12

 彼女は、いつも通りの反応を見せた。


「……はい、そうです。私の所為です……ごめん……なさい……」 


 しかし、この話し合いの最初の時よりは落ち着いていた。

 もしかすると彼女は、ずっと冷静に話を聞けていたのかもしれない。


「……あ! そうそうそんな感じ! 僕が見た通りの言い方だった!」


 緋色……そういうことは早く言ってくれ。

 どうも彼は最初からこの状況が見えていたらしいな。


「……え? な、何で芽衣なんすか?」

「そうですよ君口先輩! ミシェルさんとかならともかく……」

「そうだよ旦那さん、一体どうしたん?」

「君口……お前アリバイのこと忘れたのか?」

「…………ふむ」

「どういうことかしら? 快太君」


 皆一様な反応を見せる。

 まあそれが普通だ。俺の『閃き』がおかしいんだ。だってこんなの……根拠が何も無い。たまたまじゃないか。


「……みんなはさ、どうして芽衣と唯香にアリバイがあるって思ってたんだ?」

「私もですか!?」


 唯香はまた眼鏡を付けてツインテを解いた。


「……ですよね……私が悪いんですよね……どうせみんな私の所為で不幸になって苦しんで哀しみの中で絶望に押し潰されて消えていく……」

「快パイ! お話になんないっすよ!」


 流石に溜息吐いても良いよな? 俺もそろそろ疲れてきた……。


「君口、そもそも俺は……確か『お前』から二人のアリバイが鉄壁な理由を聞いたんだぞ?」

「……他のみんなは?」


 俺がそう言うと、何人かは気付き始めた。


「そうサ快太。ボクも緋色もキミから聞いタ。芽衣と唯香の部屋は、どちらも内側から扉の鍵を閉められないって話を……ネ。というかサ、快太。キミはその事実を直接確認したから知っていたんだロ?」


「「「「え?」」」」


 何人か……いや、来菜と正司、唯香とシスターが疑問符を頭の上に浮かべている。

 ふむ……どうやら俺もだ。もしかして……俺がミシェルやレックスを混乱させてた?


「……悪いミシェル。俺、ホントにそう言ったのか?」

「ああ言ったネ」

「……道理で頭の良いお前が俺より先に閃かないわけだ」

「? どういうことだイ?」

「悪いんだが、芽衣の部屋については内鍵の事実を確認したのは俺じゃないんだ」

「……何だっテ?」


 俺が教えるよりも先に、来菜がそれを口にした。


「確認したのは―――――――――――――雪代さんだけだったんだよねぇ……」


 だんだんみんな気付き始める。

 そして、『あり得ない』可能性に脳を働かせるのだ。

 今まで『知っていた』四人が気付かないのは仕方がない。こればかりは本当に閃きでしかないし、俺はただ先輩の今までの発言を全て思い返そうとしただけなんだ。


「……ふむ………………ハァァァァァァァァァァァァァァァ!?」


 ミシェルは多分、この塔の中で出会ってから今までの中で、一番の叫び声を上げてみせていた。


「……待てよ君口、それは……それは話が変わってくるだろ……」


 レックスも頭を抱えている。俺だってそうしたいさ。


「あの人は二人の部屋の扉に関して説明する時、何て言ってたかな? 来菜は覚えてるか?」

「うーん……あたしは映像記憶オンリーなんだけど……確かこんな感じじゃない?」


 そうして来菜は、『あの時』のことを思い返しながら口を開く。


「『唯香ちゃんの部屋の扉は見た通り内鍵が無くて、芽衣ちゃんの部屋も似たような状態。だから二人の部屋に勝手に入って悪さしないように』……って感じだっけ?」


 するとミシェルが慌てだす。


「ままま待ちなヨ! その言い方だとまるで、芽衣の部屋の扉は……内鍵が無いわけじゃあないかのように聞こえてしまうヨ!」

「……実際言ってなかったと思う。というか、そもそもあたしたちが見せられたの唯香ちゃんの部屋だけだし……」

「そういえばそうっすね……」

「芽衣ちゃんの部屋の確認は……してないわね……」

「え!? 芽衣ちゃんの部屋、私と一緒じゃないの!?」


 そうなんだ。

 俺達はただ雪代先輩の言葉から芽衣の部屋の扉は内鍵が無いと思い込んでしまった。

 というかそもそも……彼女の言葉を当たり前のように信じていた。

 だって当然じゃないか。それを聞いたのは一ヶ月前。あの頃はみんなで仲良くしようとしていたから……嘘を吐く理由は無いはずじゃないか。


「……君口の言う通り死んだ雪代自身が主犯なら、全部話の辻褄が合う。そもそも風邪をひいた連中を閉じ込めて隔離しようと提案したのは雪代なんだ。風邪自体は偶然とはいえ、愛野を自室に閉じ込めたのは……アイツ自身だ。川瀬は乗り気だったが、俺も何でそんなことするのかずっと分からなかった。あの時に犯行を考えていたのか? それとも一ヶ月前の時点か? あの女……一体いつからこんなこと考えてたんだ……?」

「違います!」


 レックスに対して叫んだのは芽衣だった。


「違うんです……雪代さんは……私のためにああ言ってくれただけで……」

「どういうことだよ芽衣」


 彼女は今、本当に落ち着いている。

 何故かは分からないが、多分今この場にいる誰よりも冷静に見えた。


「私の部屋は……そもそも鍵が無いんです」

「芽衣!」


 スフィカは年上のはずの芽衣を呼び捨てで叫んだ。

 しかし、レックスが視線を送ると彼女は押し黙らされた。


「先輩は『唯香の部屋と同じような状態』としか言ってなかった。嘘を吐いていたわけじゃなかったのか……。でも、そんな俺達の勘違いを利用して芽衣を犯人に仕立て上げた。調べればすぐに判明することだけど、誰も芽衣を疑えないと思ったから」


 芽衣はスフィカに叫ばれて少し涙ぐんでいたが、コクリと小さく頷いた。


「はい……だから……私にはアリバイが無いんです……」

「お前は最初から『私の所為です』と言っていた。それは……本当のことだったのか」

「……雪代さんが私を選んでくれたのは、きっと私がいつもそう言ってるから……みんなに疑われないと思ったんだと……思います……」

「……『選んでくれた』……?」

「はい……だって私……そもそも役立たずだし……気絶しちゃった所為で当初の予定通りに動けなかったし……雪代さんの邪魔ばかりしてしまって……スフィカちゃんにも迷惑かけて……」

「……ッ」


 スフィカが小さく舌打ちをした。


「スフィカ」

「……お兄ちゃん……」


 レックスから厳しい視線を向けられて、彼女は萎んでしまった。


「……証拠は持ってるのか?」

「……はい。全部……全部君口さんの推理通りです。素敵です……君口さん……!」


 彼女は恍惚そうな表情をしながら懐を探る。

 そして、先輩の部屋の鍵を取り出して円卓の上に置いた。


「!? まさか……本当に……?」

「嘘……」

「マジっすか……」

「何でそんなこと……」


 シスターたちは驚愕して言葉を失った。

 一歩引いた目で見ていられる者も、何から言うべきか悩んでいる。

 それを受けてスフィカは、再び息を返すように立ち上がった。


「どうして鍵をどこかに置いてこなかったの!? そうすれば……まだ犯人だと確定されなかったのに……」

「……これが雪代さんの始めた勝負だからです。私は雪代さんの当初の予定通りに進めたかった。でも……雪代さんは私の無能さを想定してなかったみたいですね……。スフィカちゃんにこっそりと渡すことも出来なくて……本当に……申し訳ないです」

「……!」


 芽衣はハッキリとした口調でそう言った。

 ……『勝負』だと? 何だそれ……意味が分からない……。



 ――いや、俺は分かっている。

 ――だってそうだろ?

 ――俺はこの中の誰よりも雪代野乃を知っているじゃないか。



「……俺と『勝負』することが、雪代先輩の動機か?」

「君口さん……! 凄いです……そこまで分かってるんですね……!」

「……それしかないだろ。あの人がこんなこと考えた理由といえば……」


 俺は虚しさを吐き出すように息を吐いた。


「なぁ君口、お前は初めから雪代が首謀者……というか、自分を殺す計画をした主犯と考えていたが、どうしてそう考えることが出来たんだ? 芽衣かスフィカが主犯とは考えないのか? そもそも……雪代本人は死んでたってのに……」


 レックスの質問は、きっとここにいるみんながずっと抱えていた質問だろう。


「……スフィカと芽衣は自ら率先してこんな計画立てられるタイプじゃないだろ? でもあの人は違う。あの人は……自分が死ぬような計画すらも考えられると思ったんだ」

「けどそこまでする理由って何なんすか?」


 正司は疲労を露わにしながらニット帽を脱いだ。


「……俺に……勝ちたかったからだろうな……」


 多分、ここにいる誰もが納得できない理由だろう。

 いや、もしかすると芽衣は違うのかもしれないが。



 ――「――貴方はどこまで分かるのかしらね?」



 果たして俺は、貴方のことをどれだけ理解できたのだろう。

 貴方が死んでしまった以上、もうそれは永遠に分からない。


「素敵です君口さん……!」

「あの人は俺にぎゃふんと言わせるまで死ねないと言っていた。だからこんなことをした。多分……それだけだと思う」


 皆唸っている。

 俺もそうだが、みんな雪代野乃をどれだけ理解してやれていたのだろう。

 ここに来てからというものの、あの人はずっと笑みを絶やさなかった。

 果たして満足して死ねたのか?

 俺達をこんなに驚かせて、もうやり残したことはないのか?


「……スフィカが共犯になった理由は分かる。レックスを生き返らせる人物に選ぶと、そう話したんだろう? お前と先輩が」

「はい。ごめんなさい……身勝手で」

「じゃあお前は何で先輩の計画に乗ったんだ?」


 芽衣は自嘲気味に微笑みながら目線を低くした。


「……私は初めから、誰かのために死ねるのならそれで良かったんです。私の大好きな雪代さんが死に場所をくれたんです。それが嬉しくて嬉しくて嬉しくて……」

「レックスを生き返らせるためなら自分もリスクを負えると考えた……」

「そして仮に君口さんが雪代さんの仕掛けた勝負に勝つことになっても、それでもいいと考えたんです」


 ……俺はこの子のことも真の意味で理解できていなかったのかもしれない。

 でも流石にこの事件は……。

 だって先輩が主犯だろう? この子はただ……先輩に唆されただけだ。


「皆さん、雪代さんを殺めてしまい本当に申し訳ありません。本当にごめんなさい。私はずっとずっと後悔し続けて、話し合いの間もずっと自分を責め続けて、でも君口さんの推理を聞いている間に……雪代さんの望んだ通りの景色になっていると気付いて、嬉しかったんです。だからもう謝りません。私は雪代さんを信じて良かった。後悔はもうありません。ありがとございます。ありがとうございます。ありがとうございます」


 なぁレックス、お前は芽衣に死ねとは言わないよな?

 この子は多分元から少しおかしいが、お前を生き返らせるために先輩を殺したんだぞ?

 ルールなんて……もうどうでもいいよな? なぁ、レック――。


「だから――――――もう十分なんです!」


 どうして俺は、気付かなかったのだろう。

 そうだ……あの包丁はまだ……部屋に残っているはずで……。

 でも……ここに来る前に、もし一緒に居たレックスの目を盗めたのなら、もしかして――。


 ズッシャァァァァァ


 円卓が――赤く染まった。


「……愛野……?」

「芽衣……?」


 レックスとスフィカは彼女の名前を呼んでいる。

 だが、もう、遅いことは分かっている。


「……これで……投票も……要らない……」


 最期の言葉はそれだった。

 全員が見つめるその先で、愛野芽衣は――――――――――自らの首を切った。

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