3

 翌朝 ロビー


 俺は少しだけ早起きしてしまった。

 来菜のベッドは不思議と寝心地が良く、まるで繭に包まれているかのような感覚を抱きながら熟睡したのだが、勝手に目が覚めてしまったのだ。

 最近はミシェルが呼びに来るまでは部屋から出ないという決まりを守っていたが、今日はそんなことも無視してさっさとロビーに降りてきた。

 そこには既にレックスの姿もあった。


「おはよう」

「ああ、おはよう君口。早起きだな」

「いやお前の方が早いだろ」

「俺も今さっき起きたところだ」


 レックスはロビーのソファに座って足を組んでいた。

 肘置きにもたれながらいつもの無表情を続ける。


「……今日でここでの生活は終わり……か」

「ミシェルと緋色はどうするんだろうな」


 俺がそう聞くと、レックスは少しだけ眉間に皺を寄せた。


「……難しいだろうな。投票を放棄するかもしれない。そうなったらお前はどうする? 君口」

「そりゃあ……俺は……」


 俺はもう覚悟を決めたんだ。

 どんな手を使っても自身が生き返ることを選択する。

 それを拒む人間がいるのなら……俺はこの覚悟の遺志でもって『力』に委ねる。

 レックスがずっとずっと嫌がっていた……動物的な本能をさらけ出すだけだ。


 俺がそんなことを考えていると、レックスは苦笑いを溢しながら呟いた。


「……じゃんけんで決めないか?」

「へ?」


 レックスはどこか照れ臭そうだ。


「俺は自分自身を生き返る人間に選択したが……お前と票数が同じなら、もうランダムでいい気がするんだ。俺とお前のどちらが生き返ることになっても……みんな文句言わないだろ?」

「それは……」


 申し訳ないが、俺は承諾できなかった。

 俺は一度運否天賦に任せて後悔したんだ

 選択は最後まで俺たち自身で行うべきだと考えた。

 でも……レックスが間違っているわけじゃない。

 だからこそ……頷きはしないが否定もしない。俺はただ沈黙することにした。


「……ま、その時になってから考えることだ。まだミシェルと緋色の選択を聞いてない」


 一瞥しただけでレックスは俺の心中を察したらしい。

 俺の意見を、言わなくても理解してくれたのだ。

 彼はきっと、今言った運否天賦に任せるという自分の意見と、蛮行に寄った俺の意見のどちらでもいいと思っているのだ。

 そこまでも含めての運否天賦なのかもしれないな……。


     *


 少ししてみんなが一階に降りてきた。

 いや……うん? 全員ではないか。


「おはよう旦那さん。悪くない寝心地だったよ」

「何の話だ?」


 レックスがこちらを見てきたがスルーしておこう。昨日の俺は少しはしゃいでいたかもしれない。今になって恥ずかしくなってきたのだ。


「二人とも早いニャー」

「お、おはよう」


 緋色がスフィカの後ろに隠れている。

 何だか珍しい光景だ。


「おはよう。…………あれ? 緋色、ミシェルは?」

「わ、分かんない……。ね、寝てるのかな……」


 寝てる……? いつも一番早く起きて料理を作ってくれたアイツが?

 ……というかいつものことだが緋色は凄いな。この年で個人部屋に一人で寝られるなんて……。


「緋色はよく眠れたか?」

「う、うん。レックスお兄ちゃん」

「そうか……ベッドから落ちたりしなかったか? 今更だけどよく一人で眠れるよな。緋色は本当に大人だよ」

「そ、そ、そんなことない……よ……」


 明らかに分かりやすく照れている。

 しかしレックスがこう……正面から緋色を褒めてるのは初めてみるかもしれない。

 どうも彼は子どもが苦手なようで、実は距離を取っているとも前に言っていたんだが……前の事件のこともあるし気に掛けたくなったのだろう。


「……ミシェルが起きるまで待つ? 朝ご飯食べる?」

「……待つさ。どうせ朝ご飯を食べるなら、あの人に作ってほしいしな」

「そっか」


 そうして俺達はミシェルが起きてくるのを待つことにした。

 そして彼が起きてきたら……最後の話し合いを始めるんだ。


     *


 数刻後


 ………………おかしい。


「君口……」

「ああ。いくら何でも……遅すぎる」


 ミシェルはまだ来ない。

 時間はもう十時を回っている。

 俺達はずっと一階で時間を潰していたが、流石にもう痺れを切らす頃合いだ。


「……何かあったのかな?」

「何かあってもこの狭い塔の中で一人で何とかしようとする理由は無いのニャ。うちらは一階に来ればすぐ呼べるのに」


 来菜もスフィカも明らかに不安を感じ始めているようだ。

 緋色もだんだん顔色が悪くなってきている。


「……ああ、その通りだよスフィカ。……レックス! 呼びに行こうぜ!」

「オーケー。その方が良い」


 一人ずっとソファに座りっぱなしだったレックスが立ち上がる。

 そうして俺達は全員で二階へと向かった。


     *


 二階 廊下


「………………いない」


 ミシェルの部屋は鍵が開いていた。

 鍵は部屋の中に置きっ放しで、部屋の中には誰もいない。

 昨日の大掃除の後からそのままにしているようで、かなり綺麗な部屋だった。


「君口、二手に分かれよう。俺とスフィカ、緋色は他の個人部屋と一階を、お前と川瀬は三階を探してくれ」


 ……やはりレックスはいつだって冷静かつ誰よりも早く口を動かせる。

 一番最善の行動をもう理解しているんだ。

 彼が『バラバラになって探そう』ではなく『二手に別れよう』といった意味を……俺は何となく気付きかけている。


「……分かった」


     *


 三階 バルコニー


 バルコニーに辿り着いた俺と来菜は、すぐに以前までなかったこの場所の変化に気付いた。


「……ッ!」


 ――――――地面に、スポーツサングラスが転がっていた。


「旦那さん……これ……」

「……まだ……まだそうと決まったわけじゃない。探そう。塔の中全部探して、それでも見つからなかったら…………そういう……ことだろう……」

「……」


 俺達は、無言のままバルコニーを出て、三階の他のフロアを見て回ることにし

た。

 ……あのスポーツサングラスには見覚えがある。

 いや、無いわけがないじゃないか。

 アレはミシェルのだ。毎日毎日何度だって見てきたはずだ。

 でも……認められるはずがないじゃないか。

 認めたくはないが……もしそうだとしたら……したら……。

 ……俺は……どうすればいいんだ……?


     *


 数分後 ダイニングルーム


「……君口……」

「レックス……」


 一階に降りてきた俺はレックスたちの様子を見て、僅かに抱いていた淡い希望を失った。

 俺の頭はまだ混乱している。だからレックス、頼む……俺達の代わりにそれを口にしてくれ。


「一階にはミシェルの姿はどこにもなかった。三階はどうだ? 俺の予想なら……バルコニーにアイツの痕跡があったんじゃないかと思うんだが」

「……ああ。ミシェルのスポーツサングラスがあったよ」


 俺がそう言うとレックスは吐息を出した。


「……そうか。なら決まりだな」


 みんな分かっていてもそれを口には出せない。

 最初のきららの時もそうだった。

 あの時も、一番にそのことを口に出せたのはレックスだった。

 だから今回も――。


「……ミシェルは誰かに殺されたの?」


 …………来菜?

 そうか……来菜が最初に口に出したか。

 でも、俺はそう思ってはいない。


「いや、そうは思えない。だって……俺達の中に今更そんなことする奴は――」

「円卓に座ってくれ」

「え……?」


 レックスは五人用の円卓に手を置いた。

 今まで利用した中で一番小さな円卓だ。


「忘れたのか? 君口。これが俺の決めたルールだ。ゲームは始まってる」

「ま、待てよレックス……それってどういう……」

「三度目の犯人捜しってことだニャ」


 スフィカ……?

 クソ……何だよ、みんな冷静じゃないか。

 もしかしてミシェルが死んだことすらまだ納得していないのは俺だけか?

 もうみんな……『ミシェルが殺された可能性』を考え始めているってのか?


「俺の決めたルールはまだ有効だ。犯人を当てたら俺達の勝ち。犯人を当てられなければ犯人の勝ち。犯人はまだ諦めていないのさ。自分が生き返らせたいと思う人物を生き返らせることを……な」


 それは…………いや……それが、どういうことか分かっているのか?

 なぁレックス、緋色はミシェルに生き返ってほしかったと言っていたんだ。

 緋色以外の全員が容疑者ってことか?

 何故だ……何故今日のミシェルと緋色の意見を待たなかったんだ? 何で……?


「……犯人は運否天賦に任せたくなかったのさ」

「何?」


 そう言ってレックスは緋色に目をやる。


「緋色、お前は……投票先を決めたのか?」


 すると緋色は首を横に振った。


「……僕は決めないことに決めたよ。二人のどっちが生き返ることになっても……僕は良いから……」



 そうか……緋色はそう決めたのか。もちろん俺はその選択を尊重する。お前は子どもとは思えないほどしっかりしている。本当に……何て賢い奴なんだ……。


「……そうするだろうと思った。何ならミシェルも同じ選択をする可能性が高かった。その場合、俺と君口は二票ずつ……。犯人はさっき俺が言ったような、じゃんけんとかで決めることになるのが嫌だったんだろう。だから最後のチャンスに賭けたんだ」

「最後……?」


 緋色が尋ねた。多分……他のみんなは気付いている。


「ああ、最後だ。もしここで犯人がゲームに勝てば、俺と君口のうち、犯人の望む方が生き返ることになる。だがもし犯人が負けたら、死ぬことが確定した犯人の票は無くなる。つまり……犯人の望まない方が生き返ることになるって寸法だ」

「だから最後……」


 緋色は理解力が凄まじい。これで全員が納得したようだ。

 いや……俺はまだ……納得は出来ていない……。

 それでも話し合いは必要なのだろう。それで真実が明らかになるのならば……。


 たった五人になった俺達はもうこれからすることを決めていた。

 だってそうだろ?

 今までだってそうしてきた。

 今更レックスの提案を反故にするなんてのは、これまでに亡くなっていったみんなを裏切ることになる。

 だから始めるんだ。

 最後の話し合いを……!

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