第43話 結ぶ人


青空の広がる昼間の屋上。紫堂先生と俺は二人で町並みを眺めていた。


「......そうか、お前の仕業だったのか」


俺は叱られるのを覚悟で馬草にした事を話した。すると先生は驚きもせずにぽんと頭を撫でられ、特に説教もされなかった。


「怒らないんですか」

「私には怒る資格は無い。むしろ申し訳なく思っているよ......すまない」


先生が裏で色々としてくれてることを知っている。

個別授業のスケジュール管理、親のメンタルケア、そして馬草グループとの対話。

俺がこれから平穏に学校生活をすごせるように動いてくれていた。


だから目の届かない範囲は勿論ある。今回の馬草の件がそれで、先生も【Re★Game】の事を知り、馬草らの仕業かと思い調査していたようだったが、決定的な証拠もなく間に合わなかったようだ。


「それで、私にこの話をしたということは......」

「はい、先生にも協力してもらおうと思いまして。と、いっても断ってもらっても良いですけど」

「私になにをやらせるつもりだ」

「いえ、協力とは言いましたが、特に何かをしてもらおうとは思ってません。ただ、これからこの学校に起こることで先生も被害を被ることになるかもしれないという......お知らせです」


馬草の罪という手札。それをより効果的につかうには......。


「結人」

「え!?あ、は、はい?なんで名前呼び......?」

「なんとなくだ。嫌か?」

「嫌ではないですけど......なんですか」


「私はもう覚悟はできてる。学校側の人間としていつかは償わなければならない事だからな」

「別に先生のせいではないですよ」

「いや、そうともいえないさ。この学校にはいじめは他にもあるからな」

「え?」


「確証は無い。けど、雰囲気というのかな。そういうのでわかるんだよ」

「対処しないんですか」


答えを知った上で俺は質問した。


「対処できるならしたいさ。けれど、これが相当に難しい。いじめる側は狡猾でその証拠を隠し、たとえそれがあったとしても、いじめられる側は報復を恐れ何も言えない......だからどうにかしたいけれどどうにも出来ないのが実情だ」


確かに。馬草に植え付けられた恐怖心は、俺を引き籠もりにまで追い込んだ。今回のように陽向がとられでもしなかったらずっとそれを抱えながら生きていく事になっていただろう。


「それに、もしも教師に訴えたとしてもまともに取り合わないやつもいる。なぜかわかるか?」

「なぜですか」

「いじめるやつというのはまたやるからだ。あいつらにそれをやめさせるにはそうとうな時間を要するし、多くの時間をかけてもやめる保証もない。これはだから仕方がないという話じゃないし、その類の輩を肯定する訳ではないが、教師も人間だ。そんな解決できるかもわからない難題からは目を逸らしたくなるんだよ」

「......でしょうね。というより、根本的にいじめる奴が絶対的に悪いし」


「ありがとう。でも、理解を求めたわけじゃないんだ。この問題というのはそれほどに解決するのが難しい。しかし、お前は解決した」

「汚い手をつかいましたけどね」

「これは正攻法では解決できなかったからな」

「肯定してるように聞こえるんですが。それ教師っぽくないですね」

「私は今、一人の友人として話しているんだよ結人」


先生はまた俺の頭を撫でる。


「良くやった。でも心配させるな」

「すみません」

「謝らなくて良い。お前は正しい」


......理不尽!でも理解のある人でよかった。まあ、最初から知ってはいたけど。人の事心配してネトゲにまでくる人だからな。


「それで、いつ実行するんだ?」

「......先生は俺が何をするかわかるんですか」

「わかる」


「なら、なんで止めないんですか。さっきから思っていたんですけど、俺のやろうとしてることってかなりの影響力がありますよ。それこそこの学校を窮地に追いやるような」


「でもそれは光になる」

「光に?」


「この学校以外にもお前と同じく暗い場所で絶望している人間は多いだろう。けれど、結人のように底から這い上がり大人気バンドとして名を挙げたものがいると知れ渡れば、それは希望の光になる......そのために使えるなら、こんな学校いくらでも使えば良い」

「前半教師だったのに後半教師の台詞じゃねえ」

「何度も言わせるな。私は今、教師としては喋ってない」

「あ、そっすか」


......ま、それだけじゃないけど。ざっと思いつく限りで問題提起、晒し首......抑止力。色々な効果が見込める。


「そういやお前らのバンドってなんで【Re★Game】っていうの?」

「それは、皆が色んな事で一度挫折してて、でもまた好きなもので再起を果たせたから......人生ってゲームみたいじゃないですか。だから、【Re★Game】」


先生は腕を組んで微笑んだ。


「人生はゲームか。へえ、良いね」

「ありがとうございます」


「きっと、そんなお前らの音楽を聴いた人達は、またお前らのように好きなゲームを始められるようになるだろうさ」

「......そんなバンドになれるといいですね」

「なれるさ。またゲームを始め、どん底から這い上がった五人の姿を目の当たりにして心が動かないやつはいないと私は思うぞ」

「......ですかね」

「んだんだ」


なでなでと頭を撫でられた。


――空、青いな。



――



「と、言うわけでね、お兄ちゃん。あたしにもご褒美が欲しいわけなんですよ」


バンド練習へと向かう道中、橙子がなにやら言い出した。


「もしかして、馬草の時のこと?」

「そーそー。あんな危険な役回りをこなさせといて無報酬は割に合わないでしょ?もしかしたら撮った動画を奪いに取り巻きが来た可能性もあったんだし」

「でも橙子なら馬草たちくらいからなら逃げれたじゃん。足速いし。こないだ陸上部の助っ人してるの見てたけど、ほんとすごかったし」

「そ~いう問題じゃ......って、あれ今褒められた?えへへ、やったぁ♡じゃない!!あぶねーごまかされるとこだった!」 

「人聞き悪いな。ごまかす気なんてないから」


ちっ、ごまかされろや!


「てかご褒美ってなにがほしいの?」

「お、聞いてくれるの!?それはねえ、お兄ちゃんに着て欲しい服があるんだよ」

「着て欲しい服?なに?」

「それはさぁ、みてのお楽しみなんだよなぁ。でもきっとお兄ちゃんに似合う服だよ♡」

「......なんか嫌な予感がするな」

「ないない、しないよ。嫌な予感なんてない。あ、ライブハウスの前に陽向さんいるよ」


橙子が指をさした先。ライブハウス【Arc Light】の前には既に陽向、ray、kurokoが揃っていた。


「やほー、結人と橙子ちゃん!」


「今晩は〜陽向さん、光さん、雫さん!」


「今晩は、橙子さん」『よっすー橙子ちゃん(ㆁωㆁ*)』


実は橙子は皆と顔なじみになっている。少し前からバンド練習に顔を出すようになっていて、PC関係が得意なので動画編集や調整やHP、各SNSやスケジュール調整をしてもらっている。これによりみんなの負担が大幅に軽減され、かなり助かっている。


いや有能かよ!......これは大概のご褒美やお願いは叶えてやらねばという気にさせられてしまう。えーと、なんだっけ着てもらいたい服?まあ、着るくらいなら良いか。


「あら、みんな揃ってますのね」


「uka」「こばはー」「こんばんは」『こんばん、わー!٩(′д‵)۶』


「ukaさんこんばんは!2分前ギリギリですね」

「むぐっ、橙子。さすがはaoの妹ね。時間に厳しい」


「いや時間は守れよ」「守ってくださーい!」


「あはは、ウケるなぁこの兄妹」「ふふっ、ホントですね」『ww(*´艸`*)』


「と、とにかく練習しますわよ。入って下さい」


『「「「「はーい」」」」(ㆁωㆁ*)』


ukaが扉をあけぞろぞろと皆が入っていく。俺は服をつままれ立ち止まった。


「どうしたのuka」

「......みんな、仲間ですから」


心配そうな彼女の目。俺は頷いた。


「わかってるよ」





――あの日、馬草に全てを奪われそうになって、やっとわかった。俺はこのバンドが好きだ。ここに居たい。心の底からそう思った。


(......そして、このバンドの意味)


誰かの希望の光に――先生の言葉が脳裏によぎる。


俺もそうなれたらと思うよ。あの頃の俺と同じく、暗い闇の底を彷徨う人たち。君たちの生きる希望になれたらと......だからもう綺麗事は捨てる。利用できるものは全て使う。敵も味方も。


あらゆる手段で成功させる。


――俺はこの、ガールズバンドでなり成り上がる。




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