3
放心状態はそこまで長くは続かない。
ロビーに集った十三人は、鬼の子たちがいなくなった後の静寂にいつまでも耐えられる性分ではなかったらしい。
皆近くにいた相手に話しかけ始める。
俺はもちろん来菜にだ。
「どう思う? 旦那さん」
と思ったら彼女の方から先に話しかけてくれた。
「どうって……そりゃ、言われたままにするしかないだろ。俺達はみんな生死の境を彷徨っているんだ。けどあの鬼たちが助けてくれるってんだから、信じて従うべきだろ?」
来菜は若干眉をひそめた。
「……旦那さんは相変わらず信じやすいねぇ。いや、騙されやすいのかな? どうしてあの鬼たちの言葉を信じられんのさ。そもそも、あたしはまだ自分が夢を見ているだけだと思ってんだけど」
「夢? じゃああのバスの事故は? 臨死体験中って方が現実的だと俺は思うけど」
「どうだかねぇ……」
現実的という言い方は適切ではない気がするな。明らかに今の状況は現実離れし過ぎている。
「貴方……もしかして快太君ではないかしら?」
突然、喪服の女性が俺に話しかけに来た。
いや、この人は確か……。
「快太君でしょう? 君口快太君。間違いありませんわ」
「誰?」
来菜が俺に尋ねてくる。そうだ、俺はこの人を知っている。
さっきは背を向けていたから気付かなかったが、俺はこの人と知り合いだった。
「
「フフフ、『先輩』でもよろしくてよ。もう部長ではないけれど、先輩であることには変わりありませんもの」
「旦那君、説明し給えよ」
来菜が少しだけ不満そうに聞いてきてくれた。
ひょっとして嫉妬してくれているのだろうか。だとすれば悶絶するくらい嬉しいんだが。
「雪代野乃先輩。俺の二個上で、部活の先輩だった人」
「部活? 何やってんの?」
「超能力研究会。雪代先輩はその部長だったんだ」
「……そりゃまた旦那さん専用って感じの部活だねぇ」
来菜はどこか呆れるようにして両手の平を天に掲げた。
「それでそちらの子は?」
今度は雪代先輩の方が来菜について尋ねてきた。
「ああ、幼馴染ですよ。川瀬来菜。ついさっきバスの中で再会して……」
そこまで言ってふと疑問がよぎった。
バスの事故は今からどれくらい前のことなのだろう。ここでの時間の流れは現世と無関係らしいが……体感だと十五分前くらいな気がする。
「……そう。ふぅん……もしかして快太君の『あの力』のことも知っていらっしゃるのかしら?」
「……!? もちろん知ってますけど? 貴方こそちゃんと把握してますかぁ?」
来菜が完全に敵意を向け始めている。嬉しい限りだが、これは多分俺の『力』の心配してくれているだけだろう。
「ええ、まあ。恐らく……貴方の知らないことも知っているかもしれませんわね」
「ほほぉ! それはどういうことか詳しくお聞きしたいですねぇ!」
「ウフフフフ」
俺は少しだけ怖くなって二人から距離を取った。
来菜も雪代先輩も怒っているのか冗談を言い合っているのか非常に分かりにくい。
ふと振り返ると、同じ制服を着た女子がこちらを見て何やら愕然としていた。
先の綺麗なモデル体型の女子だ。ツインテールとは珍しい。
「あ……あ……」
「? 初めまして?」
確かに初めましてのはずだ。しかし彼女は仇敵にでも会ったかのように立ち尽くしている。
「は……あ、貴方……名前……は……?」
「三年の君口快太。そっちは?」
「
何故だか睨むようにして強く見つめられている。俺が何かしたか?
もしかすると彼女は俺のことを既に知っていたのかもしれない。
自分で言うのもなんだが、俺は有名人だからな。
「君口先輩!」
「は、はい?」
「今! 彼女とかいますか!?」
「いない……けど……」
「うぉし!」
彼女は拳を強く握りしめた。どことなく嬉しそうだ。
……よし決めた、何も無かったことにしよう。
「旦那さーん、ちょっと良い?」
「何?」
俺は来菜に呼ばれてまた戻った。とはいってもたかが数メートルの距離だが。
「フフ……快太君、これからどうしましょうかしら? 皆さん戸惑っていらっしゃるみたいですけれど」
確かにまだ場がまとまっていない。
俺はてっきりあの成人男性二人のどちらかがみんなをまとめてくれると考えていたのだが、どうやらその気は無いらしい。
まあ、人には適材適所というものがある。スポーツサングラスの人も、怖い雰囲気の人も、きっとまだ状況を整理しているところなのだろう。
「そうだな……まずは寝床と飯、それに風呂やトイレの場所を知っておきたいな。ここで一ヶ月過ごすわけだし」
俺がそう言うと、来菜と雪代先輩は何故か揃って俺に視線をぶつけてきた。
何だ? まるで俺がおかしなことを言ったみたいじゃないか。
「旦那さんさぁ……落ち着き過ぎじゃない? もうこの状況に適応する気なの?」
「適応しないでどうするんだ? 塔から出るのか? そしたら目の前には三途の川しかないぜ?」
「ええ、その通りですわね。けれど、みんな貴方のようにすぐ切り替えることは出来ないのですわ」
なるほど、確かにそうかもしれない。俺も周りが見えていないという意味では、みんなと同じ様に実はまだ戸惑っているのだろうな。
「……けど、何人かは既に行動してる。ほら見ろよ、あっちの妙な金髪君は別の部屋を覗きに行ってる。あの背の高いお兄さんもロビーのソファでくつろぎ始めてるし」
俺は来菜に対して冷静な二人の人物に目を向けるよう促した。
少し妙な金髪で俺と同じ制服を着た男子は、妹と思える金髪の女子を連れて既に探索を始めようとしていた。
スポーツサングラスの男性は、連れている子どもと一緒にソファに座って肘掛けに肘を乗せている。まるで何かを待っているみたいに。
俺もこの状況で落ち着いているのかもしれないが、あの二人だって相当冷静だ。
「ですが、皆さんをまとめようとする人物はいらっしゃらない。これでは一ヶ月ここで共同生活をするのは難しいですわ」
いや、落ち着いているのは雪代先輩も同じか。しかし彼女は『まとめ役』を買って出る気は無いらしい。
「旦那さん、あたしたちが言いたいこと分かる?」
分かってきた。しかし、正直言って他人に言われてから動くのはあまり好きじゃない。
「……とにかく俺達はあの鬼の子たちの言う通りにするしかないんだ。一ヶ月ここで一緒に過ごして、みんなと仲良くならなくちゃいけない。俺はただ自分が生き返るためにするべきだと思うことをするよ」
そう、別に言われたから動くわけじゃない。俺は初めからそうするつもりだった。
俺は、ロビーの真ん中に立った。
そして――。
「みんな聞いてくれ! 俺達はここでこれから一ヶ月過ごさなくちゃならない! 生き返るためにだ! だから! なるべくみんなで協力してこれからのことを一緒に考えていこう!」
多分、みんなは俺の声を聞いてくれた。ただ、金髪の彼は一度こちらを向いた後、そっぽを向くようにして妹と見られる女子と別の部屋に入っていってしまった。
「馬鹿馬鹿しい……何が協力だ」
雰囲気の怖い男も、頭を掻きながらどこかへ立ち去ってしまう。
「ノン!」
ソファに座っていたスポーツサングラスの男が俺を指差してきた。
「のん?」
「悪くは無いが……気が早いネ! ボクらはまだ互いのことを信じられないはずだロ!? だからボクは君の言う通りには出来ないヨ!」
「そ、そんな……」
「行くヨ、
そう言って彼は連れていた子どもと共にやはりどこかへ行ってしまった。
まあ正直何人かはまだ不安で疑心暗鬼のままだろうと想定していたが、子ども連れのこの人が非協力的になるとは思わなかった。
これでロビーに残ったのは八人だ。
「な、何だそりゃ!? どういうことだ? 俺達別に敵同士じゃないだろ? なのに『信じられない』ってどういうことだよ? 意味分かんねぇ!」
そう発言するのは、ニット帽の俺と同じ制服を着た男子だ。
確かに彼の言うことはもっともだが、恐怖や不安といった感情は時に理屈通りとはいかない行動を人間に取らせる。
疑心暗鬼の状態で人が孤独を選んでしまうというのは、往々にして起こることだ。
だから俺は残った面々を安心させる。
「……大丈夫! みんな不安でしょうがないんだ。当たり前だ。俺だってまだバスの事故がホントにあったのかすら思い出せない。けど大丈夫! どうせみんな生き返って現実に戻れる! だからゆっくりここでの生活について話し合っていこう!」
俺がそう言うと、残った面々は僅かに表情を柔らかくし始めた。
良かった。どうやらみんな俺の言葉なんかでも元気になれるくらい元々強い人達みたいだ。
「ねぇキミ、それでこれからどうするのかしら?」
そう聞いてきたのは修道服を着た女性。シスターだろうか、でも何故シスターが?
ああ、そうか。雪代先輩も喪服だったし、近場で行う予定の葬式に向かう途中だったのかもしれない。
「取り敢えず探索しましょう。この塔の中を。さっきの人達もそうするみたいですし、まずは衣食住を確保です! 今日はそれに従事して、明日一旦話し合いましょう!」
皆頷いてくれた。大丈夫、少なくともここに残ってくれた人達はみんな良い人みたいだ。
取り敢えず分担してこの塔の中を調べることにしよう。
俺と来菜は一階を、雪代先輩とニット帽君、ツインテさんは二階を、そして残る三人には三階を調べてもらうことになった。
……しまった。一番大事な自己紹介を省いてしまった。おかげで全員の呼び方がわからない。
まあ、それは追々聞いていくとするか、みんなもそうするだろうしな。
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