10

「さて。レックス、キミの決めたルールなら、これは『殺人の犯人』を特定するための話し合いダ。投票の意味はあるのかナ?」

「アンタが犯人である可能性がある以上、投票は一応やるさ。みんなそれを望んでいる。自殺だったとしたらこの話し合いも無かったことにすればいい。誰かを死なせる必要は無いさ。もちろんアンタも」

「……そうかイ。分かったヨ」


 トン


 俺は、机の上を指で叩いた。

 みんなの視線は俺の目論見通り、俺自身に集まった。


「快太?」

「………………鍵は?」


 俺の一言で、何人かは確かにピクリと反応した。

 言葉の意味を理解したのか、それともあるいは……。


「鍵……? な、何ですか君口先輩?」

「唯香……お前は知らないよな」

「え?」

「芽衣も知らないはずだよな?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 駄目だ。彼女の方はずっとあのままの調子だ。


「他のみんなも知らないよな?」


 誰も反応しない。


「……なぁスフィカ。お前は知ってるよな?」


「……え?」


 彼女は確かに顔色を悪くしていた。

 ああ……もしかして本当に……そうなのか? いや、でもこの反応は……。


「知らないなら知らないって答えてくれても構わない」

「え? え? 何のことかニャ?」


 俺がスフィカを責めているように見えたのか、レックスは少し身を乗り出した。


「おい君口、何の話だ。せめてもう少し分かるように言えよ」


 あ、ああそうか。そうだよな。俺はどうも焦っているらしい。言葉を省き過ぎた。


「悪い。でも……俺が聞きたいのは、先輩の部屋の鍵のことなんだ」

「鍵? ……………………ッ!?」


 レックスは愕然としていた。どうやら彼も今まで失念していたらしい。


「スフィカ、答えてくれ。今の話の流れだと……この話し合いは一旦無かったことにもできるんだ」

「え、え? な、何でニャ?」

「だってそうだろ? 先輩は自殺だよどう見ても。ともすればレックスのルールの適用外。この話し合いも無かったことにして、明日から今まで通りの生活を始めようって話になる。答え合わせもしない」

「え……え?」


 もちろんそうなるとは限らない。でも、レックスとミシェルが気付いてくれた以上、そうなる可能性は確かにある。いや……レックスはどうだろうか。


「けど、鍵が先輩の部屋以外で見つかっていたら話は変わる。だって……先輩の部屋に入れた人間が、別にいたってことなんだから」

「…………」


 スフィカは一瞬沈黙した。


「……部屋の中に……あったはずニャ」

「そっか。そう……だよな。壁に掛けられていたはずだよな? でも俺はずっとそこが不安だったんだ」

「ど、どうしてニャ?」

「間違いなく壁に掛かってたんだよな?」


 俺が少し語気を強めて尋ねると、スフィカはますます青ざめていく。


「……間違いないニャ」

「でもお前は最初こう言ったんだ。『壁に鍵が二つ掛かってた』……って」

「……ッ」

「お前が先輩の部屋の鍵を確認しているってことは、その場所は壁に付いたフック以外あり得ない。だってお前が言ったんだ。『それ以外の場所はどこも何も弄ってないし見てもない』……ってな」

「……ニャー……」

「なぁスフィカ、本当だよな? 本当に、先輩の部屋の鍵はお前が壁に掛かっているのを見つけて、今もお前が持ってるんだよな?」


 スフィカは明らかに動揺している。


「君口!」


 そう声を上げたのは当然だがレックスだった。

 彼は俺が何を危惧しているのか理解していない。

 俺は確かに今スフィカを疑っている。彼女が先輩の部屋の鍵をいつから持っていたかで話は変わるからだ。

 ただ……鍵の居場所を知っているのが彼女だけで、もし今もそれを持っているのなら……俺が危惧した通りになってしまうんだ。


「――スフィカにはアリバイがある」


 …………何?

 そんな話は……初耳なんだが……。


「はぁ? レックス君、その擁護は無理あるでしょ」

「……そうだな川瀬。俺もそう思っていたからみんなに黙ってたんだ」

「はい?」

「昨晩スフィカはずっと俺の部屋にいた」

「…………は?」


 俺は目を見開いた。だとするともしかしてやはりそういう……。

 ……いや、取り敢えずまずは彼の言い分を聞くべきだ。


「でも俺とスフィカは身内同士だ。庇う可能性はある。だから今までアリバイとしては成り立たないと思って黙ってたんだ」

「いやいやいやいや! そんんなはずないっすよ! だって……だって俺がノックした時、スフィカは自分の部屋から出てきたんすよ!?」

「違うんだ棚崎。あの扉が壊れる音を……スフィカも聞いていたんだ」

「……はぁ?」

「スフィカはそれで目を覚ました。というか普通はそうなんだろう。爆睡してた俺と川瀬がちょっと変なんだ。そしてスフィカは、自分の部屋の方から聞こえたのかもしれないと不安になって、部屋に戻ると言い出した。俺は寝起きで適当に頷いていただけだが、間違いないことだ。コイツはその時までずっと……俺の部屋にいた」

「そんなこと証明できないでしょ! 大体何で廊下に出たのに野乃パイの部屋が開いてることに気付かなかったんすか!」

「うちも寝起きだったからニャー……」

「いやいやいや! え!? マジで言ってる!?」


 正司の気持ちも分かるが、言い分自体は破綻してない。

 それに俺は、レックスが嘘を吐いているように見えなかった。


「……っていうか、レックス君が寝ている間に、スフィカちゃんが野乃ちゃんの部屋に行くことも出来たんじゃない?」


 シスターはそう質問する。


「いや、俺はスフィカが寝てから眠りに就いた。そして、俺が寝たのはそもそも……今日の午前三時なんだ」

「……はぁぁぁぁぁ!?」


 正司が今日一番の素っ頓狂な声を上げた。

 俺もちょっと同じようにしたい気分だ。


「分かるだろ? 死後硬直が始まったのは少なくとも午前八時から遡って六時間前だ。つまり午前二時より前。俺が起きていた時間だ。その間スフィカは絶対俺の部屋から出ていない」

「フフ……レックス、残念だがそれも苦しいネ。ボクは確かに少なくとも六時間前と言ったけど、もしかしたら少し早く死後硬直が進んだのかもしれなイ。ま、五時間前に死んだというくらいなら……誤差の範囲としてあり得るかもしれないサ」

「……それを言われると何も言えないな。でも可能性としては低いはずだ。俺が起きるかもしれないのに、俺が寝てすぐ部屋を出るのだってリスキーだ。それに俺が嘘を吐いている可能性も低い」

「何故だイ?」

「俺が音に気付かなかったのは爆睡していたから。その原因は今言った通り俺が夜更かししていた所為だ。俺が共犯なら、お前が扉を壊している音で起きてたら絶対外に出る。現場が無事か不安になるからだ。それに、俺とスフィカの部屋は隣同士だから、雪代の部屋に目を向けずに自室に戻ったってスフィカの言い分も全然おかしくはない」

「うーん……どうだろうネ……」

「この……お前だって容疑者の癖に……」


 レックスは珍しく焦っている。

 妹のこととなると流石に冷静さを保てないのか。

 だが、彼が共犯という線は……果たしてあるのだろうか。

 確認する必要がある。もしかしたら彼は、ただスフィカに死んでほしくないから庇っているだけなのかもしれない。だが、そこにある矛盾に気付いていない可能性があるのだ。


「なぁレックス、一つ確認していいか?」

「何だ?」

「仮にスフィカが犯人なら、彼女が生き返らせたいと考える人物は間違いなくお前だ。つまり……ここで犯人だとバレなくても彼女は死ぬ。もしここでスフィカに票が集まって、それが正解だったら……それでも彼女はお前の決めたルール通り死ぬ。お前がいくら庇っても、スフィカが犯人の場合は、絶対に彼女は死ぬ。流石にそれは……理解してるよな?」


 レックスは少し目を丸くした後、すぐに落ち着いた表情に戻った。


「……ああ。当たり前だ。俺は端からスフィカが犯人だと思っていない」


 良かった。どうやら彼は嘘を吐いていない。ただ、彼は今の今までスフィカが犯人だった場合というのを考えていなかったようだ。

 だから彼は少し目を丸くしたのだ。そして今は目を伏せだした。

 自分の提案したルールの所為で、妹の手によって、妹を失うことになるという可能性があるということに、今初めて気付いたからだろう。


「……とにかく俺の証言は本当だ。スフィカは犯人じゃない。というか、もし雪代の殺害を考えるのなら……昨晩俺の部屋に来る必要は無い。ミシェルの言う通りならアリバイとしても未成立なうえ、逆に犯行可能な時間が狭まるだけだしな。確かに雪代の部屋の壁に掛かった鍵を見つけたのはスフィカだし、俺は元々いくつあったのか知らない。というか死体を見つけた時のことはショックでよく覚えていない。でも……あらかじめ部屋の鍵を持っていたとして、部屋の中を覗かれるリスクをスフィカが冒すわけがないだろ? 壁に掛かっている鍵が二つだけだったら……傍にいた誰かが気付いていたかもしれない。違うか? みんな」


 焦りを失くしたレックスは、いつものように落ち着いた口調でそう話した。

 皆納得と疑念で半々といった様子だが、何より妙なのはスフィカの様子だ。

 彼女は今のレックスの論理的な擁護を受けてもなお青白い顔をしていた。

 そして今、俺はとうとう核心に至る。

 だからこそ俺には分かった。まだ何かあると。

 多分……俺がさっき閃いてしまったことが関係している。

 こればかりは本当に閃きでしかなくて、根拠すら何も無いけれど。


「……いや、変でしょ」


 そう言ったのは来菜だ。

 まあ、そろそろだと思った。というかさっきからずっと言いたかったに決まっている。

 だって彼女は、彼女の能力なら、レックスと違って覚えてないはずがないんだ。


「何がだ?」


「いやだって……壁に掛かった鍵は二つだったし」


「……何?」

「!?」


 スフィカはますます険しい顔になる。というか、彼女はきっと……。


「お得意のカメラアイか? 川瀬」

「まね。でも何でさっき嘘吐いたのかが分かんないだよねぇ……。鍵がいくつあったかなんてレックス君の言う通りあたしが普通に気付いたわけだしさぁ。あたし自身はスフィカちゃんが犯人とは思えないけど、今スフィカちゃんがその鍵を持っているかどうかで決まるんじゃないの? ――スフィカちゃんが犯人かどうかはさ」


 そうなんだ。その通りなんだ。

 今までの話ならもう、スフィカが部屋の鍵を持っているという事実だけで彼女が犯

人である可能性が高くなるんだ。

 少なくともここでの投票は間違いなく彼女に集まる。

 ミシェルは妙なことをしてくれたが、鍵をあらかじめ持っていて、そのことに関して明確な嘘を吐いていたスフィカに比べたら正直何の怪しい根拠もない。

 自殺かスフィカが犯人であるかのどちらかなら……レックスの言う通り臨機応変に投票後の動きを変えたらいい。

 この話し合いの後はスフィカに投票するだけでいい。

 それでスフィカが犯人ならルールに乗っ取ればいい。

 先輩の自殺なら今日はお開きで明日からまた平和に暮らせばいい。


 ……でも違うんだ。

 そうなってしまってはいけないんだ。けど、このままではきっと……。


「スフィカは今日、死体を発見した後はずっと愛野と飯原と一緒に居た。……いや、愛野は途中から俺が見ていたから、飯原だけか。仮に昨晩俺が寝た後に雪代を殺したとして、もし鍵を隠し持っているとしたら……それは今も持っているか、それとも自分の部屋か俺の部屋かのどちらかにあるはずだ」

「どうだろうネ、レックス。もしさっきのキミの提案……というか鬼の介入がなかったら、投票で僕が犯人だと嘘を吐きだしたら真犯人は自分が犯人だということを証明しないといけなくなる。だったら鍵は今も持ち歩いている可能性が――」

「違う!」


 否定したのは、スフィカだった。


「……違うよ」


 すっかり青瓢箪のようになったスフィカは、もう語尾を止めていた。


「違うって……どういうことだよスフィカ……」

「鍵は……バルコニーから捨てたんだよ」

「何……だって……?」


 レックスは愕然としているようだった。

 冷静に彼女が犯人の場合の可能性を語っていたというのに、まだ彼はスフィカが犯人だとは思っていなかった。彼女を信じ続けていたのだ。

 ……いや、でも違うんだ。今ので分かった。全部そういうことだったんだ……。


「だから探しても見つからない。見つからないよ……」

「何言ってんだ……? スフィカ、お前は何を言ってんだ?」


 そして、スフィカは息を吸った。



「――――――――――――――――――――――――――――犯人はうちだよ」

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