第23話 ライブ①




――ずっと考えていた。


俺達のバンドの実力ってはどのくらいの位置にあるのかと。


「......何をにやついてますの?」


「え?」


ライブハウス【arc light】控室。長椅子で隣に座るukaがジト目で聞いてきた。


「リハーサルが終わってからずっとにやにやと笑っていて不気味なんですが」

「まじで?俺、笑ってた?」

「緊張がとけたのは良いことですが、その顔はちょっと怖いですわよ」

「ごめん、ちょっと楽しみでさ」

「ライブがですか?」

「うん。俺達のやってきた事がどれくらい観客の人たちに響くのか。それが楽しみで」


練習と実戦は違う。いくら訓練を積んでも本当の戦いでは通用しないことはざらにある。

それはYooTubeで活動してきて痛いくらい理解していた。


だから、もしかしたらこの戦いで俺たちは失敗するかもしれない。


タイミングがズレたり、ピッチが合わなかったり、緊張で歌詞が飛ぶかも。


「まあ、たしかに......それはわたくしも楽しみですわ。良いライブにするために、頑張りましょう」


ukaが微笑む。


「うん、頑張ろう」


――でも、今はその危うさでさえ、楽しくある。



扉が開き、有馬が入ってきた。


「あ、青山だ」


「あ、おお」


手をあげ一応挨拶をする。向こうで飲み物を飲んでいた陽向が「?」と言った顔でこちらをみていた。そういや陽向は有馬の事を知らないのか。

そんなこんなで有馬の後に続き御門先輩と水戸が部屋に入ってくる。


総勢六組のバンドが集結する控室は、いくら広くつくられているとはいえ大所帯になっていた。

がやがやとあちらこちらで話に花が咲く。


御門先輩が挨拶にきた。


「青山。こんばんは。そちらの方は、青山のバンドメンバーの方かな?」

「あ、はい。うちのバンドのドラマーでukaっていいます」


「どうも。ukaです。よろしくお願いしますわ」


椅子から立ち上がり丁寧にお辞儀をする。それに対し水戸と有馬も頭を下げ返した。


「こんなきれいなドラマーの方は、はじめてお会いしました」

「あら、お上手ですのね」


にこりと微笑むuka。まさに気品溢れるお嬢様だな。外見は。


「uka、こちらは俺の学校の先輩で御門先輩。担当はukaと同じドラムだよ。そっちの子は一年の有馬でギターの子、で隣も一年の水戸、担当はベース」


「......よろしくお願いします」「よろしくお願いしますぅ〜!」


紹介が一通り終わり、ukaと御門先輩がドラム歴は〜等の雑談を始めた。それを横目に有馬が俺に近づいてくる。いや、近い近い、近いです。

顔をずずいっと近づける有馬。こいつ結構可愛いから無駄にどきどきしちゃうんだけど。


「あの約束は覚えてるよね」


彼女はじっと俺の目をみつめてくる。約束とは、バンド加入の件だろう。

どきーん!と心臓が跳ね上がった。くそ、忘れかけてたのにっ!


「ああ、覚えてるよ」


俺は平然と言ってのけた。出来ればライブが終わるまで忘れてたかった。いや、嘘だ。冗談冗談。


そんな訳にはいかない。だって陽向の方が上手いって俺は信じている。


※陽向はこの勝負を知りません。


「......あれ、水戸さん?」

「あ、黄瀬先輩」


飲み物を飲んでいた陽向とrayさん、お手洗いに行っていたkurokoが戻ってきた。


「え、なんでなんで!水戸さんなんでいるの!?」

「あ、そーか!黄瀬先輩に言うてへんかったわ!うちらのバンドも今日ライブするんですよ」

「ええ!?そうなの!?すごい偶然だねえ!!」

「ですよねえ!うちも先輩がおる知ったときはびっくりしましたよ!!」


陽向と水戸が両手を合わせキャッキャウフフと楽しそうな雰囲気に。

そして水戸は陽向の隣のkurokoにもはなしかけた。


「kurokoさんもこんばんはです!お久しぶりですね!今日はよろしゅう!」


kurokoは微笑みぺこりと頭を下げる。水戸とはファミレス以来になるのかな。

水戸、あの時会話も無かったのにちゃんとkurokoのこと覚えてて、挨拶もしてマジで偉い子だな。


「青山、紹介してよ」


有馬がそう言い三人をみた。なんか高圧的だな、有馬。怒ってるのか?


「えっとまずこっちが黄瀬、まんなかray、端っこkuroko。以上」


『「「いや適当過ぎる!!」」Σ(゜Д゜)』


三人から同時にツッコミが入り、ほっこりする俺。これこれ、このツッコミよな。ウチのバンドは。


「いやごめんごめん。えっと、陽向......黄瀬は有馬もしってるだろ?ウチのバンドのギタリスト」

「どもどもー!よろしくね、有馬さん!」


ぺこりと頭を下げる有馬。心なしか睨んでるような......まあ、ライバルみたいなところあるから仕方ないけど。でも行儀わるいよな。あとで注意しとくか。


「それとこちらがrayさん。担当はキーボード」


「よろしくお願いしますね」


「......」「よろしくお願いしますぅ!」


水戸は元気よく挨拶してくれてるけど、有馬ちゃん〜お前はまったくもう。

ま、いいや。紹介続行だ。


「で、こちらがkuroko。ベーシストだよ」


『よろしくお願いします!(*´∀`)』


「......」「筆談!?」


やっぱりびっくりするよね、そこ。まあこれがkurokoなんでね。

さて、次はおまえらだぜ。


「えっと、それじゃあこっちベーシストでウチの学校の一年、水戸」

「水戸ですー!よろしくお願いしますぅ!」


びしっ、と手を天高くあげキレッキレの挨拶をかます。なんとも気持ちのいいヤツだ。

さて、最後。問題児いくか。


「で、こっちが......」


俺が指し示すと、有馬は前に出た。そしてそのまま陽向の正面へ。


(え?)


顔を近づける有馬。近い近い、近いです有馬さん。危ないですってそれ。


「な、なに?有馬さん......どうしたの」


驚く陽向。それはそう。


「黄瀬先輩。ギターお上手だと聞きました。けれど私のほうがスキルは上だと思うので......青山くんは、必ず私がもらいます」


あれだけざわついていた場が静まり返った。有馬は陽向に宣戦布告をした。しかし、言い回しが絶妙だった。

青山くんは必ず私がもらいます......って、男を取り合ってる女子みたいなんですが。


それに対し、少し困り顔で陽向は言った。


「えっと......何が何だか、状況がわからないんだけど」


それはそう。だってその話は俺と有馬のバンドしか知らないことなんだから。って!やべえ言ってねえじゃん!!(今気がついた)

せ、説明しないと......事後承諾になるけど、この勝負の話したら怒られるか?


そんな事を考えていたその時。陽向が続けて有馬へ言い放った。


「でも、あげられないよ。結人は」


胸を張り、陽向は挑発的な有馬の瞳を見据える。


(......本当に強くなったな......陽向は)


「......そうですか。勝負、楽しみにしてますね。では」


そう言って有馬が部屋を出ていく。それに伴い御門先輩と水戸もその後を追って出ていった。

いや、嵐のような奴だったな。有馬。


「で、どういうことなの?今のは」


珍しく陽向が怖い笑みを浮かべ俺の腕を肘でつついてきた。それはそう。

気がつけばukaもrayさんもkurokoも集まり、俺は包囲されていた。


「あー.....え、えっとぉ......」


有馬とのバンド加入を賭けた件、うちの陽向の方がギターが上手いと啖呵を切った事、俺は全てをみんなに打ち明けた。


「そういう事ですか、なるほど。売り言葉に買い言葉というやつですねえ」


にこにことrayさんが微笑む。その隣では陽向が複雑そうな顔をしていた。


「いやー、そりゃーさぁ結人があたしの方が上手いって言ってくれるのは嬉しいけどさぁ......あうぅ、はぁ」


『照れちゃいますねえ(*^^*)』

「ねーっ」


kurokoとrayがにやにやと陽向の顔を覗き込む。


「あの有馬という子.....aoはあの方の演奏を聴いたことはありますの?」

「ううん、無いよ」

「あの子のバンドは何度かみたことがありますわ。最後にみたのは1年前くらいでしたかね」

「......そうなんだ」


rayさんが聞く。


「それで、どうだったんですか?演奏の方は」


「レベルはかなり高かったですわね。ただ、ギターである有馬さんの力が大きくて、ほか二人がついていくのに必死でした......チームとしてはそこが課題のバンドという印象でしたわ。いずれにせよ有馬さんの実力は相当なものでした」


ukaが褒めている。ってことは有馬のスキルは本物なんだ。


『この1年でどれだけバンドとして伸びたかだねえ』

「あ、でも勝負ってギターの実力の話なんじゃないんですか?」


「うわぁ、緊張する」



扉が開く。


「お客様入られました。これから順次演奏の方よろしくお願いします。まず一番目、トップの【Rainy Planet】さんはもうスタンバイされてますので、ご覧になる方は移動してください」


心音が大きくなる。どくんどくんと、胸の奥で。


――客席、大勢の人が床を敷き詰めていた。談笑する人、カクテルを煽る人、ただひたすらライブが始まるのを待っている人。人の群れ。


「すごい人だねえ」


陽向がテンション高めの声色でそう言った。


「今回のライブイベントは人気のバンドばかりですからね。音楽関係者の方々もいらっしゃってますわ」

『なんか見たことある顔いるなぁと思った(*´ω`*)』

「私、なんだかピアノの発表会を思い出します」

「rayさんピアノの発表会とか出てたんだ?」

「はい!中学生まででしたけど、たくさんでてましたよ」


「その子、ピアノの奏者としてはかなりの有名人ですわよ。引く手数多の天才ピアニスト」

「え、そうなの!?」

「元、ですよ。元!」


その時、会場の照明が薄暗くなる。ステージも闇に覆われ、しかし人の移動する気配があった。

十中八九、【Rainy Planet】のメンバーだろう。


何かが起こる前触れ。その緊張感は心地よさと不安が入り乱れ、日常と切り離されていく感覚に襲われる。


――闇の中から、ギターの音色が鳴る。


ギターソロが始まり、ステージ上の三人を上からの照明が照らしだす。


十秒にみたないソロ。その終わり際、ドラムとベースが混ざり合う。


音の爆弾。会場の全てが吹き飛ぶかと思うほどの力強い音色が三人から迸る。


(......すごい)


高校生バンド。いくら凄くても、とどこか彼女らを舐めていた。

目の当たりにしてわかる。


【Rainy Planet】はかなり高いレベルに在るバンドだということが。


「彼女たちはスカウトされたこともあるみたいですわよ。どこのレーベルかは知りませんが」


隣にいたukaは言った。


「ao、もしかして......怖じ気付きましたか?」


俺の目を見据え彼女は問いかけた。


「いいや」


俺は首を振り、笑ってみせる。



「俺たちの方が上手いよ」



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