5
二階 飯原ルーム前
飯原さんの部屋の前に案内された。
ああ、そうか。理解した。雪代先輩は今から個人部屋の利用方法を教えてくれるのだろう。
確かにそれは全員に共有するべき情報だ。もっとも、五人程この場にいない者もいるのだが。
「よろしいかしら? 個人部屋はどこも室内の壁に付いたフックに、その部屋の鍵が掛かっているのですわ。ほら、このように」
そう言って飯原さんの部屋の中で鍵を見せる。でも何故飯原さんの部屋なんだ?
「皆さんも後で確認すると良いですわ。ただ、警告しておきたいことが一点」
「「警告?」」
俺と来菜の声が合わさった。俺達はもしかして運命で繋がっているのではないだろうか。
「御覧ください。こちらのドアの内側」
雪代先輩は飯原さんの部屋のドアを全開にしてみせる。
「この内側には鍵が無いのですわ」
「え!?」
驚いたのは棚崎君だ。雪代先輩たちと同じ様に個人部屋を調べていたはずなのに。まるで初めて知ったかのようだ。
「驚いたでしょう? 棚崎君。自分の部屋は内鍵があったはずでしょうから」
「あ、ああそうだ……そうっすよ! 何でユイパイの部屋は内鍵無いんすか!?」
「ユイパイ?」
飯原さんが怪訝な表情を見せる。『唯香先輩』の略かな。この子距離詰める速度凄まじいな。
「分かりませんわ。どうやら愛野さんの部屋も同じような状態になっているみたいでして……」
そういうことか。だから愛野さんは先程から怯えていたのか。確かに部屋の鍵を内側から締められないのは困るな。
「予備部屋のこともそうですけれど、恐らく鬼の方々は急造でこの塔の内装を拵えたのでしょう。もしかしたらその為に所々杜撰な設計になってしまったのかも……」
「内側の鍵が閉められないんじゃ、本人が部屋で寝る時とかどうするんだ? 飯原さんと愛野さんが可哀想だ」
飯原さんが感動の視線を送ってきた気がするが、きっと気のせいだろう。流石にそこまで俺は自信過剰じゃない。
「ですから『警告』をするのですわ。もし二人の部屋に勝手に押し入り、何か悪さをするような者が現れたなら……」
「あ、現れたなら……?」
雪代先輩の目が氷のように冷たくなる。
「――わたくしが直接仕置きさせて頂きますわ」
クールダウンした声のトーンで、先輩は全員に釘を刺してきた。
だ、大丈夫大丈夫。俺達はこれから一ヶ月ここで暮らすんだぞ? そしたら生きて現実に帰る。妙なことをする奴がいるわけないだろう。
「……野乃パイは怖い人っすね」
「あらあら。可愛らしい呼び方ですわね」
いや、本当に命知らずだな棚崎君。雪代先輩が可愛いもの好きで良かった。
確かにさっきの彼女の言葉は本気だった。でも、良いことだと思うぞ俺は。それだけ先輩は飯原さんと愛野さんのことを想ってくれているんだ。
まだ出会ったばかりだというのにも関わらず……。
ああ、そうだ。みんながみんなを信頼していれば一ヶ月間なんてのはすぐに過ぎ去ってしまうだろう。仲良く頑張っていこうじゃないか。なぁ、みんな!
*
翌日 ロビー
昨日は色々あったが、取り敢えず好きなように飯を食って、それぞれの個人部屋で眠りに就いた。
分かれて探索をしていた五人も自分の部屋を利用して眠ったらしい。まあ、鍵があるから安全だと考えたんだろう。良いことだ。
今日は仲良くできると良いんだが……よし! 良いことを考えたぞ!
「みんな! プールで泳がないか!?」
俺がそう言うと、ロビーにいたみんなは驚き呆れていた。いや、呆れることないだろ。
「良いですよ先輩。折角プールがありますからね!」
飯原さんが一番に返事をしてくれた。来菜は? 来菜の反応は?
「旦那君さぁ……話し合いはどうなったの?」
呆れている側だった。いや、まあ確かに昨日と言っていることが違うと一貫性が無くて求心力も無くなるだろうけど。
「まずは仲良くなるのが先決だと思ったんだ。昨日一緒に居られなかった人たちも誘ってさ! 泳いで体を動かそう!」
「……良いっすね! 俺も参加するっす、快パイ!」
「快パイ……?」
意味は伝わるが意図が読めない。棚崎君は謎の略し方で呼んでくるな。
「で、でも……み、水着なんて無いし……」
「大丈夫ですわよ、愛野さん。プールの更衣室に用意されていますもの。全員分」
「え……そ、そう……で……すか……はい……。ごめんなさい……」
謝ることないと思うぞ、愛野さん。というかあの兄妹は普通に三階に関する情報共有してくれたのかな。
「それで? 旦那さん、どうやってここにいないメンツを集めるん?」
「来てくれるだろ? 特にあの兄妹は。プールのことも教えてもらえたなら」
「教えてもらってませんわよ。先程わたくし一人で見てきただけですの」
「ああ……そういう……」
この人は相変わらず行動が速い。きっと既にあの兄妹や子連れのミスター何とかとも接触しているのだろう。
「では、頼みますわよ快太君。貴方だけが頼りですわ」
「…………」
先輩も棚崎君も、飯原さんも来菜も、俺に期待の眼差しを向けてくれている……気がする。
大丈夫! そもそも言い出しっぺは俺だし、絶対みんな集めるさ! 任せておけよ!
*
パーティールーム
フラれた。
Mr.ミシェル……だっけか。『緋色は泳げないんだよネ! 悪いけどまだ……早いかナ』……なんて言って断られた。何だ『早い』って。
連れていた子どもの名前は
明るい茶髪の男の子で、綺麗な赤い瞳をしていた。でも多分日本人なのだろう。ミシェルは外国の人だろうが。
とにかく昨日よりは当たりも柔らかかったし、その内仲良くなれるはずだ。
もう一人、怖い雰囲気の男の人は未だに名前すら教えてもらえていない。部屋の前に呼びに行ったら、『黙れ。帰れ』と言われた。こっちは時間が掛かりそうだ。
そして今、俺はパーティールームにたむろしている兄妹の下へやって来た。
「……プール? 何で泳ぐんだ?」
妙な金髪の彼は冷めた目でそう言った。
「仲を深めるためにさ。一緒に運動しようぜ!」
「……お前、今の状況分かってんのか?」
「分かってるさ。生き返るために、あの鬼の子たちの言うことを素直に聞くべき状況だ。『仲良く一ヶ月間暮らせ』と言われたんだから、その通りにするべきだろ」
間違っているだろうか。理不尽な死を迎えそうになったんだから、多少の理不尽は受け入れるべきだろう。
「……君口、お前は正しいよ。でも、俺は嫌な予感がして堪らないんだ。何か裏がある。そんな気がしてならないんだよ」
それはつまりあの鬼の子たちが嘘を吐いているということか?
――「鬼は嘘を吐く生き物ですから」
確かに奪衣婆と名乗った女性もそう言っていた。恐らく金髪の彼も同じことを言われたのだろう。でも彼女はきっと素直過ぎた俺に忠告をしてくれただけだと思う。非現実的な世界で、何でも軽く受け入れてしまうのが危険なのはもちろん承知している。
「……でも、俺達に出来ることは何も無い。鬼の言葉は信じられなくても、近くに同じ言葉を喋る、同じ人間がたくさんいるんだ。みんなの所に来るだけ来てみてくれよ」
俺がそう言うと、妹と見られる方が反応した。
「そうニャ! お兄ちゃん! 折角プールあるんだし泳ごうニャ!」
…………何だって?
「いやでもなぁ……」
「うちは泳ぎたいのニャー」
「うーん……」
待て待て待て待て。
何? 『ニャ』って。猫なの? 確かに髪型は猫っぽいけど。大丈夫かな? ストレスで変になっちゃたのかな?
「えっと……そういえばお二人の名前は?」
「
「妹のスフィカだニャ」
ふむ、やっぱりハーフだったか。それもそうだろう。なにせ兄の方は金髪とはいっても逆プリン状態の髪型で、元々金髪だった髪を黒く染めていた跡が残っているのだから。
……で? その語尾は何だい? 妹さん。
「プール行くニャ! 行きたいニャ!」
「……仕方ないな。行くだけだ。まだ……他の連中を信用していいと決まったわけじゃない」
冷ややかな言い方をしているところ悪いけど、変な語尾の所為で頭に入らない。
聞いていいのか? 地雷だったりしないか?
……取り敢えず保留で。
*
屋内水泳場
原田兄妹の妹、スフィカは兄と違ってすぐにみんなと溶け込んで、一緒になってプールで遊んでいる。どうやら彼女は兄に付き合っていただけみたいだ。
問題の兄の方だが、プールサイドには来たものの、端の方で遊ぶみんなを眺めているだけだ。
俺は一旦プールから上がり、女だらけの空間に棚崎君を一人放置して兄の方に向かう。
「泳がないのか?」
「泳いでどうなる? 体力が削れるだけだ」
「みんなと仲良くなれる」
「……せめて男女比が逆ならまだ混ざりやすかったがな」
今この場の男女比は男三人、女七人だ。確かに居心地が悪くても仕方ないかもしれないな。
「……そういえば、初めから俺のこと知ってたみたいだったな」
「知らない方がおかしいだろ。君口快太……俺の隣のクラスにいる、『本物の超能力者』様だ」
「シスターは知らなかったみたいだけど?」
「……というかあの人何でフェイスベール付けたままなんだ」
シスターはどうやら水着と共にプール用のフェイスベールが用意されていたらしい。いや、そもそもプール用のフェイスベールって何だ?
「年下ばかりでちょっと恥ずかしいんじゃないかな」
「……確かにうちの学生ばかりだったな。あのバスの中で……大抵は学校に行くつもりだった。シスターと女子大生は教会。フリーターっぽいあの男は知らんが、子連れのMr.ミシェルは役所に向かおうとしていたんだろう」
「え? 何でそう思うんだ?」
「学校や教会に行くと思うか? あの二人が。それにバスの行き先を考えたら終点の役所が一番あり得るだろう。外国人のミシェルも、純日本人に見えないあの少年も、そこに用事があると見ていいはずだ」
「……いや、ごめん、そこじゃない。何であの男の人がフリーターだって思ったんだ?」
「それは……目に隈があったからだよ。それに平日の朝にカジュアルな服装だったし。深夜勤で仕事してたと思うだろ? 普通」
「あの日が休日で、昨晩ゲームとかして夜更かししてたとかは? 夜勤で働いていた帰りだとしたら、髪がボサボサ過ぎだった。今日会った時の彼は綺麗に髪を整えていたよ。人に見られるかもってだけで髪を整える人なら、仕事終わりでもボサボサにはならない。むしろ平日いつも整えている分、休日くらいはそんなストレスを発散させて敢えてボサボサにしているのかもしれない」
「……確かにまああり得るか。けどどっちも違うかもしれないし、何なら両方って可能性もある。それはともかく……よく見てるな君口」
「お前もな」
レックスは微笑んでみせた。何だか少しだけ彼が心を開いてくれた気がする。
「お兄ちゃーん! こっち来るニャー!」
だからその語尾は何なんだよ? えぇ? おい。
スフィカの呼び声でレックスは立ち上がった。
「……俺は妹が無事ならそれで良い。それだけで良いんだ」
「レックス?」
泳ぐ気はないようだが、スフィカの傍に向かっていく。
「俺は普通の高校生でしかないから……正直不安でいっぱいだったんだ。だから……」
一旦止まると、俺の方に顔を向けてきてくれた。
「……ありがとう君口」
確かにそう言って笑ってくれた。けれど、その笑みの中にはまだ不安と恐怖が混じっているように見えた。
彼はずっと冷静なようだが、多分この中で誰よりも先に起こる出来事を悪い方向に予想してしまっていたのかもしれない。
俺は、そんな嫌な予感を無理やり失くすめに彼を思い切りプールに突き落としてみようかと考え始める。
いや、実行することにしよう。少しは気が紛れることを祈って、な。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます