第15話 再び



――通学路を歩いていると、あの頃の嫌な記憶が思い出される。

だんだんと重くなる足を引きずりながらも、なんとか校門まで辿り着いた。


顔を上げれば校舎の各教室が目に入った。俺のクラスも見える。

こちらを見られている錯覚に陥り、一気に気が沈んでいく。


(......今は授業中で、多分こっちを見てはないだろうけど)


いや待てよ?俺、窓際の席の時たまに校庭をぼーっとみてたよな。見られたら嫌だし早く学校入ろ。


久しぶりの校舎の中。俺がさいごに見たときよりも綺麗に見える。床かな?ワックスでもかけたのか艶がある。

それと傘立てが新しくなっていて、壁にはらさっていたポスターも新しいモノになっている。


(なんか、別の学校みたいだな......たった一年くらいしか経ってないのに)


そんな事を考えていると、俺は自分の下駄箱の前に来ていた。

改めて感じる。過ぎた時の重さを。


通学路の比じゃないほどの気重さ。


下駄箱を開いてみる。昔は毎日かかさずゴミが入っていたそこはみたことないほど異様に綺麗にされていた。

不思議に思ったのもつかのま。上履きの横に小さな黄色い手紙が置かれてるのに気が付きピンとくる。


(......これは)


手紙を開くと、やはり陽向の丸っこい文字が並び綴られていた。


『おかえり。あたしがいるから大丈夫だよ。またこれからよろしくね〜! 陽向』


短いメッセージに溢れる優しさ。俺は素直に嬉しかった。気がつけば全身を覆っていた気重さは消え、俺は校内へと踏み入れる事ができた。


「久しぶりね、青山くん」


職員室へ入ると今の一年の担任である紫堂しどう 実花みか先生が応接室へと招いた。

この人は俺の担任になってから度々家へと足を運んでくれていて、引き籠もり中でも何度か会話(扉越しで)したことがある。


「青山くん最近つきあいわるくない?」

「え?あー、ちょっと忙しくて。すんません」

「こないだのレイドもせっかく誘ったのに来なかったし。あのモンスター沸かすのに一ヶ月かかったのよ」

「えっと、申し訳ない」


なんの話?と思われただろうか。うん、これねネトゲの話。

この先生ネトゲのフレンドなの。

なんらかの方法で俺がネトゲをやっていると推測した彼女はそのネトゲ内で近づいてきた。そして気づけばいつのまにかフレンドになっていた。


色んな意味で恐ろしい人だった。けど、この状況では心強い味方でもある。

むしろ話しやすいからありがたい。それに、ネトゲのウチのギルドは音楽好きのチーム。つまり、先生も。


「忙しい、忙しいねえ。もしかして青山くん、バンドでも始めた?」

「......あ、えー、まあ。はい」

「まじで!?すごいじゃん!!」

「あ、あの先生、今はそんな話してる場合じゃ......仕事してくださいよ」

「え!?あ、ああ、ごめんなさい。えーと、それじゃその話は後で」


先生って確か二十四歳だったよな。先生って忙しいんだよな?でもネトゲのイン率高いし......彼氏とか居ないのかな。

こんなに綺麗なのに。


黒髪のハーフアップのボブ。目尻のホクロと、眼鏡。シンプルに美人教師なんだが。

あ、胸が少し小さめなのがあれだけど......いや、ポイント高いのか。


(って、んな事考えてる場合じゃない。先生に指摘しといてなにを考えてるんだ俺は)


「青山くん、男子の制服なのね」

「え?ああ、まあ。女子の無いですし。あっても着ないけど」

「なんで?めちゃくちゃ似合うと思うよ?」

「あんま悪目立ちしたくないんで」

「んー、もう遅いと思うけどねえ。正直な話あなたの噂は広がってて、もうすでに有名人だし」

「......マジか」

「マジでマジで。だからいっそ女子として通うのもありかもね。今のその状態だと美男子過ぎるから逆に危ういまであるわね」


いや、美男子て。


「まあ女子用の制服用意しとくね。一応」

「か、金がもったいない」

「いやいや、そんなの学校持ちでしょ!誰のせいでこんな状況になってんだっつーの」

「......あの、学校側の教員が言う言葉じゃないんですが」


「だって前の担任、見て見ぬ振りしてたんでしょ。あり得ないじゃん。あたしが担任だったら絶対に許さなかったのに」


拳を握り憤慨する先生。


初めて家に来たとき、両親に土下座して謝っていたそうだ。彼女の言う通り隠蔽しようとした担任は別の人間で、その当時別のクラスを担当していた紫堂先生はいじめを認知していなかった。

しかし、それにも関わらず、学校関係者として申し訳ないと詫びていたらしい。今でこそこの物言いだけど、学校の方針に楯突いて戦っていたらしい。


あとネトゲ。ゲームで直に交流して色々な苦難を乗り越えていくうちに信用できる人だと思えたんだ。てか音楽の趣味が同じで、今となっては親友だと思ってるまである。


「ありがとう、先生」

「え?お、おう......どした急に」

「他の仕事でも大変なのに。わざわざネトゲにまで来てくれてさ」

「いやふつーにたまたまやってたネトゲにいたから。そんなの気にしないでいいよ。急にお礼いわれたら調子狂っちゃうだろが」


んん、と頬を赤らめる先生が咳払いをする。


「えーとね。とりあえず生徒登録の書類関係は前にお母さんに渡してあるんだよね。今日来てもらったのはこれからの事をどうするかについて」

「これからの事」


「まずは世間話といこうか。青山くんがこのお休み中にどう過ごしていたか。教えておくれ......あ、何か飲むかい?珈琲あるよ珈琲」

「あ、ありがとうございます」


ネトゲのせいか普通に友達みたいなテンションなんだが。先生。



――



「いやマジでさ、先生もライブ呼んでよ!うわあー良いなあ!ネトゲ友達でバンド組むとか!先生もさあ、昔バンドやっててね、ベースやってたんだけど」

「それ、前に言ってましたよ。酔っ払って」

「え?そーだっけ?」

「うん......あ、いや、はい」

「なーんで敬語なのさぁ!さみしいじゃん!」

「いや、ここ学校ですよね。学校では他の人の目もあるから敬語使ってね、って言ったの先生じゃない」

「あ、そっか!あははは、まあ今は二人きりだしいんじゃない?駄目か?」


(どんどんネトゲのテンションになってきてる)


あれから一時間くらい経った。その間ずっと世間話してるんだけど......良いのこれ?俺はいいけど良いのこれ?珈琲三杯目なんだけど。

ほとんどネトゲと音楽関係の話なんだけど。


「それで、どうなの。バンドは上手くいきそう?」

「まあ多分、おそらく」


「もしかして将来的にプロ目指すのかな?」

「......え?」


プロって、ああ......将来の夢は?的なあれか。


「どうでしょう。まだライブだってしてないし、分からないです」

「......そっか。歌は好きなのかな?」

「え?まあ、歌は......好きですかね」


「シンガーソングライターとかは?」

「そうですね。いいなぁとは思いますけど......でも、俺、曲つくれないんで」

「教えてあげようか」


「え?」

「先生昔バンドしてたってさっき言ったじゃん?作曲編曲してたんだよ。だから基礎的な事は教えられる......やってみるかい?」


ホントに不思議な人だと思った。てっきりもっと勉強をしっかりしないといつまでも卒業できないぞ?とかそう言う話をするための世間話なんだと思っていたから。

あ、いや一応先生も先生だから。


「それは、興味はありますけど。裏がありそうですね」

「ははっ、裏なんて無いよ。言うなればこれは先行投資」


なんだろう。妙に嫌な予感がした。


「先行投資って、なんですか」


携帯をポケットから取り出す先生。タタタン、スイッスイと操作し画面をこちらに向けた。

そこにはYooTube動画の画面が映し出され、見たことのある顔が映し出されていた......って、これ私のチャンネルの切り抜き動画じゃ。


チョイチョイと画面右をタップして早送り。するとそこには放送事故ってアホ面で鼻歌歌いながら顔バレしている私が映し出されていた、って誰が切り抜きしてんだ許可してねーぞ。


「これ、この可愛い子、青山くんだよね?」


にこりと微笑む先生。この雰囲気と声色。確信を持ってこの切り抜きを提示してきているのがわかる。


「......か、可愛いかは知りませんが、まあ一応。これ怒られるやつですか?」

「怒るわけないよ!凄いじゃない!最初見つけた時先生驚いてさあ、PCに飲んでた缶チューハイ噴きかけちゃって大惨事になっちゃったんだから!!」


(?、遠回しに怒ってるのか?つーかPC死んだのか?)


「高校生でチャンネル登録者20万人!!未だぐんぐん伸びていってるし、将来有望!!私はね、青山くんに期待してるんだよ!!だから先行投資!!」


前のめりになって顔を近づけてくる先生。


「な、な、なるほど!?」

「どう?教えてあげよっか!?」

「あ、はい、まあ、良ければ......!」

「おっけー!それじゃ明日から学校に来て!授業の合間に教えてあげるから!!」


「お、お願いします」

「よし、今日のお話はこれで終わり!また明日学校でね!」

「あ、えっと......」


俺の不安そうな表情に先生はそれを察して微笑んだ。


「ああ、大丈夫だよ。学校に来たらまた職員室の私のとこきて。個別で授業するからさ」

「!、ありがとうございます」


「うん。それじゃ...... あ!そーだ!暇ある時サイン書いてな」

「え?」

「先行投資だからねえ♪」


にやりと笑う先生はそう言って部屋を後にした。


先生の後に続き、俺も会議室を後にする。


(サインって冗談だよな?持ってないし書けないし)


「あれ?」


――廊下の向こう。聞き覚えのある声がした。


ぞわり、と身の毛がよだつ。


「青山じゃね?」


本能的な嫌悪感。声を聞くだけで吐き気がする。


「久しぶりだなぁ、はは」


その声の主は、俺を学校から追いやった人間の一人。





――馬草だった。




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