのボーカルやりたいって言い出してな。それで聴きに行った」


「それは......聴くまでもないだろ。鳴々が気に入る歌声なんて」

「まあ、うちもそう思うわ。せやけど僅かな可能性にでもすがりたいんやろ」


「......そうか」


鳴々の気持ちはわかるで。好きだった人がその彼女と仲良くしてんのみてたら寂しくなるよな。

でも、紛い物じゃそれは埋められへんで。



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