6

 夜 ダイニングルーム


 この三途の世界にも時間はある。三階のバルコニーから見える空は、日中は灰色だが夜は黒に染まる。

 時計も至る所に置いてあって、規則正しく生活するのは難しいことじゃない。

 俺達は夕飯だけは共に過ごそうと考えて、原田兄妹を含めた十人がこのダイニングルームに集まった。


「旦那旦那」

「何だよ来菜」

「まさか今日の夕飯も冷凍室にあった肉焼くだけ?」


 確かに昨日はそうした。うーん、俺はあまり料理しないからなぁ。でも、お肉美味しいし良くね?


「えっと……駄目?」

「駄目じゃないニャ。うちらなんて昨日キッチンにあったカップ麺食べてだだけだしニャー」


 だから何なんだよマジでその語尾はさぁ。


「みんな好きに食べるのも良いけど……折角だし君口君、私がみんな分の料理を作りましょうか?」

「良いんですか? シスター」

「だって私、一応一番年上だから」

「おお! 頼りになります!」

「ところで火をつける時って確か油を使うのよね。油ってどう使うのだっけ? 直接火に掛けるの?」

「………………」


 全員強制的に無言にさせられた。

 もしかしてこの人、ミシェルさん以外の外界の情報を全てシャットダウンしているのか?

 とにかくこの人に任せない方が良さそうだ。


「ボクがやろうカ?」


 そこに現れたのはスポーツサングラスのあの人。もちろん緋色という子も一緒にいる。


「え? み、み、み、ミシェル様!? ああ……まさかそんな! ミシェル様! いらっしゃって下さったのですね!」

「おや? ボクのファンかナ? こんな所でファンに会えるとは嬉しいネ! ハハハハ!」

「いいぃえいえ!  私の方こそ光栄でございます!」


 どうもこのシスターさんは相当ミシェルに入れ込んでいるらしいな。両手を組んで、まるで祈っているみたいだ。果たして神様はどう思って見ているのだろう。

 いや、この世界で考えることじゃないか。


「えっと……もしかしてミシェルさんが料理を作って下さるんですか?」


 飯原さんが苦笑いを隠すように頬を掻きながら尋ねた。


「ああそうサ。嫌かイ?」

「そ、そんなことないですよ! ねぇ皆さん!?」


 シスターが威圧気味に同意を求めてきた。棚崎君だけ不満顔だ。


「えっと……ミシェルさん? どうして急に……。てっきりまだ分かれて行動する気なのかと……」

「言ったロ? 『気が早い』ってサ。人に愛されるスターなチャンボクは、疑心暗鬼な皆々に怪奇な目を向けられたくはなかったからネ。 しかぁし! キミは上手いことこうしてみんなをまとめてくれタ。今ならボクも輪に入ってやってもいいかナってなったのサ!」

「え、偉そうだなコイツ……」


 やはり棚崎君は彼を苦手としているらしいな。まあ本人には聞こえないように言っているみたいだが。


「さぁ! 完璧なボクがみんなに最ッ高のディナーをご用意しよう! 心して待っているが良いサ!」


 そう言って、彼はズカズカとキッチンに入っていった。すかさずシスターは彼のサポートに回るが、彼が連れていた子どもの方は既に席に着いていた。

 俺達も手持ち無沙汰となり、仕方なく複数ある円卓に好きなように着席して待つのだった。


     *


「さあさあ一般人のみんな! チャンボクの作ったバリュアブルな手料理をたんと召し上がるがいいヨ!」


 彼は驚くほど豪勢な料理を振る舞ってきた。

 ステーキや伊勢海老、北京ダックにフカヒレのスープ、トリュフパスタにフォアグラのソテー、寿司や刺身とパスタにピザに、他にも数えきれないほどの…………いや、作りすぎだろ。

 冷凍室の材料が無限だからって、この人数でも食べきれないほどの量を作るとは恐れ入った。

 まあでもとにかく美味しそうだ。庶民の俺には少し豪華すぎるけれども。


「ありがとうございます、ミシェルさん。凄いですね」

「ハハハハ! 『さん』は要らないヨ! 僕は何でも出来るのサ! 頭脳明晰博学多才運動神経抜群容姿端麗完璧超人がこのボクだからネ! ボクの唯一の弱点は運の悪さくらいサ! 今回もこうして死にかけたしネ!」

「さ、さいですか……」

「……ところで快太君」


 急に真面目なトーンで話しかけてきた。

 彼が俺の隣に座ってきたため、来菜と二人きりの円卓が崩れてしまう。


「何です?」

「……あの子はキミと同じ超能力者サ」

「!?」


 彼は突然緋色の方を見てそう言った。緋色は今、シスターが頻りに面倒を見て話しかけているところだ。


「緋色のあの目……赤いだろう? けどあの子は純粋な日本人。あの目はネ……特別な力が備わっているのサ」

「……どういうことですか?」

「少し先の未来が見える……らしいヨ。もっとも、あの子はあまりその力を使いたくないみたいだガ」

「そ、そうなんですか……」

「ボクが初めみんなと距離を置きたかったのは、あの子が嫌な未来を見たからサ。けれど今は、どうもあの子が見た未来のようにはなっていないらしい。どんな未来かまでは聞いてないけどネ」

「……未来が変わったということですか?」

「ハハハ! だと良いネ! とにかくボクはあの子がみんなと関わりたいと言い出したからここに出てきたって話なのサ」

「なるほど……」


 そうか。あの子も超能力者だったのか。偶然なのか運命なのか、こんな所で同類と出会うとはな。


「……あの子は早くに両親を亡くし、親戚に裏切られて見世物になるところだっタ。ボクは自分をプロデュースする会社を経営していて、偶然あの子と出会ったんだけども……色々あって、ボクがあの子を引き取ることになったのサ」

「貴方はあの子の家族ではないということですか?」

「そうサ。そして……ボクもあの子を見世物にする気でいるヨ」

「え……!?」

「フフ……ボクはね、キミや緋色のような異端な人間が羨ましいんダ。他の人間に出来てボクに出来ないことはないのに、キミらはボクに出来ないことができる。正直嫉妬してるヨ」

「だ、だからって……」

「……なんてね」

「え?」


 ミシェルは円卓に自ら置いた飯を取り始めた。


「見世物にするといっても、超能力は使わせないヨ。……けど! 見給えよあの子の顔面! アレは間違いなく将来はイケメンボーイになるヨ! アイドルデビューしないともったいない!」

「え、えぇ……」

「ボクはアーティストであると同時にマネージャーなのサ! 今までは自分のマネージャーしかやらなかったが、これからは緋色のマネージャーも務めるのサ! ボクほどじゃないが、あの子はいずれ世界を席巻するスターになれる素質を持っているからネ!」

「そ、そうですか……」


 何故そんな話を俺にしてきたのだろうか。まあ、あの子が良しとするのならば止めないが。


「キミにこの話をしたのは、キミがあの子と同じ僕の嫉妬対象だからサ」

「へ?」


 俺の心を読んだかのように彼はそう言った。


「キミももったいないヨ。超能力もそうだが、外見も中々ダ。雑誌やテレビへの出演はもう止めてしまったのかイ? ボク、もっとキミの活躍を見たかったのに」

「…………」


 確かに俺は最近そういった話を断っている。単純に面倒だと思ったからだ。あと、受験生だしな。

 この人はかなり自己中心的だが、出来ればもう少しだけ周囲に気を遣ってもいいんじゃなかろうか。


「……俺は置いとくとして、あの子にはデビューの前にちゃんと了承を取りましょうね? まあ、俺が言うことじゃないかもだけど」

「フフ……ボクはボクのやりたいようにやらせてもらうサ。それがボクだからネ」


 Mr.ミシェル。良い人ではないが悪い人でもないだろう。

 そう、悪い人ではないはずだ。だから取り敢えずここでの生活は多分大丈夫。

 あとまだみんなと溶け込めずにいるのは……あの怖い人だけか。


     *


 翌日 バルコニー


 俺はまた朝からあの雰囲気が怖い人の部屋を訪ねたのだが、中に彼はいなかった。

 適当に散策したところ、三階のバルコニーで彼の姿を見かけることができた。

 彼は低い石で造られた柵に腰かけていて、自販機で手に入れたのだろう缶コーヒーを飲みながら外の灰色の空を眺めている。


「危ないですよ」

「……ッ」


 舌打ちされた。注意しただけなのに。

 まだ彼はここでの生活に不安を抱いているのか、あるいは元々が一匹狼の性格なのか。


「そういえば! 表札で勝手に見ちゃいました! よろしくお願いしますね、海江田国広かいえだくにひろさん!」

「……鬱陶しい。帰れ。他のガキ共と仲良くしてろよ」

「海江田さんとも仲良くしたいんですよ」

「……」


 駄目だ。また空を眺め始めた。よし、ここが勝負どころだな。


「よいしょと」


 俺は彼のように柵に腰かけた。落ちたくないので体重は内側に寄せておく。


「おい、帰れっつってんだろ」

「俺達の帰る場所はこの世界には無いですよ。現世に帰らないといけないんです。そして生き返るにはまずこの塔の中で一ヶ月共同生活しないといけない。この閉鎖空間に、十三人で一ヶ月。どう考えたって海江田さんみたく一人になるべきじゃないでしょう?」

「別に一人でも一ヶ月くらい生きられる」

「みんなが不安になってしまうんですよ。海江田さんを怖がってしまう」

「知ったことか」

「どうですかね。もし喧嘩とかになったらどうするんですか? ここは閉鎖空間。人間は弱い生き物ですから、変に恨みを買うべきじゃない……違いますか?」


 海江田さんはハッとしてこちらに体勢を向けてきた。


「……お前、俺を脅してんのか?」

「違いますって。俺はただ、『もしも』って状況を恐れてるだけです」


 ハッキリ言ってこれは嘘だ。確かに狭い所で複数人が長いこと一緒に居たら問題の一つや二つは起こり得る。

 でも、ここの人達は良い人ばかりだ。多分そんな問題は何も起こらない。


「……今更俺が輪に入れねぇだろ」


 あれ? 案外早く風向きが変わった。何だ、この人も普通に良い人なんじゃないか。


「大丈夫大丈夫! 他の誰が何を言おうと俺は海江田さんの味方しますから!」

「……キモいなお前」


 そう言われましてもこっちも必死なんで。

 俺達には出来ることが限られている。だからせめて鬼の言っていたことを完璧に守り切るくらいはするべきだろう。

 でもちょっと傷付いたので、俺は苦笑いを見せた。


「……たいした娯楽もないこの塔の中で、一ヶ月間の生活はきつ過ぎる。お前はもしかして、既にこの三十日をどう過ごすか考えているのか?」

「はい! でも俺だけじゃないですよ? みんなで考えてるんです。だから海江田さんも一緒に考えません?」


 海江田さんは一度顎に手を乗せて思案し始めた。悩んでくれるだけでもありがたい。

 けど、どうやらすぐに返答は決まったらしい。


「……飯くらいなら一緒に食ってやる。俺は一人が好きなんだ。だから用が無い時は話しかけないように他の連中に言っておけ」

「海江田さん……!」


 よし! 良かった! つまり用を作れば話しかけていいってことだな。一歩前進。


「……お前は確かに超能力者だな」

「え? いや、力はまだ何も見せてないですけど……」

「……何でもねぇ」


 意味がよくわからないが、多分俺のことを褒めてくれたんだろう。この調子で他のみんなとも接してくれると助かるな。


 それから海江田さんも少しずつみんなと関わりを見せるようになってきた。

 もっと面倒な問題があるのではないかと考えていたが、どうもそんなことはないらしい。

 彼は口こそ悪いが、学生の俺達とも、ミシェルとしか喋らなかった緋色とも話を合わせられるようだ。もっとも、自分から話しかけたりはしてこないが。

 けど緋色の方から話しかけられるのは凄い。彼はもしかしたら子どもに好かれるタイプなのかもしれないな。

 とにもかくにも、これで十三人で仲良く一ヶ月間生活するという目的は達成できそうだ。

 だから大丈夫。嫌な予感なんて何も無い。



 ――「俺は嫌な予感がして堪らないんだ。何か裏がある。そんな気がしてならないんだよ」


 ――「ボクが初めみんなと距離を置きたかったのは、あの子が嫌な未来を見たからサ」



 ……何も無い。何も無いに決まっているじゃないか。何も起こらない……はずだろ?

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