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「…………レックス、もう始めるのか? まだ俺は何も分かってないんだが……」


 俺達は言われるがままに席に着いたが、ハッキリ言って何一つ調べてなどいない。

 けれど、レックスは頷いた。


「ミシェルを探す際、俺達はもう十分に塔の中の至る所を探し回ったはずだ。だからこそミシェルが死んだという結論を出せた。みんなから話を聞けば、ミシェルの身に何が起きたかくらいは議論できるだろう」


 確かにそうかもしれない。

 もしかしたら俺以外のみんなはもう既に何かしらの証拠を握っているのかもしれない。

 だとしたら俺に出来ることは……その証拠から推論を立てることだけだ。

 レックスはやはりいつものように冷静に、進行役を買って出た。


「……さて、まずはハッキリさせなくちゃいけないことが一つある。それは……『ミシェルがどうやっていなくなったか』だ」


 ……そこは多分もうみんな理解している。

 それでも敢えて口に出させようとするのは、そうやって俺達も冷静にさせるためだろう。

 なら俺から言うべきだ。多分……一番困惑しているのは俺だから。


「バルコニーにミシェルのスポーツサングラスが落ちていた。塔から出る手段は他に無い。ミシェルは……バルコニーから塔の下に落ちたんだ……」


 レックス以外の面々は俯いた。

 さて……それじゃあ次の問題に移ろうか。


「……俺は最初にそれを見た時、『ミシェルが自殺をした』と思ったんだ。誰かがミシェルをそこから突き落とした可能性には頭が回らなかった。だってあのミシェルだぞ? だから……聞かせてほしい。みんなは何でミシェルが誰かに殺されたと思ったんだ?」


 そうなんだ。ここが問題なんだ。

 何故か俺以外の全員は初めからミシェルの自殺の可能性を口にすらしなかった。

 初めから殺人を疑っていた。

 まるで……ミシェルを殺した張本人であるかのように。


「「「「……」」」」


 どうしてみんな黙るんだよ。

 傷心中か? それとも言い訳を考えているのか? それとも……既に犯人に繋がる証拠を握っているものの、犯人がその人物だと信じられないでいるとか? 


「……君口、実は俺も同じことを考えていた」


 ホントかよ。

 レックスは無表情だから本心かどうか判断が付かない。


「……快太お兄ちゃん」

「何だ? 緋色」

「えっと……その……」


 どうやら緋色は何かを見つけたらしい。

 しかし、それを出せずにいるというのは……何か理由があるのか?


「もしかして俺のこと疑ってる?」

「え、い、いや……その……」


 微笑みながら聞いたのだが、緋色はかなり動揺してしまった。

 すかさずレックスが割って入る。


「君口、俺はスフィカと緋色の三人でさっき自殺の可能性を話し合ったんだ。二人が降りてくるほんの少し前にな」

「ああ……だからバルコニーに何かしらミシェルのいた痕跡があることを期待したんだな?」

「そうだ。それと同時に……自殺だと決めつけるような人間がいるのなら、そいつがミシェルを殺した犯人である可能性が高いという話もした」

「え? は?」

「だってそうだろ? みんなにすぐに自殺だと結論を出させることで得をするのは、ミシェルを殺した犯人だけだ。だから俺達は……ミシェルが自殺したという決定的な証拠が出るまでそのことを認めちゃいけない」

「……確かにそうだな」

「敢えて聞くが……お前は自殺だと決めつけちゃいないよな?」

「……もちろん」

「ならいい」


 もしかして俺は疑われたのだろうか。

 いや……正直言って緋色以外の全員が怪しくはある。

 どうせ今日ほとんど全員が死ぬ予定だったんだ。ミシェルに至っては確定だった。

 誰がミシェルを殺そうとしてもおかしくはないし、ミシェルが抵抗せずに死んだっておかしくもない。

 自殺だと考えるよりは……生き返らせたいと思う人物のためを思った殺人と考える方がもっともらしい。


「――でも証拠ならあるんだ」


 ……………………何?

 緋色は、そう言って懐から一枚のメモを取り出した。


「何だって?」


 レックスも困惑しているらしい。

 どうやらそのメモについてはまだ話してなかったみたいだな。

 それで、その内容は?



『あえて遺書を残しておくよ。ボクは投票を降りることにする。

 キミはみんながボクの死に気付いた時にこれを提出するといいさ。

 関係無いが……頑張りなよ、快太』



 …………………………………………これは……どういうことだ?


「緋色、これは……」

「……何で……?」

「どういうことニャ……?」

「……緋色、教えてくれ。これは一体いつ貰った物だ」


 そう尋ねたのはレックスだが、正直俺を含めた他三人は動揺で言葉が続かない。

 これってつまり……『そういうこと』としか考えられない物じゃないか……。


「さっき自分の部屋を見にいったら、部屋の入り口のすぐ近くに落ちてたの。最初に部屋を出た時は……気付かなかったけど……」


 緋色はどこか当惑しているようだった。

 何故だ? それは本当なのか? いや……緋色が嘘を吐く理由など無い。

 来菜やスフィカの反応を見る分には、二人がこの遺書に関わっているとも思えない。

 ならレックスか? 遺書を偽造したのか? いや、それとも本当にこれは……。


「……川瀬、このメモの筆跡は……本当にミシェルのか?」


 クソ……それをお前が聞くのか……。

 レックスが偽造したわけではないのか……? 何なんだこれは……。


「……ごめん、ミシェルの字は……見てないから……」


 来菜は目を落としながら答えた。

 『覚えてない』ではなく『見てない』と。

 一度でも見ていたら彼女が覚えていないはずが無いのだから、これは何もおかしくない。

 本人が死んでしまった以上、最早この遺書がミシェル本人の物かどうかなど区別できない。

 一体……これは……。


「……悪いが緋色、これは自殺を示す決定的な証拠にはならない」

「え?」


 レックスは穏やかな口調で諭す、


「誰が書いたか分からない以上……ミシェルの自殺だと思わせたい犯人の仕業である可能性が高い」

「あ、あたしもそう思ったよ。明らかに怪しいし……」

「ニャー……」


 まあそう考えるのが普通だよな。

 しかし、だとしたら犯人は何の為にこの遺書を……?

 それとも……ミシェル本人がこれを書いたのか?

 だとしたら……。


「なぁレックス、これはミシェル本人が書いた物と考えてもいいんじゃないか?」

「? 何故だ?」

「さっきも言った通り、俺はミシェルが不意を突かれて誰かにバルコニーから突き落とされるような警戒心の無い奴だとは思えない。殺されたとしても、きっと……雪代先輩と同じ、ミシェル自身が犯人の共犯である可能性が高い」


 俺がそう言うと皆納得したように頷いた。


「……成程な。これから死ぬと決まっているのなら自殺じゃなくても遺書を残しておかしくはない。けどミシェルが共犯なら……犯人捜しは困難だな……」


 レックスは溜息を吐いた。

 確かにその通りだ。

 前回はあの人の所為で滅茶苦茶混乱させられた。いや、何なら雪代先輩の時もあの人が引っ掻き回していたな。

 もしかしたら今回も俺達じゃ解き明かせないような謎を用意しているのかもしれない。

 だとしたらかなり状況は厳しいな……。


「でもそう言う君口は怪しいな」

「はぁ!? な、何でだよ?」

「ミシェルが書いたとするのなら必然的に君口が犯人である可能性は低くなる。この遺書は文面に緋色とお前を示す単語がある以上、二人に言葉を残したいと思って書いた物だと考えられるからだ。犯人とはこれを書いた後に言葉を交わす機会があったはずだ。つまり……お前が犯人なら、ミシェルがこの遺書にお前の名前を出す必要は無い。自分が犯人と疑われにくくなるのなら、そりゃお前はミシェルが書いた物であってほしいと望むよな」


 ……それはそう。


「まだミシェルが書いた物と断定するのは良くない。特に遺書に名前が出ているお前はな」

「……みたいだな。気を付けるよ」


 しかしミシェルが書いたわけじゃないとしたら一体誰がこんな物書いたんだ?

 そしてその目的は?

 まさかレックスの言う通り犯人は本当にこれで俺達が『ミシェルは自殺した』と思い込むとでも思ったのか?

 ……正直来菜とスフィカならあり得るかもしれない。いや、疑うわけじゃないが。

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