第22話 勝負
軽音部副部長、
そしてその左隣にいるのが金髪ボブの少女が、確か名前を
「えっと......どうしたの」
俺は有馬の横にいた水戸をみて首を傾げた。
「いや、んな可愛い顔してもあかんやろ!なんで普通に帰ろうとしてんねん!学校来たら部室来てっていうたやろ」
「いや無理無理。ふつーに部室なんて行きたくないもん」
「ならあの時にそういうて!?他の場所ちゃんと考えたのに!」
「いやあの場のノリ的な。ほら水戸さんバイト中で忙しそうだったし」
「おいバイトの事いうなや!」
「あ、ごめん。ならあの場で口止めしといてもらわないとさ」
「いやあの時のノリ的な!秘密でって空気があったやんか!」
「ちゃんと言葉で伝えないと想いは伝わらないよ......悲しいけどね」
「やかましいわ!なんやそのニヤケ面!!物憂げな表情をすんな!」
あれ、こいつ面白くね?ノリ良いなぁ!
その時、御門先輩が「まて水戸、落ち着け」と制止する。
「すまない、青山くん。君の事情は聞いている。確かに考えてみれば部室に来てくれというのは酷な話だったね。こちらで気を遣うべきだった。悪かった。この通りだ」
頭を下げる御門先輩。あれ、見た目通りやっぱりまともな人なの?俺が馬草に脱がされそうになった時も止めようとしてくれてたし。
軽音部の奴らはみんなヤバいって認識しちゃってるからな、俺。
認識を改めていると有馬が近寄ってきた。寄ってきて......寄ってきたのは良いけど、顔が近いです。
至近距離に顔を寄せてくる有馬。思わず俺はうつむき視線をそらす。
すると彼女は下から覗き込むように見てきた。あ、いい匂い。
「ホントにこの子があの動画の子なの?」
あの動画の子?その一言を聞いた時、嫌な感じが背筋を走った。ゾワゾワっとする感覚。
歌い手駆け出しの頃、アンチのコメントを見てしまったときのような悪寒。
ま、まさか......。
「そのはずだけど」
「な、なんの話?」
「え......あなた、aoって名前で歌の動画だしてない?」
大きな目をぱちくりさせ有馬はじっと見つめてくる。
「青山くん、生配信中に顔映っちゃったときあったやろ。それ拡散されとるで」
「拡散!?マジで!?」
「あー、やっぱり青山くんやん!きまりやなぁ!」
あははは、と笑う水戸。ハメてんじゃねえ!俺、こういうの簡単にひっかかるんだから!やめてよね、もう!
「まあ、そんな事で登録者29万人の凄腕ボーカルの青山くんに頼みがあるんだ」
......頼み?これまた嫌な予感がする。一応聞いてみよう。
「なんですか」
くいっと眼鏡を上げ御門先輩は言った。
「俺とここにいる水戸、有馬はバンドを組んでいる。しかしボーカルがいなくてね。......だから青山くん。君、うちのボーカルになってくれないか?」
「え」
え、とは言ったものの、なんとなくそれは予想がついた。俺の数字をつかってバンドをバズらせたいのか?
「いや、それは」
「もう他のバンドに所属してるから無理、かな?」
「!」
「水戸から聞いてるよ。楽器を持っている子と一緒にいたと。バンド仲間なんだろ?」
「聞いてるなら話は早いですね。そうです。だからそちらにはいけません」
「なんで?」
有馬が言う。
「掛け持ちすれば良くない?」
ずずいっと近づく有馬。鼻先が触れた。あぶねえって!
「あ、すまんな。鳴々は目が悪くてなぁ、近寄らんと見えへんのよ」
「眼鏡は!?」
「眼鏡買う金あるなら楽器に使ういうて買わへんねん」
「こんなに見えないならさすがに買って!?」
思わずツッコミが出てしまう。有馬って天然なのか?
「そんなことは良い。うちに入ってくれるのかどうか。それが重要」
目を細める有馬。真剣な表情に思わず息を呑んだ。本気なんだな、この話。
「.....いや、俺は......掛け持ちでバンドができるほど器用じゃない。だから無理」
バンドだけじゃない。動画投稿に生配信、作詞とか遅れてる学校の勉強だとか色々あるし。掛け持ちなんて無理だ。
「そっか」
お、素直?有馬が一歩後ろへ下がる。
「じゃあ掛け持ちは無し。ウチのバンド一本でやろ」
「......ん?いやどゆこと!?」
ビクッと驚く有馬。あ、ごめん。まさかの提案でついツッコミを入れてしまった。
御門先輩が言う。
「青山。ウチのバンドに来てくれ。俺達なら君のボーカルとしての才能を活かせる。特にそこの有馬のギターの腕はかなりのモノだ。きっと二人の才能があれば、この俺達は伝説的なバンドになれる」
有馬ってそんなにギター上手いのか。でも、多分......いや、絶対に陽向の方が上手い。
「それは青山にとってもメリットはあるはずだ。だから」
「いえ、すみません。御門先輩」
「え?」
「俺はこのバンドには入れません」
どの道、いずれは一人で戦っていかなきゃならない。それに。
「ウチのバンドのギタリストの方が上手いんで」
俺は言い切った。言わずにはいられなかった。ここだけは譲ってはいけないと思った。
陽向は俺の大切な......最高のギタリストだから。
水戸が目を見開きこちらをみている。いや、彼女だけじゃない。他の二人も。
しかしやがて有馬はむっとした顔で腕を組みこう言った。
「私より上手い?それってホントなの?何を根拠にいってるのかな」
「......有馬の演奏を聴いたことはない。けど、陽向のギターは誰にも負けないくらい上手い」
「陽向って、黄瀬先輩?」
「知ってるの」
「まあね。軽音部に在籍してた事もあるし。そっか、あの人かぁ......まあ、負ける気しないけど」
「!」
「だっていっつもお友達と遊び歩いてるような人だよ?ギターの練習だってその空いた時間でしかしてないでしょう。私は生活の殆どをギターに捧げてる......そんな人に負けるわけ無い」
スキルに対する圧倒的な自信。それが彼女の瞳にあらわれていた。睨みつけるでもない、蔑むでもない。
ただ、真っ直ぐに臆することもなく俺の目を見据えている。
「よし、わかった。それじゃあさ、俺達のバンドの演奏をみてくれよ、青山」
「演奏?」
「こんどライブするんだ。次の日曜日。【arc light】ってライブハウスでやるんだけど、チケットあげるから来てみてくれ」
え、【arc light】でライブってまさか。
手渡されたチケット。そこに記載された出演バンドのリストには俺達の名前もあった。なんて偶然だよ。
有馬がいう。
「私達のバンド名は【Rainy Planet】よ。絶対に来て。私の力を魅せてあげる......損はさせない」
にやりと笑う有馬。彼女らのバンドの順番は一番目か。このライブの出演バンドの殆どが実力派として名高いと陽向に聞いた。
ukaが口利きしてくれた俺らは別として、このライブに出られると言うことは彼女らのバンドは相当なレベルだということ。
「どうした?青山」
御門先輩がチケットを見つめ黙っている俺を心配する。有馬が言う。
「青山、このライブでうちに入る価値が......私のほうがその黄瀬先輩よりも上だと感じたら。バンドに入って」
真剣な有馬の目。御門先輩も、水戸も本気なんだ。空気が張り詰めていた。
「わかった。有馬達のライブをみるよ」
「!」「よし」「よっしゃ!やったぁ!」
「けど、三人も俺達のバンドを観て欲しい」
有馬が眉をひそめる。水戸が「あー、おっけーおっけー!」と笑い御門先輩が俺に聞く。
「それで、青山達のライブはいつあるんだ?」
俺はチケットに書かれているライブ開催日を指差し言った。
「この日です」
「「「え?」」」
三人共同時に声を発し、水戸が目を丸くしながら聞く。
「もしかして、同じ......【arc light】で、このライブに?」
「うん」
「何番目?青山のバンド」
そう有馬が聞く。
「五番目」
「ラストの組の一つ手前か。なるほど」
御門先輩が頷くと、有馬が好戦的な笑みをみせた。
「それじゃあ、勝負だね。青山」
――有馬はこちらに指を差して微笑む。まるで獲物を見つけた猛獣のような瞳で。
「どっちが上手いのか、このライブでハッキリさせようよ。それで青山の心がこちらに傾いたら、私らのバンドに入って」
俺の気持ち次第。決して公平ではない勝負。けれど有馬はその戦いを挑んできた。
「青山が言ったんだよ?私より上手いって......なら、いいでしょ?」
それは自分達の音楽なら俺の心を動かせると確信しているから。
(......面白い)
「わかった、その勝負受けるよ」
俺は彼女の熱に浮かされていた。
そう、その後すぐに冷静になりライブまで悩みを抱え続けるということをこの時の俺は露程も思ってなかったのだ。
(......ああ、なんで勝手に勝負なんか受けちゃったんだろう......)
――そして、時は流れ......要らぬ悩みを抱えたまま、その日が訪れた。
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