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 一階の探索を終えた。

 ロビーから通じる部屋の一つには広いダイニングルームがあり、そこには円卓が複数用意されていた。円卓の大きさは様々で、中には十人以上座れる物もあった。だったらそれだけで良いのでは?

 ダイニングルームの隣にはキッチンがあり、冷凍室も存在している。

何より驚いたのはその冷凍室にある食材についてだ。不思議なことに、置いてある食材を持って冷凍室を出ると、その持って出たはずの食材が冷凍室に再び現れるのだ。つまり、この冷凍室では無限に食材が湧いて出てくるということだ。

 無限に湧くのは階ごとにある自販機の飲料も同じ。自販機の内容は何故か巷でよく見る製品の羅列だった。ボタンを押すだけで出てくるし、とにかくこれで飲食に困ることはないだろう。

 他にはパーティールームも一階に存在していて、そこではビリヤードやダーツといった娯楽を楽しめることが出来る様子だった。ただ、本やテレビゲーム、音楽などの娯楽はどこにも見当たらない。


「そっちはどうだった?」


 俺は二階を調べていたニット帽の彼に尋ねる。


「部屋がたくさんあったすよ。ビジネスホテルの個人部屋みたいなのが」


 俺は彼が敬語で話しかけてきたことに気付いた。


「……あれ? もしかして後輩?」

「はいっす! 俺、一年の棚崎正司たなざきしょうじっす! 『あの』君口快太さんっすよね?」

「あ、ああ……そっか、俺のこと知ってたのね」

「当たり前じゃないすか! ねぇ!」


 彼は隣にいた飯原唯香の方を向く。


「……え? 私? いやぁ……知ってたらもっと早く動いてたよ私は」


 どういう意味かは考えないようにしよう。とにかく俺達三人は皆学年が違う同じ高校の学生というわけか。


「快太君、面白い発見もありましたわ」

「何ですか雪代先輩」

「複数ある個人部屋……中身はどれも同じで、トイレとバスルーム、それにベッドが一つあるだけの簡素な内容でしたけれど、入り口のドアに表札が用意されていましたの。わたくしたち十三人の名前が書かれた表札が……」

「あの鬼があらかじめ用意したってことですか? つまり部屋は十三個あるってことか……」

「いえ。それが、予備の部屋が一つ用意されていましたの。中は覗いてみましたけれど、物置きなのか雑多な物で散らかって埃だらけでしたわ。床板も所々剥がれていて、足元も危険な様子……。フフ……あそこにはみんな入らない方が良さそうですわね」

「そうですか。ありがとうございます」


 二階の報告を聞き終えたので、次は何故か彼らと一緒に一階に降りてきた三階担当の皆さんの番だ。

 ……何故だろう? 先程までオドオドしていた一人の女子が、先程以上に不安を抱えて困っているように見える。何かあったのか?


「ああ……主は我々を見捨てたもうたのでしょうか」


 開口一番に訳の分からないことを言うのは例のシスターさんだ。


「えっと……すみません、三階の様子を聞く前に……その、何と呼べばいいでしょう?」


 俺は三人にそれぞれ目を向けて尋ねた。目を向けた順番に答えてくれると助かる。


「私は霜浦加奈しもうらかな。気安く『シスター』と呼んで頂いて構いませんよ」

「分かりました。どうぞよろしくお願いしますシスターさん」

「……ところでミシェル様は何処に?」

「はい?」


 何だって? 『ミシェル様』? 誰だそれは。


「ミシェル様は一体どこを調査していらっしゃるのでしょう?」

「えっと……すみません、もしかしてあのスポーツサングラスの人のことですか?」

「…………え?」


 フェイスベールの所為で顔色は見えないが、シスターは間違いなく俺に対して驚愕の目を向けている。

 何故なら彼女以外の全員も同じ目を俺に向けているからだ。


「旦那……冗談? さっきもまさかとは思ったけど……気付かなかったの?」

「何だよ来菜。どういう意味?」

「『Mr.ミシェル』をご存じない? 本当に? 嘘でしょう?」


 シスターが俺に詰め寄ってくる。顔が見えなくて助かった。間違いなくこの人は今怒っている。


「す、すみません……」

「そ……そんな無知があり得るなんて! 大丈夫!? 貴方悪魔に取り憑かれているの!?」

「い、いえ……そういう訳では……。ただマジで知らないだけで……」

「そんな馬鹿な! ミシェル様は神なんかよりも素晴らしい存在であるというのに!? ミシェル様を知らないなんて常人じゃないわ! 貴方は一体何なの!?」


 そう言われるとまあ、確かに俺は『常人』ではない。というか今『神なんかより』って言った? この人ホントにシスターか? ……まあ、とにかく俺のことを話すとしよう。


「俺は君口快太。超能力者です」

「…………………………は?」


 驚いているのはどうやらシスターだけだ。

 なるほど、俺が『ミシェル様』とやらを知らないように、この人も俺のことを知らないと。ただそれだけのことだったという話か。

 シスターが茫然としてしまったところで、雪代先輩が間に入って来てくれる。


「……オホン。よろしいかしら? シスターさん。こちらの君口快太君は、今や世界中を騒がせている『本物の超能力者』なのですわ。そして快太君。よろしいかしら? 『Mr.ミシェル』こと本名ミハイル・ブルッツェル氏は、今を時めく大スター……スーパーアーティストなのですわ」


 理解した。なるほど、俺は世間知らずだったらしいな。アーティストに関しては確かに知らないことだらけだからな。まあそういうこともある。


「……ちょ、ちょっと待って下さる? え? 超能力者? チョウノウリョク? どういう……どういうこと?」


 という訳で俺は自分自身について説明することになった。

 そう、俺は実は普通の人間ではなく超能力者なのだ。

 とはいっても、出来ることといえば物を触らずに動かせるということくらいだが。

 この力のおかげでカメラアイを持つ来菜とも仲良くなれた。

 周囲から奇異な目を向けられる俺達は、お互いに対して共感を得ることができ、そこから一緒に遊ぶことも多くなったのだ。

 しかし世間に知れ渡ったのは割と最近だ。雪代先輩に勧誘を受けて超能力研究会に入り、そこから何故かテレビや雑誌の取材を受ける羽目になった。

 先輩は滅茶苦茶勝手な人だが、俺は別に世間に俺のことを言いふらしたことを恨んではいない。

 もっとも、その話をし終えたところで来菜が先輩を強く睨み始めたのを見ると、少しばかり軽率だった線も否めないが。


「……そんな人とミシェル様が同じバスの中にいたなんて……何故そんな偶然が? やはり神はいたというの?」

「たまたまではなくて? わたくしたちは葬式に向かう途中でしたけれど、快太君は通学していただけですもの。ねぇ?」


 雪代先輩に微笑みを向けられたので取り敢えず頷いた。


「えっと……まあ、とにかくシスターとミスターのことはよく分かりました」

「韻踏んでる!」


 そこは反応しなくていいぞ棚崎君。


「それで……そちらは?」


 俺はずっと無口だったおさげの女子に話しかけた。

 彼女はマスクを付けていて、この場の誰よりも目立たずにいた。


「…………ひいらぎきらら」


 予想していたがやはり声は小さい。同じ制服なのでこの子もうちの生徒だろう。


「何年?」

「…………三年」

「なんだ同い年か! よろしくな!」

「……………………」


 ふむ、どうやらこの子はまだ不安を抱えているらしい。無理もない。まあ、そういったところは時間が解決してくれるだろう。

 さて、お次は最後の一人だ。


「君は?」

「あ、あの……あ、愛野あいの……芽衣めい……です。ごめんなさい!」


 何故謝られたんだ? 


「振られたのかな? 旦那さん」

「いや、そういう訳じゃないだろう。で、君も同じ制服だけど、何年?」

「え、い、一年です……。ごめんなさい!」


 やはり謝られた。もしかして俺の顔が怖かったのか? どちらかといえば自信はあるんだけどなぁ。


「フフフ……快太君。愛野さんはどうやら加害妄想をしてしまう癖があるみたいなのですわ。きっとストレスが多いのでしょうね。優しくしてあげましょう?」

「そ、そうなんだ……。というか何で先輩が知ってるんですか?」

「さっきまで一緒に二階の探索をしていたからですわ。三階はさっきの金髪の兄妹が調べているみたいで、後で話を聞こうということになったらしいですわ」

「さっきの兄妹……か。じゃあ全く見てないのかな?」


 その問いにはシスターが答えてくれた。


「いいえ。階段を上がった所でバルコニーがあるのは確認したわ。塔の外が眺めるけれど、柵が低くて少し危ないかもしれない。あと……大浴場とプール、それに医務室って書かれた表札が掛けられた扉があったわ」

「……大浴場にプール……運動もできるし湯舟にも浸かれると。悪くないねぇ、この塔の中」


 来菜はもうここに適応し始めたらしい。良いことだ。


「あ! そういえば個人部屋のことっすけど、クローゼットの中ヤバいっすよ! マジで!」

「どういうこと?」


 棚崎君が何かを思い出したようだ。


「ヤベーっすよマジで。制服がたくさん入ってたんす! 今俺が着てるのと同じのが! たくさん!」

「あら? わたくしの部屋はこの喪服がたくさん入っていましたわよ?」


 なるほど、大体分かってきた。


「……つまり、今俺達が着てる服がそれぞれの部屋のクローゼットに複数あるってことか。確かにあの鬼たちもこの塔の中は『衣食住何でも揃ってる』って言ってたな。バリエーションは皆無みたいだけど」

「もしかすると大浴場に洗濯機や乾燥機があるのかもしれませんわね。本当に住むのには困らない……と」


 やはりあの鬼たちは俺達が共同生活で仲を深める姿を見て楽しみたいのだろう。

 住めば都というし、塔の中での一ヶ月生活も悪くは無いんじゃないだろうか?

 少なくとも今のところは何も問題が見当たらない。


「……ところで、皆さんに共有しておかないといけない話がありますわ」

「? 何ですか?」


 雪代先輩は確認するようにして飯原さんと愛野さんに視線を送る。もしかして愛野さんが先程から怯えている理由はそこか?


「こっちに来て下さる?」


 俺達は雪代先輩に連れられて二階に上がった。どうやら話というのは個人部屋についてらしい。

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