8

「……二人の共犯が判明した今、明らかになった事実がある。まずはそこの確認だ」

「川瀬の証拠とスフィカの証拠は両方とも捏造と考えていいだろう。恐らく……あの大掃除の間にミシェルを含めた三人は犯行を計画した」

「来菜の手袋は俺と部屋を交換する前に自分で持ち出していたんだろう。そして昨晩、もしくは明け方に計画を実行した」

「二人のどちらかがミシェルを塔から突き落とし、その後二人はお互いの証拠を偽造した。自分を信じてもらえるかを試す証拠をな」

「来菜は手袋を破りそれをスフィカに渡して、スフィカはそこにあった缶コーヒーをわざと零して自ら靴を汚したんだ」

「ミシェルのスポーツサングラスが落ちていたのはミシェルがバルコニーから落ちたことを示すためだった……と考えると、一つだけ不可解なことがある」

「お? レックスもか?」

「何だ君口もか?」


 俺達は互いに笑みを向け合った。

 来菜とスフィカはまだ困惑しているようだ。


「ふ、二人とも……どうして……」

「ゲームを続けたらどっちかは自分が死ぬ選択を決めることになるのに……『生きる覚悟』を……失くしちゃったの……?」


 俺達は首を横に振った。


「違うよ二人とも」

「生きる気しかないさ。でも、それ以上に……俺は俺自身が決めたルールを今更破ることが出来ない。ミシェルを殺した犯人は必ず突き止める。だって……今までだってそうしてきたんだ」

「レックスの言う通りだ。芽衣とシスターの想いを裏切るわけにはいかない。そっちが一番大事だ。十二人の魂を背負って現世に生き返るには……二人を裏切ったりすることは出来ない! 適当に犯人を選んで後悔したくない! たとえそれで生き返ることが出来なくても……真実を追求することを止めて生き返る気は、毛頭ない!」


 さあ……そろそろ仕上げだ。


「ミシェルがサングラスを置いていったことで俺は最初彼が死んだことに気付いた。でも……『アレ』があるのなら、サングラスを置いていく意味は無いはずなんだ」

「ああ。どう考えても……あの『遺書』の存在は意味不明だ」


「「!?」」


 来菜とスフィカも同じことを思っていたらしい。

 二人はこの遺書を見た時確かに驚くような反応をしていたしな。

 まったく……あの完璧超人め!


「ならどうしてミシェルは遺書を残したのか……」

「決まってる。アイツはこの前の事件でも結局運否天賦じゃなくて攪乱と意識逸らしで勝利しようとしていた。『運の勝負で勝ちたい』なんてのを何度も口にしていたのは……アイツのブラフだったんだ」

「そんなアイツが今のこの状況を望ましく思うはずがない……思うはずがないだろ! だったらアイツは……俺達に犯人を教える手立てを残しておくはずだ! アイツは……そういう奴だ!」

「ま、まさか……」


 来菜が両手で口を抑えている。

 スフィカも驚き言葉を失っている。


「初めからアイツはここまで読んでいたんだ……しゃらくさい奴だよホント! 俺達が最後まで真実を追求できるかどうかを……アイツは試したかったんだ!」

「正確には多分お前だけだろうけどな、君口。遺書にある通りアイツはどうもお前を意識したいたようだし」

「……ムカつくなオイ。……まあとにかく! この遺書に答えが隠されていると見て間違いない! 俺達の予想が正しければ……来菜、スフィカ、お前らは……ミシェルに自分を殺す人間を指定されたんじゃないか? 『キミがボクを落としてくれ』って感じに頼まれてさ」

「「……!?」」

「答えられないってことはそういうことだ。ミシェルは予め自分を殺す人間を決めていた。そして、その人物が誰かというヒントをこの遺書に残したんだ」


 そうだ。きっとこの中に何かがある。

 この遺書の中に――。



『あえて遺書を残しておくよ。ボクは投票を降りることにする。

 キミはみんながボクの死に気付いた時にこれを提出するといいさ。

 関係無いが……頑張りなよ、快太』



 一瞬沈黙が生まれると、レックスが口を開いた。


「……もしこの遺書が犯人を示す暗号ならと考え始めたところ、俺は最初に一番オーソドックスな解読法を思い浮かんだ」

「何だ? レックス」

「……頭文字さ。この場合は……『あ』、『き』、『か』……だろうが、これだと意味が通らない」


 俺は一瞬顎に手を乗せた。

 不思議だ……今は凄く頭がよく回る。

 一瞬で閃きが巡ってくる……!


「……待てよ。なぁレックス、どうしてこの遺書、『キミ』ってとこだけ片仮名なんだ?」

「いや、『ボク』だって片仮名だろ」

「それはそうだが……何か意図的な物を感じる。もしかするとミシェルは……漢字で『君』と書いた場合、俺達がそのままそれを頭文字だと捉えられる可能性を危惧したんじゃないか?」

「? どういう意味だ?」 

「三つ目の文章の頭文字は正確には『関』だ。これってもしかすると……『ん』から始まる文が作れなかったから、仕方なくそうしたんじゃないか?」

「……!? それは……確かに……あり得るな。だとしたらそのヒントとして敢えて『きみ』を漢字にせずに片仮名にしたとも考えられる。『ボク』が片仮名なのは……フッ。多分嫌がらせだろうな」

「アイツならあり得る……!」


 そうだ……だとしたらアイツが残したかったメッセージはこれしかない!


「……『空き缶』……か」

「参ったな……それだけだとどちらが犯人かは分からない。何で分かりにくくしたんだアイツは……」

「来菜とスフィカの二人にバレたくなかったんだろう。緋色がこの場でこれを提出する前に二人のどちらかにこれを渡していたら……もしかしたら処分していたかもしれないって考えてさ」

「犯人の名前がそのまま書いてあったらそうしてただろうな。けどまあ、緋色は話し合いを始めるまで誰にも見せなかったわけで……結局ただ無駄に難解になっただけだ」


 俺は思考を更に巡らせた。

 このメッセージには必ず意味がある。

 だって偶然頭文字が『空き缶』になるとは考えにくいじゃないか。

 けどこれが来菜とスフィカのどちらを意味するのか……どうすれば分かるんだ?


「……『空き缶』ってのは間違いなくさっき川瀬が出したこれを意味するんだろうが……そのまま川瀬が犯人であることを意味するのか? いや……でもこれによって付いたコーヒーの染みはスフィカにある。これだけじゃどちらとも言い切れない……」

「……待てよ」



 ――ああ……そうだよ。

 ――それで良いんだ。

 ――俺は最後まで決して思考を止めはしない……!



「……………………その缶、何か変じゃないか?」



「何?」


 レックスだけではなく、来菜とスフィカも目を見開いていた。

 俺が何に疑問を思っているのか……分かっていないのかもしれない。

 ああそうか……みんな知らないのか。

 あるいは……『見ていなかった』のか。


「レックス、その缶コーヒーは海江田さんが置いていった物……そう言ってたよな?」

「? あ、ああ……違うのか?」

「ああ、違う。というか――――――あり得ないんだ」


 来菜がハッとした。

 そうか……どうやら彼女は『見ていた』が、この変化に疑問を持っていなかったらしい。


「このコーヒーは微糖のコーヒーだ」

「? 確かにそうだが……それがどうした?」


 俺は立ち上がった。


「海江田さんは―――――――――――――――――――無糖しか飲まないんだ」


 そうだ……だってあの人は言っていたじゃないか。



 ――「いつも無糖コーヒー飲んでますね」

 ――「……カフェイン依存症なんだ。普段からこれしか飲まない。悪いか?」



「普段から無糖しか飲まないあの人が微糖を飲むはずがない。なぁ来菜、ホントはお前も気付いていたんだろ? これが海江田さんの置いていった缶コーヒーじゃないってこと」


 彼女は唇を噛み締めながら頷いた。

 ただ、そこから先は何も考えなかったのだろう。

 きっと別の誰かが置いた物だと考えていたのだろうな。


「だとしたらこの缶は一体誰が置いていった物か? 俺は……ミシェルだと思う」

「どういうことだ君口」

「海江田さんの置いていったコーヒー缶は空だったのさ。そもそもこの微糖のコーヒーはスフィカが証拠を残すために零す時まで空じゃなかったんだ。ミシェルが言い表したかったのは……海江田さんが置いていった、あの『空き缶』のことだったんだ!」


 さて……悪いがここから先は俺しか知らない真実だ。

 俺はついに辿り着いてしまったらしい。

 まったく……ミシェルはどこまで予想出来ていたのやら。


「つまり犯人は、海江田さんの置いていった空き缶を持っている人物に限られる。ここに持ち運んでいるとは考えにくいし、あの大掃除を最初に言い出したミシェルのことだ。きっと……あとで犯人に指定する相手の個人部屋の中に、アイツはこっそり空き缶を置いていったんだ!」

「……ここに無糖のコーヒーを飲む奴はいないな。だからもし部屋にあったら間違いない。今から見に行くか?」

「いや……俺はもう確認してる。昨晩の間にな」


 そして俺は指差した。




「犯人は―――――――――――――――――――――――お前だろ! 来菜!」




 来菜は、ただただ唖然として小さな口を大きく開いているだけだった。

 そして、ゆっくりと口元を緩め始める。


「……凄い……凄いよ……快太君……! まさか……まさか……そこまで分かっちゃうなんて……!」


 俺は視線を落として小さく息を吐いた。


「……いや、凄いのはミシェルだろ。あの野郎俺が最終的に真実を追求できるかどうかを試したかったんだ。だから来菜を犯人に選んだ。アイツは俺に何か恨みでもあんのか?」

「フフ……雪代さんと同じ理由だろうね」

「……俺ってモテモテだな」


 呆れて溜息が出てしまった。

 とにかくこれで終わりだ。

 あとは……投票の時間……か。


 ドンッ


 その時、円卓の上に例のアイツらが現れた――。


「どもおおおおお!」「どもどもどもどもおおおお!」


 牛頭と馬頭はどこか嬉しそうだ。

 彼らはまさか本当に今までの一部始終をずっと見ていたのか?

 どんだけ退屈なんだあの世ってのは……。


「何だ来るのか」


 レックスはいつも通り無表情でそう言った。


「えぇ!?」「そんな!?」

「頼まれたから来ただけなのに!」「まあ確かに要らないかもだけど!」

「それじゃ答え合わせしよっか!」「やったぁ! 楽しみ!」


 しかし、レックスは首を横に振った。


「……まだ投票が終わっていない。少し待ってくれ」


「えぇ!?」「意味ある!?」

「どんでん返しを期待したいのかな!?」「かな!?」


「……いや、違う。俺は……『選択』したんだ」

「……奇遇だね、お兄ちゃん。うちもだよ」


 スフィカ………………語尾は? 


「僕も決めたよ。決めないことにするつもりだったけど……もう決まってるから」


 緋色のその言葉は果たして先程見えた未来に従うという意味なのか、それとも自分自身の選択か……さて、どちらだろうな。


「なんか雲行き怪しくなってきた……」「僕ら存在価値薄れてきた……」


 そんなことはないと思うぞ。……多分。

 正直お前たちはもっと俺達に嫌な方向で介入してくると思っていた。

 でもまさか本当にただ観察したかっただけとはな……。

 まあ、別に今更苛立ちなどは感じない。

 むしろ……感謝してるよ。


「君口」

「……何だ?」

「俺は……お前に出会えて良かった」

「レックス……」

「この塔で最初にみんなをまとめようとしてくれた時から、お前は誰よりも優しくて真っ直ぐで熱くて面倒で鬱陶しくて厄介でどうしようもなく良い奴なんだって……俺は気付いていた。真実を最後まで追求することが出来るお前は……どんな重荷でも背負って生きていける人間だ」

「……」

「…………生き返るべき人間は――――――お前だ」


 俺は頷きもしないし驚きもしない。

 もちろん怒ったり悲しんだりすることもない。

 俺は彼のその言葉を受けて、ただ微笑んだ。

     *


 ……投票の結果は、もしかしたら亡くなっていったみんなのうち何人かにとっては納得のいかないものになったのかもしれない。

 犯人は確かに来菜だった。

 そして、『犯人を決める投票』も来菜が選ばれた。

 けど、その後それとは別の『最後の投票』が行われたんだ。

 それは――生き返らせるべき一人を選ぶ投票。

 もちろん来菜は参加できないが、他の全員はどうしてか同じ人物に票を入れた。

 三人が選択した人物は……きっとみんなが納得しきれる人物とは限らないことだろう。


「――――貴方が生き返るのですね?」


 バルコニーには俺と来菜がいた。

 そして、バルコニーの入口付近にいるのは、一ヶ月以上前に一度だけあった女性。

 質問を投げかけたのは彼女だ。

 名前は……確か、『奪衣婆』だったかな……。

 彼女の両隣には牛頭と馬頭もいる。

 そして―――――俺は頷いた。


「……ここで一生を過ごすことも出来ますよ? 貴方たち二人きりで、ずっとこの塔で生きるることも……出来るのです」

「アハハハ! 馬鹿じゃないの? あたしたちが今更みんなのことを裏切るわけないじゃん! ね! ……快太君」


 彼女が優しく微笑んでくれるから、俺も同じように微笑んだ。


「……ああ。俺はもう『生きる覚悟』を決めたんだ」

「未練はないのですか?」

「無いわけないだろ! 大ありだよ……。でも、そんなのは俺達に限った話じゃない! みんながそうなんだ! みんなが……そうだったんだ……。だから俺はここで来菜と永遠に別れることにする。再会してから今まで、俺にとっては天国のような日々だった。けどそれも……もう終わりで良いだろう」

「……天国ですか。残念ながらそんな場所はどこにもありません。死ねばただ次の魂へと転生するか、私の采配で地獄へ落ちるかの二択です」

「……は? 『私』?」


 女性は穏やかに笑った。


「私の本当の名は閻魔です。ご存知ですか?」

「…………じゃあ、この塔はアンタの造ったものなのか?」

「いいえ。この塔は貴方たち人間が別の人間のために造り上げたものです」

「何の為に?」

「この塔の効果をお忘れですか? ご存知であれば……ご理解いただけると思いますが」


 ……死にかけた人間を生き返らせる。

 それがこの『賽の石塔』の力だと彼女らに聞いたな。

 そうか……そいつは素敵な話だ。

 見ず知らずの誰かが、見ず知らずの誰かを救うためにこの塔を造ったのか。

 そいつは……何て素敵な話なんだ。


「……ありがとう閻魔さん。次に死んだ時は何か土産でも持っていくとするよ」

「フフ……本物の奪衣婆に剥ぎ取られませんように、どうぞお気を付けくださいね」

「バイバイ!」「またねー!」


 来菜がバルコニーの柵に手を掛けたところで、牛頭と馬頭が手を振ってくれる。

 コイツらもこうして見ると子どもっぽくて可愛らしい……ことはないな。

 やっぱり一つ目の鬼はちょっと怖い。


「……バイバイ快太君。言っとくけど、それ以上の言葉は残さないよ」

「ああ。ありがとう……」

「……」


 来菜は笑顔だった。

 最期に見せた笑顔は……いや、特別でも何でもない、いつもの彼女の、あの愛おしい笑顔のままだった。


「ああ、最後にもう一度言っておきますね」


 ……何だ? 閻魔さん、まだ何か用か?

 というかこの後どうやって俺は生き返ることになるんだ……?



「鬼は嘘を吐く生き物ですから、どうかお気を付けて」



 ……何だって?

 あれ……おかしい。何も聞こえない……何も見えない……。

 何もかもが闇で包まれていく。

 いや……これは闇というよりは光かも知れない。

 全てが光に包まれて、そして――。

 ――――――――――――――――――――――そこで、俺の意識は途絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る