7

「まず、被害者はミハイル・ブルッツェル。死因は恐らくバルコニーから塔の下への落下死。残念ながら誰にもアリバイは無い。次に、緋色はミシェルの遺書を受け取っていた。もっとも、それがミシェル本人の物かは分からないが……自殺の可能性はまだ消えていない」


 そこまではまだ何もおかしいことはない。おかしくなったのはここからだ。

 レックスは眉間を抑えながら続けた。


「そして問題はここからだ。川瀬はスフィカが犯人であるという証拠、空き缶を提示した。しかしそれは川瀬自身が怪しまれる証拠だった。だが……よく考えたらまだスフィカの容疑は晴れたわけじゃない……かもしれない」

「お兄ちゃん……何言ってるのニャ!?」


 レックスは申し訳なさそうにスフィカに視線を向けると、また整理に戻った。


「川瀬の言い分であるスフィカが缶を柵の上から地面に置いたという可能性はまだ残っている。まあ、そうすると何故証拠の染みを残したままでいるのかが謎だがな」


 レックスが疲れてきていそうだったので、ここからは俺が交代しよう。


「次にスフィカも来菜が犯人であるという証拠、白い布切れを提示した。でもこれはスフィカが怪しまれる証拠だった。けど、スフィカの言い分通りスフィカが来菜の部屋から手袋を持ち出したわけじゃない可能性はまだ残ってる。その場合来菜が余分な手袋を持ち出した理由が分からなくなるけどな」

「快太君……!」


 睨まれるのも仕方ない。

 俺が来菜を疑うメリットは本当に無いんだ。

 だって……俺自身が生き返るためには来菜の票が必要不可欠なんだ。

 だから、その投票までに来菜には生きていてもらわないと…………。

 …………………………投票?


「まとめると何がおかしいかよくわかった。二人は何というか……それぞれ犯人としてもそうでないとしても合理的でないと考えられる行動を取ってしまっているんだ。でもこれはたまたまそうなったと考えることも出来る。いずれにしろ……これ以上証拠が出ないのなら、もう話し合えることはないんじゃないか?」

「じゃあ投票するのニャ?」

「……そうだな。でもこれは……」



「投票は無意味だ」



 目を伏せながら静かにそう言うと、確かに『二人』からの恨めしい視線を感じ取れた。


「……何だって?」

「レックス、よく考えてくれ。このまま投票した場合、誰が選ばれるのか……」

「それは……」


 ハッとしてくれた。理解してくれたのかもしれない。


「……俺と来菜はスフィカを、お前とスフィカは来菜に入れるだろう。すると……決定権は緋色に移る」

「……確かにそうだ。緋色、お前は……投票が出来るか?」


 緋色は当然だが首を横に振った。

 先程生き返らせるべき人間を決めないことに決めたと言った緋色だ。

 この犯人捜しの投票はそのまま生き返らせる人間を決める投票になる。

 つまり……緋色は棄権するに決まっているのだ。


「……ならまだ話し合うしかないか。証拠は何も無いが……」

「それでも犯人は話し合いをすることを望んでいる。なぁレックス……それっておかしいと思わないか?」

「何?」

「だってそうだろ? 俺達はそもそも……犯人がミシェルを殺した動機は、『運否天賦に任せたくないと犯人が考えたから』だと思っていたんだ」

「……!」

「けどこれ以上証拠が出なければ投票は来菜とスフィカの同率一位で終わる。そしたらじゃんけんか何かで決めるしかなくなる。緋色が棄権する可能性を……犯人が予期できなかったは思えない」

「……なら、まだ何か証拠があると?」

「違うんだ。前提が違ったんだよ。犯人の目的が……違ったんだ」

「何だと?」

「犯人は……犯人当てのゲームの勝敗なんてどうでもよくて、俺とお前が最後まで『生きようとするか』を試したかったんだ」

「!?」

「この犯人当てゲームの投票……俺が生き返ることを諦めて来菜に入れたら生き返るのはお前だ。逆にお前が生き返ることを諦めてスフィカに入れたら生き返るのは俺だ。俺達が最後まで諦めずに二人を信じ続けたのなら、犯人は運否天賦で結果が決まってもそれで良かったんだ。犯人は……最後の最後で、俺とお前の『生きる覚悟』を試したかったんだよ……!」


 レックスは愕然としていた。

 いや……レックス『だけ』が……の間違いか。



「そうだろ―――――――――――――――――――――――――――二人とも」



 二人…………来菜とスフィカは俯いていた。

 その理由は……俺には分かっている。


「俺には分かるよ。いや……レックス、お前も気付いたんじゃないか? 明らかに来菜とスフィカの行動は両方とも話し合いの場を混乱させるためのものだ。たまたま不合理な行動を取ってしまったわけではないと……二人のことを信じるのならな」

「……ああその通りだ。その通りだよ君口。スフィカは俺がスフィカを疑う様な事を言うと声を荒らげた。お前だってそうだろ? 川瀬は、スフィカだけでなく川瀬も疑ってかかるお前を睨みつけていた」

「その理由は二人が俺達の『生きる覚悟』を疑ったからだ。本気で生きてほしいと願っているからこそ……二人は俺達を試したんだ。いや……もしかしたら、提案したのはミシェルだったのかもしれないな」


 そこまで言うと、来菜が大きく溜息を吐いた。

 スフィカもガクンと肩を落としていた。


「……何で分かっちゃうのかなぁ……」

「鋭いのニャー……」


 どうやら正解らしい。

 だが……まだ終わったわけじゃない。


「……じゃ、じゃあ……ミシェルは、ホントは自殺だった……ってこと?」


 緋色が頭の上に疑問符を浮かべながら尋ねる。彼は最早驚く段階にすら辿り着けず参っているようだ。


「違うよ緋色。良いか? このまま俺達が投票を進めたら結果はどうなると思う?」

「え? は、犯人当ての投票だから……えっと……」

「自殺だったらこの話し合いに意味は無くなってしまうんだ。犯人は……いや、来菜とスフィカはそんなこと望んじゃいない。実際に二人のどちらかがミシェルを殺すことで初めてこの投票は生きるんだ」

「ああそうだ。仮に川瀬が犯人で、君口が川瀬を信じきれなかった場合、票は川瀬に集まって犯人当てのゲームは川瀬の負けとなり、犯人の生き返らせたい人物である君口は生き返れない。仮にスフィカが犯人で俺がスフィカを信じきれなかった場合も同じで、ゲームはスフィカの負けで、やはり犯人の生き返らせたい人物……俺は生き返れない。そして逆に……犯人がゲームに勝てば、犯人の生き返らせたい人物が生き返ることになる」

「このゲームは……どっちが殺したのかは最早関係なく、俺達二人が自分を生き返ってほしいと望んでくれている人物を、信じられるかどうかの勝負になっていたんだ」


 正直緋色は理解できないと思っていたが、目を丸くした彼を見る分に、きっと理解できてしまっているのだろう。


「……そっか……だから……」


 ……『だから』?


「なら……僕はまだ黙っていた方が良いのかも……」


 ……成程ね。

 緋色はもう結末を見てしまったらしい。

 彼がそれで口元を歪ませている理由は……俺には何となく理解できる。


 パチパチパチパチ


 二人は拍手をしていた。

 まあここまで俺達が読み解けることを想定してなかったのだろうな。


「参ったよ……そこまでバレちゃったらどうしようもないねぇ……」

「認めるのか?」

「……うーん……まあ……ねぇ?」


 来菜はスフィカに視線を向ける。


「困ったニャー……。これじゃ二人のどっちを生き返らせるか決められないニャ……」

「そうだねぇ……ハハ、もうじゃんけんでもいいんじゃない? あたしは文句ないよ」

「うちもないニャ」

「ここまで二人とも頑張ってくれたしね……充分覚悟は見れたよ。どっちが生き返ることになっても悔いはない」

「うんうん」


 二人は呆れながらそう言った。

 けど――。


「――――――――俺はある」


「快太君……?」


 来菜とスフィカが戸惑う中、レックスはフッと笑みを溢した。


「……奇遇だな。俺もだ」

「お兄ちゃん?」


 俺とレックスは互いに顔を合わせた。

 きっと同じことを考えているのだろう。


「――まだゲームは終わってない」

「な……!? 何言ってんのさ……快太君……。もうこれ以上の証拠は無いよ? というか……犯人当てなんか無理だから。だって……これは推理不可能な殺人なんだもん。旦那さんが前に言った、共犯の二人が同じ時に同じ場所にいた時に実行した殺人なんだから……!」

「それでも俺は思考を止めたくないんだ。それで前は後悔したから……だからもう同じことはしない! 犯人を当てるぞ! レックス!」


 頷くレックスとは裏腹に、来菜とスフィカは若干苛立っていた。


「快太君! 言ってる意味分かってんの!? それであたしらのどっちかが犯人か突き止めることに何の意味があんの!? もしそれであたしが犯人だったら……」

「当然正解ならお前が死ぬことになる。だったそう決めたじゃないか」

「……ッ!」


 スフィカもレックスに対して声を荒らげる。


「お兄ちゃん! もう話し合いは終わりでいいニャ! これ以上やっても意味ないニャ!」

「……何だ? お前が犯人なのか?」

「……ッ」

「俺の提案したルールはまだ有効だ。当然ゲームに負けた犯人は死ぬし、犯人が勝てば犯人の生き返らせたい人間を生き返らせることにする」

「な、何で……」

「……じゃんけんで決めようなんてさっきは言ったが、やっぱり俺は運否天賦で終わらせたくない。俺は……あの時、何も考えずにシスターに投票したことを……ずっと悔いていたんだ……!」


 来菜とスフィカはもう何も言えなくなっていた。

 表情から察するに、どうしたら良いか分からなくなっているらしい。

 どちらか片方は犯人ではないはずだが、解答をここで言う気にはならなさそうだ。

 ……二人とも優しいからな。


「二人とも犯人を明かすつもりはないみたいだな。ま、自分が全部を終わらせる一手を取りたくないって考えは理解できる。ああ……そうだとも。だからこそ俺達はここで全てを終わらせなくちゃいけないんだ。なぁレックス!」

「ああ! 解き明かそう……そして、この塔での生活に終止符を打つ……!」


 緋色は微笑みながら見ていてくれている。

 彼にはもう未来が見えているらしい。

 だったら何を恐れる必要がある? 

 真実を追求することに、一体何を恐れることがあるって言うんだ……!

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