第9話 事故



――PCを起動。いつものように水筒とタオル、冷えピタ等を手の届く場所に配置。時間は25:12。配信開始は26:00。


俺はイヤホンを装着して音の感じを確かめる。


「あーっ、あー」


......あれって、妹の髪の毛だったよな。


帰ってきて発見した長い髪の毛を思い出す。母さんは短めの髪型だから、あれは妹の物で間違いない。


(けど、なぜ俺の部屋に?)


何か物をとっていったのかと思ったけど、見た所そうでもなさそうだし。他に俺の部屋にはいる用事なんてなにがあるんだ?しかも嫌いなやつの部屋だぞ。


一応命より大切な押入れのマイクやらノートPCやらイジられたら困るので、侵入できないように鍵(自作)かけてたけど......侵入しようとした形跡も無いし。目当てはPCではなさそう。


ちなみに開けようとしたら戸に挟めてある付箋紙が落ちるように仕掛けがしてある。それが発動してなかったということはここには来ていない。


と、なれば......ただベッドで寝ただけ?うーん、わけがわからん。けど、ふつーに考えてあれだけ嫌悪している妹が俺のベッドで寝るわけないよな。ふぅむ。

そんな事を悶々と考えているとあっという間に配信五分前になっていた。


(あ、もう少しで配信時間だ)


俺はPC前であぐらをかく。マイクの位置を調整。もう手慣れたもので考え事をしながらでもセッティングができるようになっている。


携帯のメールか着ているという知らせ。チカチカと着信の光が点滅していた。いつもライブ配信前はバイブを切っているから気が付かなかった。


しかし、誰からのメールでどんな内容かはわかっている。


『今日も頑張ってねー!』


陽向からの応援メール。これを始めた時からずっと送ってきてくれている。睡眠不足になるからいいと一度だけ伝えた事があるが、わかったといいつつ一日も欠かさず送られ続けている。......でも正直、かなり嬉しかったりする。


初めて行ったライブ配信は陽向一人だった。多分、あいつが居なかったら同接0人だっただろう。

ずっと側に居てくれるというのは、それだけで心の大きな支えになってくれる。


『みんな結人に期待してるんだ――』


彼女の言葉が蘇る。


俺も、誰かの支えになれたら良いなって......そう思うよ。だから今日も歌う。


ってか、なんかチャット流れるの速くね?設定間違えたか?


《チャット》

『え、まじで』

『事故っとる』

『あの歌声でこれは反則だろ』

『タ イ プ な ん だ が』

『は?可愛くね』

『おい事故ってるぞー』

『気づいてー』

『アオちゃんやっぱ可愛いな』

『可愛いいいいあ』

『美人さんだったか』

『ふつくしい』

『だれだよ不細工つったの。くそかわじゃねえか』

『そこらのアイドルより可愛いやんけ』

『これ事故だよな』

『配信始まってるよー』

『顔モロバレで大事故ww』

『可愛い』

『もっと顔を見せろ!』

『すき』

『なんと綺麗なご尊顔』

『赤スパいれときますね(^^)』

『発声練習から綺麗すぎる』

『顔出しでASMR希望!いくらでも出すぞ!』

『うーわ』

『予想を大幅に上回る逸材』

『可愛い』

『歌上手くて顔も良いとかチーターかよ』

『顔で売れる』

『コスプレ配信してほしい』

『かわいー(*´ω`*)』

『え、低い声もそんな域まででるんかww』

『こえまじきれい』

『発声練習だけで三時間は聴いてられる』

『あ、気付いた』

『お』

『おお』

『ぽかんとしてるw』

『それはそう』

『ちょっと可愛い』

『あほっぽい顔かわよ』

『(゜-゜)』

『呆然ww』

『まつげながっ』

『おーやっとか』

『(゜o゜;』

『おめめくりくりでかわいいな』

『まじで付き合いたい』

『きがついてしまったか』

『もう少し素の状態をみていたかったなー』

『え、これマジの事故?』

『かわいい』

『めっちゃカメラ凝視するやん』

『事態が飲み込めないご様子w』

『わろた』

『きょとんとしてる表情イイ』

『草』

『www』

『おいwどーした故障したのかww』

『全く動かなくなったw』

『aoちゃんwww』

『大丈夫かw』

『いやあー娘にしたい可愛さ』

『最高の事故回』

『はやく正気になってもろて』

『大丈夫ー?(ノ´∀`*)』

『あ、動き出した』

『いつもの画角にww』

『もう顔バレしたからいいじゃん』

『あー』

『アーカイブで堪能しよう』

『おいwあんま変なこと言ったらアーカイブ消されんぞw』

『ww』



......えーと。これは、あれか。


ふとみた携帯。メールが二通来ていたことに気がつく。二通目も陽向で『ちょw顔ww』と書かれていた。

なにこの「w」って。楽しんでねこれ?


『あー、えっと......今の気持ちを歌にのせます。『最悪』』


『www』

『間違いないww』

『かおだして』

『最悪なひですね』

『がんばれ』

『ww』

『草』

『wwwwww』

『やらかしかたが派手すぎるw』

『大草原不可避』

『ま、まあ可愛いから』

『不細工じゃないからセーフ』

『チャンネル登録増えてんじゃねえかw』

『ww』

『顔でww』

『まああの顔なら』

『負けるなaoちゃん!(ノ´∀`*)』


やべえって。妹の髪の毛の事で頭いっぱいでとんでもない放送事故おこしちゃったんだけど。

うわー、これヤバくない?学校とかバレない?


いや落ち着け。今の俺は女だ......顔も声も違うしバレようが無い。あれ、でも陽向が面影あるって言ってたよな?

だったらわかるやつにはわかるってこと?


いやいやいや、まてまてまて!そんなにじっくり男の時の俺の顔を見ているやつなんて居ないだろ。ならセーフだ。

そもそもこの配信にきてるやつであの学校やつは居ないだろ。陽向いがいには。


そうだ。ポジティブにいこう。


(......あれ、そう言えばTS症候群になったら学校に報告しないといけなかったんじゃなかったか?)


確か色々と登録しなおさないといけないんじゃ。......って、なんてタイミングで思い出してんだ俺は。

ダメだダメだ、今は配信に集中せねば。



――そうしてなんとか不安を心の奥底に追いやり、とりあえずは俺は配信を終える事ができた。その後、何事もなく時は過ぎ、ついにバンドの顔合わせの日がやってきた。


(......顔バレで怖くなってあれ以来、外出することができなかった......)


久しぶりのお外。


「結人おはよーっ!」

「おはよう、陽向」


あの日、俺が公園でくたばっていたという話しをrayさんから聞いた陽向。心配だったのかわざわざ迎えに来てくれた。

向日葵のヘアピン、花がらの黄色いワンピースと茶色のブーツ。それと肩から小さめの赤いポーチを下げている。


(うーん。控えめに言って可愛すぎる)


対して俺はあの日と変わらない青のパーカーと黒のジーパン。他にある着るものも大体にたりよったり。

そろそろ服買いに行ったほうがいいかな。バンドで集まることも多くなるだろうし。


一瞬脳裏に母さんがプレゼントしてくれたロリータドレスが思い浮かび、首を振る。あれは無理。


二人で歩くアスファルト。それがレンガ調の歩道に変わり、ゆっくりと人並みが激しくなっていく。


(うわぁ、人多すぎる......ちょっと怖いかも)


こないだの外出は家の近場でそれほど人通りも多くなかった。けれどこれから向うライブハウス兼スタジオは街の真っ只中。多くの人々が行き交う中心地だ。


正直に言おう。俺はこの時点でもう帰りたくなっている。人混みが気持ち悪い。目が回りそう。

久しぶりだと言うこともあるが、それ以前に元々こういう人の多い場所が苦手なのだ。


と、その時。右手に柔らかな感触を感じた。


「......!」


それは陽向の手。


顔を上げると、彼女はこちらを見てニッと笑っていた。ぎゅっと握られる手のひらがあったかい。なんだか落ち着く.......そして比例するように心臓が激しく鼓動している。矛盾しているようだが、そんな不思議な状態に陥っていた。


「しーっかり握っててね!」

「あ、う、うん」


折れそうな心を既のところで止めてくれた陽向。やっぱり俺には彼女が必要なんだなと改めて思った。


地下鉄を使い約十五分。ついにたどり着いたライブハウス。とは言えまだ遠くに外観が見えたくらいだが。

黒色の壁に入口が門にある。看板には【arc light】とあった。


「あれがライブハウス」

「そう、あの黒い建物だよ。来たことある?」

「いや、無い」


人混みを避けながら進んでいく。すると店の扉の横に背の高い誰かが立っているのが見えた。

くるくると何かを器用に回している。


(あれは、ドラムスティックか?)


真っ赤なドラムスティック。


近づいていくとそのドラムスティックを回しているのが女性だと言うことに気がつく。

赤いキャップを深く被っている彼女。帽子の後ろから出ている赤っぽい茶髪。毛先がくりんくりんとしていて、肩くらいの長さ。


黒いTシャツに赤いショートパンツからスラリと出た綺麗な美脚。ボーイッシュでシンプルな服装だが、身長が高くモデルのような体系で様になっている。

170以上ありそうだな......。


「あ、やほー!来るのはやいね、uka!」


陽向は手を振り彼女に声をかけた。......え、この人がuka?



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