第27話 裏工作



――初ライブから数日が経った。俺たちのバンドは週に二回程度皆で集まり全体練習をする感じで、その他はスタジオの空いている日で集まれる人のみでの練習となっている。


そして今日はその全体練習の日だった。


いつものように何事もなく終わる。そう、この時の俺は思っていたんだ――



「こんちはー」


扉を開きスタジオへと入る。すると目を血走らせたukaが椅子に座り携帯を見ていた。その両脇にrayさんとkurokoが座り、彼女の携帯の画面を覗き込んでいる。


ukaは携帯に夢中らしく、ほかの二人だけが俺の挨拶に気が付きぺこりと頭を下げる。その表情は真剣で、なにか深刻な事が起こっているということがわかった。


ちょいちょいとkurokoが手招く。


「?」


二人に習い俺もukaの携帯を覗く。そこには『期間限定!』や『☆3猫娘確定ガチャ』の文言。そしてその脇には可愛らしい猫耳の少女が描かれていた。

下の方に『10回引く』と二つのアイコンがあり、ukaの人差し指はその『10回引く』のアイコンを押そうとしてそのまま固まり、微動だにしない。いや、どーしたよ。


(携帯アプリのゲームか)


これは大人気アプリゲーム【ネコ娘!】のガチャ画面。アニバーサリーのネコ娘!は期間限定での有償ガチャを機能実装した。

本来☆3のレアリティの高いキャラクターは0.6%の確率でしか排出されないのだが、今回の限定ガチャは確実に☆3の中で一体当たるというものだ。


ukaが余りにも微動だにしないので、目を開けたまま寝てるのか?と思ったが、よくよく聞けば「ふしゅー、ふしゅー」と粗い鼻息が聞こえてくる。


(いや、こええよ)


「......押さねえの?」

「今、念じておりますの。お猫様、私の願いをどうか叶えてくださいまし、と」

「そ、そっか」


目がガチだった。ライブ本番では涼し気な顔をし、普段から余裕を崩さないuka。初めて見る本気の表情にこちらも緊張が伝染する。


「だれ狙いなんだ?」

「☆3浴衣のミケちゃん」

「ああ」


元気いっぱいの性格で、このゲームでも屈指の人気キャラ。しかもこの夏限定浴衣バージョンは今を逃せば二度と手に入らない。復刻でもしない限り。


しかし、なぜukaはこれほどまでに真剣なんだ?もう課金できないまで追い込まれたのか?

ukaの家ってかなり裕福だったはず。......なのにこれほど渋るということはもう既にかなりの額を突っ込んでいるという事か。


その時、ukaの指が動く。タップされる『10回引く』のアイコン。彼女のゴクリという喉音が聞こえた。


バーン!とあらわれたペット用のケージ。中がわからないように布が被せられ、前にある扉だけ出ていた。


――ガシャーン!とその扉が開き、にゃーん!という可愛らしい鳴き声と共にネコが飛び出してきた。ボン、と突如白い煙が画面を覆う。そしてそれが晴れると擬人化した猫、つまりネコ娘が現れる。


――ボン、ガシャーン!ボン、ガシャーン!


どんどんと現れるネコ娘。しかし一行に☆3は現れない。目をまんまるに見開き行く末を見守るuka。ちょっと女の子がしていい表情では無い気がするが......それ程必死なのか。


ボン!と最後の一人が登場した。煙が晴れ、現れたのは☆3浴衣ミケちゃん......ではなく、ただの浴衣ミケちゃんだった。


「あっ、ああ......あああああああぁッッ!」

「!?」


頭を抱え蹲るuka。まるでこの世の終わりみたいな声をだし、体を震わす。え、そんなに?


「だ、大丈夫か......」

「大丈夫じゃないですわ......私の三千円、が......しかもせっかくの確定ガチャ(※☆3確定ガチャは一度しか引けない)なのにダブり......オワタ」


「ま、まあ、☆3確定ガチャじゃなくてふつーのガチャ引けば?浴衣ミケちゃんそっちでもでるでしょ」


そう聞くと彼女は項垂れながら、力なく答えた。


「そんなの無理ですわよ......わたくし、無償石もう使い切りましたし......」


「そうなのか......てか、課金はしないのか?期間限定だし、どうしてもほしいんならそれも手じゃないか?」


首を振るuka。


「それはできません。わたくし、昔その感じであと10連!あと10連!と引いてしまいまして、結果かなりの額を使用してお父様にブチギレれてしまった過去がありますの......ちなみに三桁万円ですわ」


「ええっ!?」


ニヤリと笑って見せるuka。いや笑えなくない?なにそのドヤ顔みたいなの。やってやったぜ!みたいなのなに?


『ukaがここのお店を任されている理由の一つは、「このライブハウスの運営で稼いで課金した額を返済しろ」ってお父さんに言われたからなんだよ(*´ω`*)』


「ええっ!?」


「でも、実はもうとっくに返済は出来ていて、ukaさんはここでの稼ぎを学費や機材代に使用してくださってるんですよ。それとドラムの練習するのに都合がいいのでお店を続けているみたいです」


「ええっ!?」


『ukaが色々とうちのバンドに出資してくれてるんだよね。ありがたや~m(_ _)m』


確かに......思えばスタジオ代とか請求された事ないな。みんなukaが持ってくれていたってことか。有り難すぎる。


「なんか悪いな......俺、今度から払うよ」

「いりませんわ。このバンドがわたくしに必要だか出資をしているまで。変に気を遣わないでください」


にこりと微笑むuka。ほんとは少しでもガチャにぶち込みたいだろうに。

けど、なにもしないのもあれだな。


「uka、ちょっと携帯貸して」

「わたくしの?」


俺は三千円をukaに手渡す。


「!?、な、なんですの!?」

「それ、ネコ娘俺に10連だけ引かせてくれない?」

「......いいですけど、排出割合知ってますの?10連一回じゃ絶対でませんわよ。そもそも通常ガチャで☆3自体すらほとんどでないのに――」


携帯を借り、俺は『10回引く』をノータイムで押した。


ボン!虹色の煙がでる。これは所持していないネコ娘が出る確定演出だ。


『「「――え?」」(*´ω`*)』


ババーン!!と浴衣ミケちゃんの登場演出が始まる。目を丸くして画面を見つめるuka、kuroko、rayさん。


「ほえぇ......で、でちゃいましたね、ukaさんの欲しかった浴衣ミケちゃん」

『え、どゆこと?aoって運営の人なん?確率操作したん?(^_^;)』


「いや、なわけねーでしょ。昔からこういう自分以外でのガチャの引きが良くてね。だから当たるかなって思ってさ」


『「すごーい!」(^o^;』


昔はよく妹の携帯ゲームで代わりに引かされてたな。あの頃は仲も悪くなくて......。

その時、ふと思い出す。妹がまだ小さな頃、学校では陽向が家の中では妹がよくくっついて歩いて回ってたな。


『おにいちゃん大好き。予約済みだから、おにいちゃんは誰かと付き合っちゃ駄目だよ』


とか言われたりして。なにが予約済みなのかわからんかったけど。

......そうだ。昔は仲良かったよな。


(いつからこんなに険悪になったんだっけ)


俺が引き籠もりになる前からあんな調子だったような気がする。


その時――


ぐいっと体が引き寄せられた。


「うおおっ!?」


見ればukaが俺を抱きしめていた。


「あ、あ、ありがとうございまずぅ!......ひっく、ふぇぇ......うれじいぃい......!!」


な、泣いとる!?


「よ、喜んでくれて良かった......まあ、運だけど」

「それでもですわ!わたくしの運の悪さだと一生浴衣ミケちゃんをお迎え出来なかったです!ああ、ゴッドaoよ!!」

「いや神にしないで!?」


『ちなみに三桁万円を溶かした時は天井が無くてねえ。しかも目的の子もお迎え出来なかったんだよ(*´ω`*)』


「ええっ!?」


「ukaさんそういう運が絡むものは弱いですからね。別のアプリゲームのリセマラでも三ヶ月くらいかけて出なくて諦めてましたもんね」


「ええっ!?」


――ガチャ、と扉が開き陽向が現れた。


「こんこんこんちはー!って、なにこれ!!ukaが泣いて......いや結人が泣かせてるーーッッ!!?」


「ええっ!?」


『「「「(爆笑)」」」(*´ω`*)』


いや、なにわろてんねん!!ちゃんとフォローして!?



――





――RINEメッセージ――




『なあ、このライブのボーカルってウチの学校の青山だよな』

『ぽいねえ、声がそうだよな。前に御門先輩がみせてた動画と同じ』

『あー、やっぱりか。すげえ会場盛り上がってんじゃん』

『いやまじですげえよな!これは!』

『演奏のレベル高えし』

『まじでそれなー。誰なんだろうな楽器のやつら』


『でもボーカルって俺のが上だよな?これでウケるなら俺がボーカルした方がもっと盛り上がるよなぁ』


『おお』

『まじか、馬草』

『さっすがー』


『だろ?』


『おおー』

『かっけえー』


『こんど青山使ってこのバンドのやつらと会おうぜ。ボーカル交代しませんかーって』


『難しいだろー流石に』

『なんか仲良さそうだぞこの人ら』


『まあ、そーか』


『つーかなんで顔隠してるんだこいつら』


『確かに。素顔バレたらマズイのか?』

『まあマズイから隠してるんでしょうよ』

『そんじゃ、これ利用できねえ?』

『どゆこと?』


『こいつらの正体が俺等って事でバンド活動したら美味くねーか?』


『いや、どうみても楽器隊女だし』

『いやそれな』


『あーまあ確かに。なら、ボーカルだな。俺がRe★Gameのボーカルの正体って事で活動しよう』


『バレたらヤバない?』

『ボーカルも声女だろ』


『まあ、大丈夫だろ。ボーカルは青山だし。脅せばいくらでも言いなりにできるさ。声はボイチェンでなんとかなるなる』


『いやー無理くねー』

『な』


『でも金欲しくね?こういうのってバズればかなりの額もらえるらしいぜ』


『あー、金かあ』

『携帯ゲーム死ぬほど課金してえな』

『俺もPZ5欲しい』


『儲かったらお前らにもわけてやんよ』


『おおおおおー』

『まじでえ!やった!』


『ま、それにヤバくなっても最悪ごめんなさいで済むでしょ』


『まあ、確かに』

『馬草だけならイケるか?』

『青山だもんな。イケるか』


『よし、決定だ。それじゃ今日から俺がバンドRe★Gameのボーカルだ!PwitterとかSNS開設しねえとな!』




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