10

 レックスの向けた視線の先にいるのは――――ミシェルとシスターだ。

 しかし……彼はそのまま目を伏せてしまった。


「でもこれ以上の絞り込みはできない。仮に正司の死因を特定できたとしても……な」


 ああそうだ。

 『この男』はどうやら、俺達よりも数段上の次元から、あらかじめ全ての可能性を封じてしまっていたんだ……。


「ミシェル……お前は初めから分かってたんだな? 正司の死因が毒死だってことを……!」


 ミシェルはニヤリと笑みを見せた。


「――ああもちろん。でも……ボクとしては少し残念だヨ。キミたちはもう少し優秀だと想定していたんダ」

「俺達は医者じゃないんだぞ……分かるわけないだろ……」

「まったく……折角ボクは、キミたちが毒殺か刺殺か特定できてから、びっくら仰天度肝を抜かせてやりたかったってのにサ……」

「そりゃ驚くだろうな。計画段階でお前の想定した話し合いではきっと、俺達が毒殺だと特定できてから、俺がさっき言ったような発言でポリ袋を出した人間が犯人になるはずだという流れで……『二人』もポリ袋を取り出す人間が現れるって寸法だったんだ……!」


 来菜はわけも分からず首を傾げている。

 いや……分かっても首を傾げたくなるか……。


「俺が盛ろうとした毒はお前にとって想定外だった。でもお前は容疑者が増えるのなら悪くないと考えて俺の毒を回収したことを隠していたんだ。だが……残念だったが俺だけはお前らと組む理由が無い。明確に生き返らせたい人間が違うんだからな。俺だけは共犯から外れて、どっちにしろ最終的には『こうなる』はずだったんだ」


 どうしたものだろうか……いや、もうどうしようもないのか?

 これが……推理不可能な殺人なのか……。


「シスター……アンタも毒を盛ろうとしたのか……!?」


 チャックの付いたポリ袋を出したのは、レックスとミシェル、そして――シスターだった。

 これが意味するのは、俺達が正司の死因を毒死だと特定できた場合の可能性も考慮していたってことだ……。

 毒殺か刺殺かでミシェルとシスターのどちらによる犯行なのかを俺達に分からなくさせるというのが第一段階。

 仮に毒死だと判明したとしても、そもそも毒を盛った可能性のある人間もミシェルとシスターの両方だったという話になれば……俺達は結局二択で犯人を当てなくちゃいけなくなる……これが第二段階。

 ミシェルは俺達より遥かに頭が良い。敢えて二重にしたのは、俺達を混乱させて最終的な二択にすら辿り着けないようにしたかった可能性も考えられる。

 けど……仮に二択まで絞り込めても、そこから先は分からない。

 分かるわけが……ないじゃないか……!


「クク……フフフ…………アハハハハハハハハハハハハ! そうサ快太! ボクと彼女はどちらも医務室から薬を持ち出せタ! 何なら二人きりになればそれを交換することだって出来タ! どちらかが睡眠薬を、どちらかが毒薬を、同時に正司に盛ったのサ! レックスの殺意を利用したのは、単にこの話しあいを混乱させるためだけサ! 二択まで絞れたのは素晴らしいヨ快太! でも……ここが一般人の限界サ」

「この野郎……どうして……どうしてだ! シスター! アンタは……アンタはそれで良いのか!?」

「……私は確かにミシェル様のファンです。でも……生き返るべきはこの中で一番幼い緋色君だと思った。それが自然……。そうでしょう?」

「それは……そうかもしれない……が……」


 二人が誰かのために命を懸けられる人間だということくらい、ずっと一緒に居たから分かっているさ。

 でも……でも俺は……。


「ボクは最初から加奈と組んでいタ。加奈が差出人が快太のメモを受け取った時、彼女から相談を受けたんダ。そこでボクは一連の計画を思い付いタ。メモを渡した人物を推理した時、こういったやり方をするのは正司か唯香の可能性が高いと思ったのサ。ああ、悪口じゃないヨ? 雑な方法だと感じたからってだけじゃなイ。まず快太本人でないのは明らかダ。自分の名前を書くほどキミは馬鹿じゃないからネ。来菜の可能性も低イ。快太本人の字と違うってことを誰よりも意識してしまう彼女が、快太を騙るメモを使う方法は考えずらイ。レックスとスフィカに関しては、シスターがメモを受け取った時にアリバイがあったんでネ」

「……どういうことだよ」

「メモを受け取ったのは彼女の自室でのことサ。扉の下の隙間から入ってきたんだっテ。加奈はすぐ廊下に飛び出したけど、既に差出人の姿は無くなっていタ……。つまり、瞬時に自分の部屋に逃げ込んだ人間しか考えられないってことで、その時二階にいなかったスフィカとレックスを除いたんダ。そしてもちろんボクと緋色じゃなイ。だからボクらはメモにあった待ち合わせの時間の少し前である夕食時に、唯香と正司に睡眠薬を盛ったのサ。まあ……あまり効き目の良い薬じゃなかったらしいけド」

「二人の共犯だっていうのは分かっていたのか?」

「今の塔の中の条件下では、共犯関係無しに人を殺して確実に隠し通すのは不可能ダ。大抵の凶器は医務室から持ち出せないし、毒薬を持ち出した場合は今ここで明らかになった通り、処分できない毒薬を運ぶ入れ物が、犯行の証拠になってしまう恐れがあるからネ」

「……馬鹿にされてるのか? 俺」


 レックスは溜息を吐いた。

 彼はバルコニーでそれを処分するつもりだったらしいが、ミシェルはそれが不可能なケースをあらかじめ想定していたらしい。

 ムカつくほど用意周到な男だな……。


「まあでもレックスが毒を盛ろうとしたのを知ったのは偶然サ。たまたまレックスも正司を狙ってくれたおかげで見つけられタ。毒を仕掛けるなら彼がいつもそこら辺に置いているグラスが一番手っ取り早いって、レックスも同じように考えたらしイ」

「……」


 レックスは珍しく不快そうに目を逸らす。


「二択にするためってのもあるだろうが、お前はレックスが話し合いのノイズとなって混乱を作ることを期待したから、敢えて正司のグラスに毒の痕跡を残したんだろ?」

「そうサ。どっちにしろ医務室の方を調べられたら毒薬がなくなっていることはバレちゃうし、それならいっそのことレックスに疑いが向くようにって残しておいタ」

「……お生憎だが、俺はグラスの痕跡を見たおかげで初めて医務室も調べようと考えた。グラスに毒の痕跡が無かったらそもそも毒死を疑う流れすら生まれなかっただろうな」

「じゃあまたお兄ちゃんのファインプレーなのニャ!」


 いや、それはちょっと違うだろ……。レックスがいなくても二択を迫るために証拠は残さなくてはならないんだから。……そうだよな? 

 というか、何だろう……今のミシェルの発言、何か違和感が……。いや、気のせいか。

 しかしまあ、レックスがもう誰とも目を合わせないようになっている。

 彼も自分が正司を殺そうとした事実を重く受け止めているようだな……。


「……とにかく睡眠薬の効きが悪かったせいで、本来殺す手筈だった正司だけでなく唯香も死んでしまった。……なぁシスター、アンタはもしかして……この話し合いの途中まで自分が唯香を殺してしまったと思ってたんじゃないか? 最初のアンタの態度は……この計画の共犯だとしてもどこかおかしかった」


 するとシスターはコクリと頷いてくれた。

 もうここまで来れば隠し事は意味もないからだろう。

 ……正司殺しの実行犯がどちらかということ以外は……。


「私は唯香ちゃんが起きたことに驚いて、ついその場にあった置時計で殴ってしまった。でも……その後私は、同じように起き上がった正司君に逆に殴られて気絶していたの」

「何……!?」

「そして目が覚めたら二人とも倒れていた。正司君の方は毒が回ったからだと確信できたけど、唯香ちゃんの方は……分からなかった。そもそもあのガラス片が刺さっていたこと自体、誰かが刺したわけではなくて、私が殴った衝撃で刺さったのだと思っていたから……。でもミシェル様にそのことを言えなくて……ミシェル様の方も困惑していらっしゃったみたいで……」

「まあネ。でも快太のおかげで唯香殺しの犯人が正司だと判明した。まさか彼の手にガラス片による傷跡があったとはネ……。彼はきっとそのまま加奈に犯行を押し付けるつもりだったんだろうけど……運悪く最悪なタイミングで毒が回ったんダ」


 そうか……大体事件のあらましが分かってきた。

 でも分からないことがまだある。


「……そこまで聞いても一つ納得できないことがある」

「ん? 何だイ?」

「さっきお前はレックスに疑いの目が向くようにするために正司のグラスを洗わずにいたと言った。でもこの話し合いの最初の方でお前は『洗い物をした』と嘘を吐いた。あの嘘は……何の意味があったんだ?」

「何だそんなことかイ。『洗い物をしていた』と嘘を吐いたのは単なる気まぐれ。キミらがちゃんと毒が使われた証拠を見つけてくれてるか知りたかったんだヨ。毒が犯行の道具だという証拠を残して、毒殺か刺殺かキミたちに悩んでほしかったんだから当然だよネ? 何も考えず加奈の犯行だと推理されるのは……ボクとしても困る。是非ともこの二択の運否天賦で勝負したいからネ。前にも言ったロ? ボクは頭脳明晰博学多才運動神経抜群容姿端麗完璧超人。唯一の弱点は……運の悪さくらい。だからこそむしろ――――運の勝負で勝ちたいってサ!」


 …………確かに言っていたな。

 だが……何だ? この違和感は……。

 いや……犯人はもうこの二人のどちらか特定できない。

 俺達は…………もうどうしようもないんだ…………。

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