第四章

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 芽衣の遺体を倉庫に運び終えたあと、俺がダイニングルームに戻っても、そこには誰も存在していなかった。

 ロビーに出ると、皆バラバラになって煩雑とした思考の整理方法を探していた。

 平たく言うと、うろうろと行き場もなくさ迷っているのだ。

 驚くことに、誰よりも冷静さを保つのが得意なレックスすら、座ったまま組んだ両手に頭を乗せて項垂れていた。


「……レックス、これで良かったのか?」

「……どういう意味だよ」

「芽衣はお前の提案したルールに則って、自分から命を断ったんだ。自分が犯人だということが明らかになったから……」

「……俺の所為って言いたいのか?」

「いや……そういう訳じゃ……」


 レックスは背もたれに寄り掛かった。

 気が付けば来菜が俺の傍にやって来てくれている。


「確かに最初は無秩序な殺し合いを避けるための保険として作ったルールだった。だが……俺もそうだが、雪代も、犯人ということがバレた人物……愛野がルールに従って自殺する可能性を考えなかったわけじゃない。あの女はどこまでもゲーム感覚で俺達に勝負を仕掛けて、その結果を想像して、その想像を愉しみながら死んだんだ」


 レックスは相当雪代先輩のことを恨んでいるようだ。

 でも、多分それだけじゃない。彼は自分にも責任があると考えているのだ。


「先輩は昔からちょっとおかしかった。あの人は多分、バスの事故の時にもう自分の死を受け入れていたんだ。他のみんなの死も……。だからきっと、こんなやけくそな方法で自分の快楽を満たそうと考えた。どうせみんな死んでいるのだから、命を弄ぶことになっても自分が楽しければそれでいいと思ったから」


 俺はまだ生きているレックスに自責の念を抱いてほしくないので、申し訳ないが先輩を貶して、恨みの矛先を彼の向けたいだろう方向に誘った。

 あの人はきっと許すだろうから……全責任を背負ってもらおう。良いですよね? 先輩。


「いや、雪代はそこまで悪党じゃない」

「え?」

「もし命を弄ぶことを考えていたなら、死ぬ人間に他人を選んでいただろうさ。それにきっと……死ぬことを受け入れることなんて、出来なかったはずだ」


 レックスにそう言われると、もしかしたら先輩のあの言葉は本心だったのかと思いそうになる。



 ――「わたくしは自分が生き返りたいですわ」



 先輩がどんな考えを持って生きていたのかなんて、俺には分からない。

 しかし――。


「見た目からは分からなかったが、あの女はここにいる誰よりも死にたくなかったんじゃないか?」

「いや……何を根拠に……。だったら自分以外を自分で殺さないと、お前のルールがあるんだから……」

「そして、お前にも死んでほしくなかった」

「……え?」

「お前が言ったんじゃないか。雪代は自分に勝ちたかったんじゃないか……って。でも、二人のどちらかが死ぬってだけで、もう永遠にお前との勝負は出来なくなる。アイツは、一人しか生き返れないことに本当はずっと絶望してて、だからせめて最後に……みんなを巻き込んでお前に挑んだのさ。だから仕方なかったんだ。こんなとこにいたからアイツはそうなった。それだけだ。そうに……違いないだろ?」


 本当は俺もそう思っていた。

 でもレックスまでそう考えるとは思わなかった。

 彼は本当に優しい人間なのだと改めて理解した。


「……そんなのどうだっていい」


 レックスと同じ様にロビーのソファに座っていたスフィカが立ち上がった。


「スフィカ、お前……」

「うちはお兄ちゃんが生き返るならそれで良かったの! 芽衣が余計なことをしなかったら……!芽衣の所為で……芽衣が……芽衣……が……」


 そう言いながら、彼女の瞳には涙が溢れていた。


「芽衣……芽衣……」


 そのまま膝から崩れ落ちてしまった。

 彼女も芽衣の死を悲しんでいるのだ。

 誰も先輩と芽衣に協力していたスフィカを責めたりはしない。

 責めることなど……出来るわけもなかった。


 スフィカに寄り添ったのは来菜だ。


「……レックス君を生き返らせるってことは、芽衣ちゃんと同じ様に他のみんなも死ぬってことだよ? どうしてスフィカちゃんは……そんなにレックス君を生き返らせたいの? みんなでこの塔の中で暮らした方が良いに決まって――」

「だって来菜には快太がいるじゃん!」

「……!」

「でもお兄ちゃんは違う! 学校にもたくさんお兄ちゃんのこと大事にしてる人がいる! 死んだらみんなが悲しむの! ここで一生を過ごすことがお兄ちゃんの幸せであるわけがないの!」

「スフィカ……」


 来菜は果たしてどんな感情を抱えながらスフィカの肩を支えているのだろう。

 俺は……俺も、お前を待っている人のためにも、お前に死んでほしくないと考えている。

 それを知ったら……お前は俺に何と言うのだろう。


「提案があります!」


 背後からそんな高い声が聞こえてきた。

 二階から降りてきた人物の声だ。

 今まで自分の部屋で涙を流していたのだろう、目を赤くした唯香が立っていた。


「……飯原?」


 レックスは顔を上げる。


「私は……もう嫌なんです。誰かが誰かを殺してしまうのは」

「どうしたんだイ?」


 ミシェルも戸惑っているようだ。

 しかし……何だろう。

 唯香の様子は確かにやつれていたが、あまりにも分かりやすくてまるで……いや、気のせいだろう。


「決まりを……設けませんか?」

「? 『決まり』? ルールを付け加えるってことか?」

「はい、原田先輩。私は提案します。この塔の中で、『相互監視』をすることを……!」

「『相互監視』……互いに互いを監視することで、全員の行動に制限を付けるってことか?」

「そうです。まずスケジュールの徹底。それと個人部屋以外での単独行動の禁止。最後に……武器になりそうな危ない物を一ヶ所に集めて、全員が交代で見張りをするんです。そうすれば誰かが誰かを殺したりなんて……絶対に出来なくなる」


 正直俺は唯香の提案にはあまり賛成できない。

 何故なら俺はここにいるみんなのことを信じているからだ。

 行動を制限してストレスを溜めるのは、ここで長生きするうえであまりよろしくはない。

 唯香の言うそれは、誰かを生き返らせるためにレックスの提案を飲む人間が現れることを前提にしている。

 それとも彼女はレックスと同じで、自分が誰かを殺そうとする可能性を恐れているのか?


「……俺はユイパイに賛成っすよ」


 そう言ったのは正司だった。

 ……そう……なのか?

 お前はここで一生を終えるつもりで、誰かを生き返らせるために死ねる人間のことを理解できないと言ったじゃないか……。


「俺も賛成だ。スフィカは?」

「うちは……」


 レックスから聞かれてスフィカは俯いてしまった。

 彼女はまだレックスを生き返らせることを諦めていないのかもしれない。


「……オーケー。ボクも賛成だ。緋色も良いよネ?」

「う、うん」

「……私も構わないわ」


 ミシェル、緋色、シスターも賛成らしい。

 来菜は?


「あたしも良いよ。旦那さんは?」

「俺は……」


 どうやらみんな芽衣のことがあって精神的に参っているらしい。

 確かに自分が殺される可能性が無いとは言い切れない状況で、『相互監視』は聞こえが良いのかもしれない。

 もしかすると、未だにみんなを信じようとしている俺がおかしい……のか?


「……分かった。『暫くは』そういうことにしよう」


 そうだ。それでいい。

 きっとそれが一番良い。

 狭い空間で不和を生むよりは、皆に合わせて同調した方がいい。

 きっとその内みんな行動を制限されることを憂鬱に感じ始めるはずだ。


「……良かった」


 ……何だ?

 唯香は安堵しているみたいだが、彼女はそこまで不安を抱えていたというのか?

 まあ……致し方ない話か。

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