6
「……思い出した」
レックスが呟いた。
何だ……まだ何かあるのか?
いや……待てよ。俺も何かを忘れているような気がする。
確かにさっきからずっと、何かが引っ掛かっているような……そんな気がするんだ。
「なぁ川瀬、その空き缶……ホントはどこで拾ったんだ?」
「え? な、何を……」
……まさか。
いや待てよ……それはあり得ないというか……え? いや、でも……。
「バルコニーに行けば確かにコーヒーの染みが広がっているのかもしれない。でも……それが何だ?」
「え……え?」
「そうだ……確か間違いない。お前の持ってるバルコニーに転がっていたコーヒー缶ってのは、海江田国広がバルコニーに置いていった、あのコーヒー缶のことだろう?」
「……ッ!」
来菜……?
何でそんなに動揺しているんだ……?
それとも……まさか……本当に……。
「俺は覚えてる。海江田の置いていったコーヒー缶は、バルコニーの柵の上にあったはずだ。ならどうしてその缶が地面に移動していた? それは……お前かミシェルのどちからが柵の上からどかしたからじゃないか?」
「そ、それは……」
「待てよレックス!」
「待たない。犯人とミシェルが共犯なら、ミシェルは犯人に塔から落としてもらうために柵の上に立つか座るかしたはずだ。その時たまたまそこにあった海江田の残したコーヒー缶が邪魔になったんだろう。だから地面に置いたんじゃないか?」
「レックス……!」
正直言ってレックスの言い分は推測の域を出ない。
でも、実は俺も海江田さんの置いていったコーヒー缶がどこにあったかを記憶している。
それは前の事件の起きた夜……つまり昨晩のことで、その時は確かに柵の上にあった。
事件の後に俺達は話し合いを始め、バルコニーには誰も近付いていない。
加えて話し合いの後は大掃除を始めたが、三階には誰も行ってない。
バルコニーに何かしらの変化があったとしたらそれは……確かに犯人かミシェルの仕業としか考えられない。
来菜がこの缶を海江田さんの物ではないなどと主張できないのは、もしそうでもそれ自体が来菜がバルコニーに行ってその缶を証拠として捏造した可能性を示唆してしまうからだろう。
でも、そう主張しなくてもこれは……。
「それは偶然だったが、スフィカはお前の証拠を見つけるときに運悪く……いや、運良く気付かぬ間にコーヒー缶を蹴飛ばしてしまっていたんだ。だから靴にコーヒーの染みが出来た。この染みが表すのはスフィカが犯人であるということじゃない。仮にスフィカが犯人なら、スフィカかミシェルが中身の入った缶を柵の上から地面に置いた後で、スフィカはそれを零して靴に染みを作ったことになる。別のことに気を取れらている間に、たまたまそこにあった中身が入ってるかも分からない缶を蹴飛ばしただけなら、靴に付いた染みに気付かない可能性もあるが……自分か傍にいたミシェルが一度触れたコーヒー缶なら……中身が入っていたことも気付いていただろうし、それに気付かずに蹴飛ばしたりはしないだろうし、いくらコイツでも染みが付いたことくらい気付けるだろ。そして何よりその染みをどうもせずにこの場に来るはずはないんだ。だからスフィカは犯人じゃない。スフィカが犯人でないのならスフィカの提示した証拠に嘘偽りはない。つまり……川瀬、お前の持ち出したこの空き缶は、お前がバルコニーに行ったという事実を裏付ける証拠なんだ」
それを受けてスフィカは嬉しそうに拍手した。
「流石お兄ちゃん! 完璧ニャ! 完璧にうちの考え通りに推理してくれてるのニャ!」
「……それは嘘だろ。川瀬にコーヒーの汚れを指摘された時驚いてたじゃないか」
「あ、アレは演技ニャ……」
「でもこれが元々柵の上に置いてあったって事実は忘れてただろ?」
「う……うぐぅ……」
スフィカの態度を見るに図星らしい。
でも……レックス、待ってくれ。それは……そんなはずは……ない……だろ?
「…………待ってくれ」
俺が力無くそう言うと、レックスは小さく息を吐いた。
「何だ? もう決まりだろ。それとも……お前はまだ納得できていないっだけか?」
「それは……」
「これで川瀬がゲームに敗北したのなら、生き返る人間は俺に決まる。お前じゃなくて俺だ。それともお前は……俺にみんなの魂を背負うことは出来ないと考えているのか?」
「そういう訳じゃ……」
「ならもういいだろ」
――違う。
――違うんだ。
――俺は……確かに納得していない。
――でもそれは……来菜が犯人であることに関して……じゃあないんだ。
「……妙だと思わないか? レックス」
「何がだ?」
俺はこめかみを親指で押しながら必死に頭を回転させる。
違和感の正体に……気付くためだ。
「……どうして来菜は……手袋を……手袋だけを、あらかじめ一着自分の部屋から持ち出していたんだ?」
「……何?」
来菜が犯人であるという前提のもと思考を働かせる俺に対し、来菜は眉をひそめて視線を向けてきた。
しかし……それでも俺はこの違和感の正体を明らかにしたいんだ。
「だって……そんなの意味が無い。他の着替えを持っていかないなら……意味が無いんだ。だってこれじゃまるで……証拠をわざと作るためみたいで――」
ドンッ
スフィカは机上を叩いて立ち上がる。
「お兄ちゃん! 関係ないニャ! とにかく来菜が犯人なのは間違いないのニャ!」
「あ、ああ……それは……そうだが……」
レックスは戸惑っている。しかし、俺が感じた違和感はこれだけじゃないんだ。
「なぁレックス、お前はおかしいと思わなかったか? もし来菜が空き缶をこの場に提示していなければ、お前はスフィカが犯人じゃないと断定できなかったんだ。来菜が……『そんな物』出さなければ……」
「……それは、コイツが墓穴を掘ったからで……」
「スフィカを信じるお前はそう言うだろうさ。じゃあ聞くが、仮に来菜が犯人とするのなら……自慢の手袋がミシェルの抵抗で千切れたってのに、その千切れた布切れをそのままバルコニーに残したりするか? カメラアイの来菜は誰よりも景色の変化に敏感なんだぞ?」
「…………確かに……それは妙だが……」
「良いかレックス。二人の両方に疑いを向けて可能性を考えていた俺からしたら、来菜もスフィカも同じくらい妙な行動を取ってるんだ。スフィカが犯人ならお前の言う通り靴に染みを付けたままここに来ているのはおかしいし、来菜が犯人なら今俺が言ったように手袋の切れ端を現場に置いていったことがおかしい。どっちが犯人だとしても……こう……何かがおかしいんだよ!」
そこまで言うと。来菜とスフィカは苛立つような形相を露わにした。
「……犯人はスフィカちゃんだよ! あたしは嘘なんて吐いてない!」
「うちだって嘘吐いてないのニャ! 犯人は絶対絶対来菜ニャ!」
「缶コーヒーを地面に置いたのはスフィカちゃんだよ! レックス君はスフィカちゃんを庇ってるだけ! 信じて旦那さん!」
「怪しいのはどう考えても来菜の方ニャ! うちは来菜の部屋から手袋なんか持っていってないのニャ!」
「違う! あたしは手袋を多めに持ち出したりなんてしてない! 犯人は――」
「スフィカちゃんだよ!」
「来菜ニャ!」
…………………………意味が分からない。
どうなっているんだ……何かがおかしい。
俺からしたらどう考えても二人の行動は両方とも辻褄が合わない。
でも……二人が共犯というのだけは……絶対にあり得ない。
だって、二人の投票先はもう明らかじゃないか。
今までとは逆で、俺と来菜、もしくはレックスとスフィカといった組み合わせでしか共犯はあり得ないはずだ。
何だ……何が起きている……?
それでも互いを責め続ける来菜とスフィカを収めたのは、レックスの一言だった。
「――静かにしてくれ」
「ッ!?」
「ニャ!?」
二人は押し黙らされた。
そして、レックスは俺の方を向いてくる。
「……君口、何かがおかしい。俺はもちろん川瀬を疑っているし、それ以外の選択肢を取る意味なんて無いが……それでも困惑してどうしたらいいか分からなくなっている」
「お兄ちゃん!」
「だから静かにしてくれ」
「……ッ」
レックスは疲労感を露わにしている。
正直俺もだ。緋色はどうだろうか……。
「?????」
……どうやら緋色はそこまでではないみたいだな。
「……確かに君口の言う通り二人の行動は妙だし、言い換えるのなら誰かを庇っているようにも見える。でも同時に、二人の行動は犯人らしい部分もある。ただ……どうしても気になるのは、二人に関する証拠を提示したのは、やはり二人だけということだ」
レックスに黙らされた来菜とスフィカは一旦傍観に回ることにしたらしい。
ここからは俺とレックスでの話し合いだ。
「ああ。この点に関しておかしいのは、来菜が自分がバルコニーに行ったことを示すような証拠を提示したことと、スフィカが自分が捏造したことを示すような証拠を提示したことだ」
「……お前はスフィカが犯人だと思ってるのか?」
「もちろんだ。来菜を疑うメリットが俺には無い。ただ……やっぱり何かがおかしい。一度整理した方が良いんじゃないか?」
そう言うと、レックスは溜息を吐いて何度か頭を振った。
彼も非常に動揺しているらしい。
そして、ゆっくりとレックスは今までの話の流れを整理しようとした。
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