11

 レックスの表情は、見たこともないくらいに固まってしまっていた。


「何……言ってんだ……?」

「鍵が見つからなくても……このままだと多分うちが投票されるからね。どうせ無駄なら……もう自白する。犯人はうちだよ」

「スフィカ……? お前……」


 だから………………違うんだよ。


「でもどうやって鍵を手に入れたの? しかもあの野乃ちゃんの部屋の鍵」


 そう尋ねたのはシスターだ。とても良い質問だ。多分……俺はスフィカがどう答えるか分かっている。


「それは……」


 スフィカは一瞬だけ目を逸らし、またシスターの方に向き直る。


「違うの。鍵を奪ってから殺しに行ったんじゃなくて、殺した後に鍵を奪って閉めただけ。あの人あっさり部屋の中に入れてくれたから」

「辻褄は合ってますね」


 もうすっかり元通りになった唯香はウンウンと頷いた。

 体調ももう大丈夫みたいだ。


「そんな……」


 けど、代わりにレックスの体調が優れなくなってきている。


「じゃ、投票に行こっか……」


 スフィカは俯きながらそう言った。

 さて…………俺はどうするべきだろうか。

 俺の閃きを信じるのか、それとももうスフィカの望み通りにするか。

 どうすればいい? 俺は……どうすれば……。


「旦那?」


 来菜が心配そうにこちらを見てきた。


「どうかした?」

「……」


 不安そうに見つめる彼女を見て、俺はもう決意した。

 そうだ、もう……一回俺は同じことをしたじゃないか。

 海江田さんの時、俺は後悔を覚悟して突き詰めたんじゃないか。

 もう……今更一貫性の無い行動は取れない。



「…………自白をするべきじゃなかったな、スフィカ」



「え?」


 彼女は意味不明な表情で俺を見つめている。

 彼女だけじゃない、みんなが見ている。


「鍵の在処の話になるのを恐れてお前が自白してくれたおかげで……俺はお前が犯人じゃないってことが分かった」

「え? え? な、何で……?」


 そこまで言うと、ミシェルが手を叩いた。


「ああ! そういう……ことカ」


 彼はどこまで分かったのだろう。流石にそれは俺にも分からない。


「ミシェルと同じだ。お前は……みんなに間違った投票をさせるために、証拠も出てない状況で自白したんだ。そうだろ?」

「え……ち、ちが……」

「それ以外に自白するメリットは無い。まだ投票は済んでないんだ。そこまで焦って投票を始めようとした理由は一つ……このまま話が続けば――――真犯人がバレてしまう可能性があったからだ」


 するとこの場の全員の目の色が変わった。

 一番大きく変化したのはレックスだろう。


「何……どういうことだよ君口!」

「珍しく慌ててるなレックス。いつもの冷静なお前ならすぐ分かったはずだ。だってお前が言ったんじゃないか。『スフィカは今日、死体を発見した後はずっと愛野と飯原と一緒に居た』……ってな」

「…………!?」

「だからスフィカはバルコニーには行けない。仮に行っていたとしても鍵を捨てたりしたら一緒に居た唯香たちにバレるだろ?」


 俺がそう言うと唯香は身を乗り出した。


「あああ! そ、そうですよ! そもそもスフィカちゃんはバルコニーに行ってないです!」

「……だろ?」


 一気にダイニングの雰囲気が変わる。

 円卓を囲む空気は今、俺によって新しく作り替えられていた。


「じゃあスフィカは何で一連の嘘を吐いたのか? そんな理由一つしか考えられない。真犯人を庇うためだ」

「か、庇う……? そんなこと……そんなことする理由が……」

「分からないだろ? 俺だって納得してない。というか、何もかも全部……」


 俺は『あの人』のことを考えて激しく苛立ち始めた。

 まったくどういうつもりなんだ……。

 正直俺は閃いてしまっただけで、『ここ』に至るまでの過程をバッサリ省いてしまっている。

 でも、他に考えられないんだ。

 今回の殺人は――。



「――――全部、雪代先輩が仕組んだことだったんだ……!」



「…………は、はい?」


 来菜はまた栓が抜けたような声を出す。


「まず、きららの包丁を持っていったのは先輩だったんだろう。あの人はその包丁を渡して真犯人に自分を殺させた。そしてトリックだ。密室は真犯人が部屋の鍵を使って閉めただけ。でも真犯人が絶対に犯人当てのゲームで勝つために、あらかじめ先輩は別の犯人を仕立て上げる計画を考えていた。それがスフィカ。スフィカが真犯人から部屋の鍵を受け取れば、疑われるのはスフィカになる」

「ちょちょちょちょっと待って下さいっす! 先輩!」

「でもそれは二重のトリックだった。先輩が真犯人に密室を作り出させたのは、それによって部屋の鍵という簡単に移動可能な証拠を作るためだったんだ。そんなことをした理由は、彼女が最終的な犯人の特定を鬼がしてくれることになると知らなかった一方で、もしかしたらそうなるかもしれないと読んでいたから――」

「ままままま待ってって! ちょっと! 旦那君! アンタ毎回説明が飛び飛びなんだってば!」


 来菜に言われて俺は落ち着いた。

 確かに、俺はまた興奮で滑るように言葉を出してしまっていた。


「……えっとごめん。どこから説明すればいい?」

「いや……そもそも何でそんないきなり雪代さんのことを言い出すのかがまずわかんないし……」


 あ、確かにそうだ。

 俺はホント説明下手だな。そもそも俺の『閃き』があまりにも跳躍していた所為で、順序が滅茶苦茶になってしまったんだ。

 ……いや、もったいぶる必要は無い。

 どうせこれから話すんだ。だったらもう……思うままに話していくべきか。


「……君口、お前が今言った一連の台詞は、一旦円卓の上にでも置いておこう。頼むから分かるように説明してくれ」


 反省した。いや、もう何度目かわからないから猛省しよう。


「……俺は……最初に話し合いの結論が『自殺』に行きつきそうになった時、気付いたんだ」

「何にだ?」

「……きららの時と同じなんじゃないかって」

「……!」

「先輩が、自殺と見せかけるために密室を作ったんじゃないかと思ったんだ。あの人はただで死ぬような人じゃないって……多分俺が一番そう思っているから」

「それで?」

「みんなは最初、密室だと判明してなかったから部屋の鍵についての考えが失念してたんだろ? まあミシェルは自分が犯人であると主張したくて意識が向かなかっただけだろうけど。でも密室が中にいる本人によって生み出されたものなら、鍵は部屋の中に無くてはいけない。俺はそう思って、そこで……スフィカに疑念がいった自分に――違和感を覚えた」

「何故だイ? キミだけじゃなくてみんなが、部屋の壁に掛かった鍵を、最初に見つけて取ったスフィカに疑いの目を向けていたじゃないカ。自然なことだヨ」


 俺は首を横に振った。こればかりは俺しか違和感を覚えないことだ。


「違うんだ。俺はそこで、こう考えたんだ。多分こんなこと考えるのは俺だけだ。俺は……『先輩がスフィカに殺されるわけがないのに』……って、考えたんだ」

「……ハァ? キミ、それは一体何の根拠があるんだイ?」

「無いさ。でも……するとスフィカに疑いがいったのはまた別の誰かの仕業なんじゃないかって思った。先輩を殺した人間が、別にいるんじゃないかってさ」


 ミシェルが呆れる一方で、レックスは食って掛かる。


「待った。君口、スフィカはともかく他の誰かなら雪代を殺せると考えた根拠は…………いや、これも無いのか?」

「違うよレックス。言っただろ? 俺はあの人が『ただでは死なない』と思ってた。だから……深読みしたってだけの話」

「……そうか」


 レックスも呆れたのか溜息を吐いた。

 まあ、いつまで呆れていられるかは分からないけど。


「だから俺はさっきスフィカに鍵の在処について質問した。唯香と芽衣に聞いたのはスフィカと接触してるからだけど……同じ廊下に正司とミシェルがいたなら、そこで鍵の受け渡しは出来ないかな……」

「そうサ。ちなみにボクはトイレ行ってたけどネ」

「……とにかく使える返答はスフィカのだけだったけど……彼女が分かりやすい嘘を吐いたことで、俺は違和感を更に膨らませたんだ」

「むしろもっとスフィカちゃんを疑うべきだと思うけど……」


 シスターまで呆れ始めている。


「トリックの杜撰さはいくらでも説明が付く。でも、そのトリックの前に、そもそも先輩の首をナイフで切り裂くなんて芸当を、スフィカに出来るとはどうしても思えなかったんだよ。そこでレックスの証言だ。俺は完全にそこでスフィカが犯人ではないって気が付いた」

「……あのアリバイは成立しないって話だったはずじゃないか?」

「でもスフィカの自由に動ける時間は午前三時以降に限定された。聞くがみんな、午前三時に誰かが部屋を訪ねてきて……その人をあっさり部屋の中に入れるか?」

「…………」


 みんな黙ってしまった。

 でも、その沈黙が何を意味するかは流石に分かる。


「……スフィカはさっきこう言った。雪代先輩はあっさり部屋の中に入れてくれたって。でも、俺の知ってる先輩はたとえスフィカを部屋に招き入れたとしても、きっと警戒を緩めない。だってレックスの提案を一番に受け入れてた人物だぞ? 殺される可能性を常に考えてるに決まってる。スフィカに不意打ちは仕掛けられない。かといって正面から包丁を刺しにいったとしても運動能力の差で避けられる。人を殺すってのは、そんなに簡単じゃない。簡単じゃないはずなのに……部屋を全く荒らさずに殺せたってのか? あり得ない……あり得ないよな?」


 本当はあり得ないとは言い切れない。

 何故なら俺は医務室に睡眠薬という物があったことを知っているからだ。

 多分何人かも気付いているだろうが、俺の口から出た真犯人という単語の正体を早く聞きたいのか何も言わない。

 ま、俺の知ってる先輩なら睡眠薬も警戒するだろうけど。


「……確かに部屋は荒れてなかった。じゃあスフィカは……一体誰とつるんでるんだ?」


 レックスはやはり頭の回転が速い。

 スフィカと真犯人は間違いなく組んでいる。

 そしてもう一人……。


「……さっきから言ってる通り、雪代先輩だよ。彼女がスフィカを犯人に仕立て上げて、投票で真犯人が勝つように計画を考えたに違いない。というか雪代先輩自身が共犯にならないと、先輩を殺せる人なんてここにいないって俺は思ってる」


 先程と同じことを言ったつもりなのに、皆初めて聞いたかのように目を見開いている。 

 まだ信じられていないのだろう。

 そもそも、俺だってまだ動機が……。



 ――いや、俺はもうそれも……分かっているはずだ。



「ふぅ。まったく……キミは面白いことを考えるネ、快太」

「ミシェル……」

「それで? その真犯人とやらは特定できるのかナ? キミがそこまで過大評価するその『先輩』の計画なら、そんな証拠は出てこないんじゃないカ?」

「……だから、それもさっき話したはずだ。先輩はあらかじめ証拠を用意していたんだよ。だから俺達もそれを利用させてもらう」

「……? どういう意味……かナ?」


 ミシェルが若干苛立っている気がする。

 彼も先輩と似た性分の人間なのだろうか……だとしたら……。


「先輩はミシェルと同じ様に『犯人捜しの答え合わせ』の手段を考えていた。でもあの人は、レックスが鬼に犯人の答え合わせを任せる可能性も考慮していたんだ。その場合はより完璧な偽装が出来るから……。その所為で……少し妙な話になったんだ」

「どういうこと?」


 来菜は先程からずっと手に顎を乗せて考えている。


「レックス、お前が鬼からアイデアを貰ったのはいつだ?」


 その質問で、レックスはハッとした。


「……さっきだよ。愛野の部屋にいるときに……奴らは現れた」

「だろうな」

「な、何が『だろうな』なんすか? 快パイ!」

「つまりスフィカは、昨日の時点ではレックスからもその答え合わせの方法を聞いてなかったんだ。そうなると当然雪代先輩の耳にも入らない。だから彼女は……証拠を移動できるようにしたかったんだ」

「? 君口先輩、どういうことですか? もう私頭がパンクしそう……」


 唯香は完全にこんがらがっているが、しょうがない話だ。

 芽衣と緋色に至っては未だに俯いている。そもそも話を聞いてなさそうだな……。


「もし答え合わせを自分たちでやることになれば、真犯人が証拠を握っていなくてはならなくなる。そうでないと勝者になりたくて勝手に出てきた偽物の犯人なのではないかと疑われるからだ」

「ボクみたいにネ!」

「問題は鬼が答え合わせをやる場合。つまり証拠を自由に動かせる場合だ。この時が来たらさらに完璧な犯行偽装が可能になる。もしこれで証拠をスフィカに握らせたら……俺達はもうスフィカ以外を疑う理由が無くなる。真犯人に証拠を握らせておくようなリスキーな真似をせずに済むんだ。つまり……絶対に勝てるってわけだ」

「え? じゃ、じゃあもう詰んでるってこと……?」


 来菜の問いに対し、俺は、静かに首を横に振った。


「……そう思っていた矢先、スフィカがとんでもないことを口走った」

「……ッ」


 スフィカは分かりやすく舌打ちをした。

 まあ共犯であることはもう明らかだ。しかし、彼女の様子はある時を境にずっとおかしかった。


「『バルコニーから捨てた』……なんてことは、あっちゃいけないはずなんだ」

「……ッ!?」

「……どうやらスフィカは今朝から今に至るまで一度も真犯人と二人きりになれていないらしい。レックスのファインプレーのおかげでな」

「俺の……」


 レックスは驚いてはいない様子だ。だが、彼もまだ思考を続けている。


「そのおかげで、スフィカは証拠を受け取ることが出来なかった。真犯人と自分の二人きりになれなかったことで、スフィカは今もなお証拠を手にすることが出来ずに、その所為でずっと不安を抱えていた。だからお前は俺が鍵の話をした時……あんなに青ざめたんだろ?」

「……快太ァ……ッ!」

「本当は証拠なんて持ってないから『捨てた』って言ったんだろ? 今朝になっても答え合わせを鬼がするって話にならなかったから、今もその証拠は真犯人が握ってるんだろ?」

「どうして……何でそんなに……!」

「……と、ここまでの推理じゃあ、俺の願望も含まれているように見えるだろうな。これでもまだ、俺がさっきから『真犯人』と言っている第三の人物とスフィカの、どっちが犯人かは特定できない。先輩が第一の共犯である時点で、争った形跡を残さなくてもお前は先輩を殺せるんだから」

「……うちが……うちが犯人だから……だから……」

「でも投票の前にお前は自白してしまった。ならそれはもう間違ってくださいと言っているのと何も変わらない。真犯人はやっぱり第三の人物以外あり得ない……」


 そこまで言うと、正司は机をドンと叩いて立ち上がった。


「じゃあその真犯人は誰なんすか!? どうやって特定するんすか!?」

「……さっき言ったろ? 真犯人は証拠を握ってる。そして俺は……その人物が今この場でその証拠……部屋の鍵を持っていると読んでいる」

「え? な……何で?」

「閃いたからだ。俺は部屋の鍵の在処を考えるよりもスフィカを疑うよりも先に、何なら自殺ではない可能性を考えたその瞬間くらいに、全く関係ないあることを閃いたんだよ」

「…………君口? お前何言って……」

「自殺という結論になりかけた時、これがもしきららの時と同じなら、先輩自身が何かを仕組んでいるはずだと考えた。俺はそこから先輩の今までの発言を振り返って、彼女の思考を探ろうとしたんだ。それをだいぶ前までさかのぼった結果……とんでもない可能性を閃いたんだ」

「……『閃いた』って……何を? 旦那さん」


「真犯人の正体さ」


「……何だっテ?」

「もしこの閃きが事実なら、先輩は必ずそれを利用するはずだと考えたんだ。それに、先輩の……まあ来菜もだけど、あの不自然な行動にも説明が付く。先輩のあの行動は、『その人物』を真犯人にするための準備だった。偶然を利用したことで、その真犯人はもう誰にも疑われなくなる。なんてったって、鉄壁のアリバイが出来るんだから」

「待って下さい君口先輩、それって……」

「俺は真犯人の正体を先に思い付いて、それを前提に話を進めていたんだ」

「…………まさか」

「その人物は……スフィカと同じ様に身動きを取れずにいた。そしてきっと、ここに来る前に答え合わせに鬼が介入することを知ったはずなんだ。だったら当初の予定通りスフィカに鍵を渡そうとする。そいつはそういうタイプだ。俺の知ってるそいつなら……な」

「快太…………違う! 犯人はうちで――」



「そうだろ? ――――――――――――――――――――――――――――――――芽衣」

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