第33話 流れ
――陽向が、俺を陥れた?
「兄は洗脳されあなたに懐いてしまっているようですが、それも今日までです。もう解放してください」
ベンチから立ち上がり陽向を見下ろす橙子。その瞳は冷酷というのが適切か、冷淡な色をみせる。
しかし、対する陽向の方はというと、怒るでも怖がるでもなく橙子の目を見据えていた。
「だから、結人に言ったらいいよ。あの人は危ないから離れてって......橙子ちゃんは、なぜそうしないの?」
「な、何故って、それは......だからさっきから言ってるじゃないですか。兄があなたに洗脳されてるって。話しようにも、絶対あたしの言うことなんて全然きいてくれない」
「そうなの?結人、言ってたよ......橙子ちゃんに避けられてるって」
「!」
「本当に、ちゃんと話そうとした?」
ジリっとたじろぐ橙子。
「......結人が学校に来なくなってから、あたしはずっと連絡をしてたよ。一ヶ月くらいはずっと無視されてたけど」
「そこで諦めれば良かったのに」
「諦めようとは思わなかったよ。だって、あたしは結人の事が大切だったから。そこで終わりたくなくて、無視されてもずっと連絡をし続けた」
そうだ。それで、あの頃は俺は......疑心暗鬼に陥っていた。だから、ずっと俺の事を気にかけてくれてた陽向の事も――
「そんなある日、結人から返事がメールできたんだよね。一ヶ月ぶりにきた手紙の内容は『お前も馬草たちとグルなんだろ?』だった」
誰も、信用できなくなってた。だから、あの日......あの場所にいた全ての人間は敵だと思いこんでたんだ。
小さな頃から側にいてくれた、陽向の事すらも。
「そんな事言われて......なんでずっと兄に構い続けてるんですか」
聞かれた陽向は、一瞬きょとんと不思議そうな顔をする。そして、一言こういった。
「あたし、結人のこと好きだから」
まるで陽の光がさすような、そんな笑顔で橙子に微笑んだ。突然の告白にぽかんとした顔で固まる彼女。
「......な、え」
戸惑う橙子に陽向が続ける。
「小さい頃はさ、橙子ちゃんも知ってるかもしれないけど、あたしすっごく臆病で弱虫で......だからあまり友達なんて出来なかった。でも、そんなあたしの側に結人はずっと居てくれたんだ」
ぎゅっと胸に手を当て陽向は目を瞑る。あの頃を思い出してるのだろうか。やがて静かにその瞼を開く。その瞳は今までにみたことのないほど、真剣な......覚悟の意志を宿していた。
「......だから、あたしは結人から離れない。ずっと支えていく。彼が昔、あたしを支えてくれたから、今がある。だから、ずっと支える」
初めて聞く陽向の胸の内。これほどのモノを抱えていただなんて、俺は初めて知った。
確かに不思議だった。俺が不登校になり突き離した時、彼女との関わりは終わり、一人になるのだと怯えていた。
けれど、陽向はまたメールを送ってきてくれた。
『あたしは、ずっと結人のみかただよ。大丈夫、怖くないよ』
――ポタリ、と頬を伝う涙。
あの時、バンド加入の条件として期限を設けると言った時。俺は裏切られる事を危惧していた......でも、陽向だけにはそれを感じなかった。
......陽向が側に居てくれるなら、俺は。
陽向がいう。
「橙子ちゃんは、結人に歩み寄ったの?」
「!」
「結人が辛い時に、話きいてあげた?」
「そ、れは......」
「怖かった?」
「......」
「拒否されるのが、怖かった?」
「......ひっ、......う」
小さく、橙子の嗚咽が聞こえてくる。
「あなたのお兄ちゃんは優しい人だよ。大丈夫、ちゃんとお話してみて」
「......わ、わだじ、ひどいごど......」
「大丈夫」
ぎゅうっと橙子を抱きしめる陽向。なでなでと頭を撫でて慰める。
「お、おにいぢゃんの部屋に勝手にはいっだりして」
「......」
「歌、とか、録音した......盗聴器で」
「......」
......流れが変わったな?
「そっか、ちゃんと謝ろうね」
なんか若干陽向の笑顔が引きつってるような。ほのかに漂ってくる狂気の香りを彼女も感じ始めたか。
「お風呂も覗いたし、下着も盗んだことある」
「......」
え、マジで?いや、でも確かに違和感があった。風呂場で視線を感じたり......てか、橙子の懺悔をなんで聞かされてるんだろう。
「ゆるして、くれるかな?」
「......えー......あー、う、うん......た、多分?」
揺らいでる!陽向が揺らいでる!!それはそう!普通ドン引きするよこのストーカー行為の数々は!!
目を潤ませ陽向の顔を見上げる橙子。いやどんな気持ちでそんな顔してるの!?
「と、とりあえず......ね?結人に謝ろう。ほら、暗くなってきたし、お家に帰ろう」
「......はい」
と、とりあえず変なことにならなくて良かった。もしかしたら陽向に危害を加えるのではと危惧していたけど、丸く収まったようだ。
いや、個人的には全然丸く収まってはないんだが。
と、俺も帰ろう。家に帰ったらまた橙子のあの話を聞かされるのかと思うと気持ちがどんよりしてくるけど......まあ、いずれにせよ橙子の気持ちが知れたんだから良しとしよう。
(あとはチャンネルを消して貰えるかどうか。......そして、Re★Gameを語る奴らとの関係を聞く。可能ならそちらも消してもらうよう交渉してもらう......まあ交渉にはならなそうな気はするが)
そんな事を考えながら歩いていると、家へ到着。ガチャリとドアを開く。
「......え?」
家へ入ろうとした時、その光景に身が固まる。
「な、何してるの、橙子」
そこにはこちらに向き、美しく完璧な土下座をして微動だにしない妹、橙子がいた。
......流れが変わったな?
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