5

「……他に何かしら証拠を見つけた奴はいないか? まあ……ミシェルが共犯なら何の証拠も無い可能性もあるが……」


 バンッ


 来菜が待ってましたと言わんばかりに立ち上がった。


「あ、あるよ! というか……あったからあたしはずっとミシェルが自殺じゃないって言ってたんだけどね……」


 何?

 ちょっと待てよ来菜……それってつまり……。


「あたしにはもう犯人が分かってるの。そうでしょ? ――――――――スフィカちゃん」


「ニャ……!?」


 何だろう……スフィカの驚き方がわざとらしく見えるような……。

 しかし俺がそんなことを思っている間に来菜は『証拠』を提示した。


「これが証拠だよ。バルコニーに転がっていた……この空き缶!」


 来菜が円卓の上に置いたのは黒いラベルの付いたコーヒー缶だ。

 彼女の言う通りならそれは空き缶らしい。


「? 何だそれは?」


 レックスはスフィカを疑われてももう取り乱したりはしない。彼は冷静に尋ねた。


「バルコニーに落ちてたんだよ。というか旦那さんも見たでしょ?」

「え? あ、ああ……そう……だったかも……」


 悪いがよく覚えていない。俺はミシェルのスポーツサングラスに目がいってしまっていたのでな。


「君口は覚えてなさそうだな」

「でも今からもう一回バルコニーに行けばこれが落ちてたことはすぐ証明できるよ」

「どうやって?」

「この缶はね、空き缶じゃなかったんだよ」

「何?」


 来菜はフッと笑った。俺だからそう思うのかもしれないが、どこか彼女らしくない気がする。


「中身が入ってたの。バルコニーには中身の微糖コーヒーが飛び散ってたよ。旦那さん、これも覚えてない?」

「……覚えてないけど嘘じゃないだろ? すぐに確認できることだし」

「そう。それでね、どうして中身が零れていたと思う?」

「そりゃ……誰かが零したからだろう」


 レックスは気付いていないようだが、俺は来菜の言いたいことが分かった。でも……まさか……。


「そう! つまりね――」

「待った来菜。その前に俺からみんなに質問させてくれ」

「え?」

「……この中に、昨晩……正確には前の事件に関する話し合いの後から今朝までの間にバルコニーへ行った奴はいる?」


 俺がそう言うと、レックスも気付いたらしい。手で口元を覆っている。


「……行ってない。当たり前だろ? 行ってる奴はミシェルと犯人だけのはずだ」

「……うちも行ってないニャ」

「僕も……」


 俺は頷いて来菜に視線を戻す。


「あ、あたしもだけど……」

「そうか、俺も行ってない。よし、良いぞ来菜、続けてくれ」

「え? あ、ああ……うん。あたしが思うにねぇ、このバルコニーに置いてあったコーヒー缶は、ミシェルか犯人に蹴飛ばされたんだよ。だから中身が零れて転がってたのさ! つまり! 蹴飛ばした人物にはコーヒーの染みが付いてしまった可能性があるの! そしてあたしは……その染みが付いた人物を見ちゃったんだよねぇ」

「……それがスフィカってことか」

「え!? い、今あたしが言おうとしたところだったのに……」


 先にレックスが台詞を奪ってしまったらしい。

 さて……スフィカは何と答えるだろう。


「スフィカちゃん! スフィカちゃんの靴をさっき見たけど、確かにコーヒーの跡が付いてたよ! 犯人はスフィカちゃんなんでしょ!?」

「ニャー……」


 レックスはすぐに隣に座るスフィカの靴を確かめた。


「……確かに靴が汚れている。コーヒーの染みが付いているな」


 逆隣の緋色も確認している。

 どうやら本当にスフィカの靴にコーヒーの染みがあるらしい。


「さっきの君口の質問に、みんなこう答えた。『昨晩から今朝までの間にバルコニーには行ってない』と。スフィカ……それじゃお前はいつその染みを付けたんだ?」


 レックスは今どういう感情なのだろう。

 まだスフィカを信じているのだろうか。それとも……。


「――うちは、来菜が犯人だっていう証拠を握っているのニャ」


 …………………………………は?


「うちがその缶を蹴飛ばしたのは、バルコニーでその証拠を見つけた時ニャ!」

「ま、待てよスフィカ。お前何言って……」

「うちがバルコニーで見つけた証拠は……これニャ!」


 そう言って、今度はスフィカは円卓に証拠を提示した。

 そしてその証拠とは――白い布切れだった。


「……何? それ……」


 緋色が尋ねる。


「来菜がいつもしていた白手袋の切れ端ニャ! きっと塔から落ちそうになったミシ

ェルに掴まれて千切れたのニャ! これがバルコニーにあった以上来菜が嘘を吐いてるのは確定なのニャ!」

「な……! い、行ってない! あたしはバルコニーには行ってない!」


 ……何だこの状況。

 来菜……嘘を吐いてるのか? お前が嘘を? いや……スフィカだって十分怪しい。


「……それが来菜の白手袋の切れ端だと言うには根拠が薄いな。スフィカ、お前嘘吐いてるんじゃないか?」


 そう言うと来菜は嬉しそうに俺の方を向いてきた。


「そ、そうだよ! 旦那さんの言う通り! スフィカちゃんが怪しいよ!」


 するとレックスが口を開く。


「……それも確かめたらすぐ分かることだ」

「えっ!?」

「だってそうだろ? 俺達の衣服はクローゼットに用意されていた分だけしか存在しない。もしお前が部分的に千切れた手袋を持っていたらもう確定だ」

「ち……違うもん! あたしじゃないし! 確かめたかったら確かめたらいいじゃん!」

「……成程、既に処分した後ってことか。それならクローゼットにあるお前の手袋は数が減っているはずだ。衣服は初め、その時着ていた物も含めてみんな同じ物を七着用意されていた。今している分を含めて手袋の数が六つなら……そういうことになるだろう」


 ………………………………おいおい。

 何だか面倒な話になってきた。

 俺からしたらスフィカの方が怪しいんだが……。


「待てよレックス、どう考えてもスフィカの方が疑わしい。来菜の発言に矛盾は無いが、スフィカはさっき破綻したじゃないか。だってスフィカはバルコニーに行ってたんだから。その証拠を出す前に嘘を吐いた意味が分からない。犯人だから嘘を吐いたんだろ?」

「違うニャ! さっきは……その……快太と来菜が組んでると思ってただけなのニャ! だから誘導尋問的なアレかと思っただけなのニャ!」


 いやいやいやいや怪し過ぎるだろ!

 なぁレックス、これでも来菜を疑うのか?


「……だから確かめたら分かることだ。なぁ君口、お前はどう思う? この布切れが……川瀬の手袋の切れ端だと思うか?」

「それは……」


 ……………………………………………………あれ?


 いや、待てよ……。

 でも……そうだ。俺は既に確かめている……。


「どうした? 君口」

「いや……その……」

「旦那さん?」


 来菜が不安そうに俺の顔を見つめる。


「……俺は昨日、来菜の部屋のクローゼットを確認している」

「何?」

「旦那も!?」

「俺は昨晩から今朝まで来菜の部屋にいたんだ」

「何でニャ!?」

「それはともかく、そこに置かれていた手袋の数は……覚えているんだ」

「そうなのか。それでその時の数はいくつだった?」

「……」


 来菜の視線がぶつかる。

 俺は目を合わせることが出来ない。


「どうしたんだ? ただの確認なんだが……」

「……………………五着だった」


 そうなんだ。

 確かにセーラー服や下着の数は全部同じだったのに、手袋だけが少なかった。

 その時に彼女がしていた分の手袋を含めても、明らかに一着足りない。

 でもこれが意味するのって……。


「どういうこと?」


 理解できていない緋色に対してレックスが答えようとする。


「……二人は昨晩部屋を交換したらしい。だから川瀬は着替えを持って君口の部屋に向かったんだろう。その時本人が来ていた分を含めれば合計七つで何もおかしくは――」

「セーラー服は六着だった」


 俺の言葉を聞いて、レックスは目を見開いた。

 来菜とスフィカの表情は……何だろう、分かりにくい……。


「ま、待てよ君口……それって……」

「来菜は着替えを俺の部屋に持っていってはいない。どうせ明日死ぬのならって風呂に入るつもりも無かったんだろう。あるいはただ忘れただけか……」

「待てって……」

「だったら何故手袋だけ一つ無くなっていたのか……そんなのは簡単だ。お前が来菜を犯人に仕立て上げる為にあらかじめ盗んだんだろう? あの大掃除の最中に……!」


 俺はスフィカを指差した。


「決まりだ! やっぱり犯人は……お前なんだろ! スフィカ!」


「ニャ……ッ!」


 スフィカは確かに動揺しているが、俺は何故か―――――――――――違和感を持った。

 語尾の所為だろうか……分からない。

 でもとにかくやはり怪しいのはスフィカだと判明した。

 ミシェルをバルコニーから突き落としたのはスフィカだったんだ。

 まさか昨日来菜と部屋を交換したことがここで功を奏すとは……。

 これで最後の話し合いはを終わると俺は思った……のだが、そこで――。

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