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 数時間後 一階 ロビー


 俺達十三人は皆最初の日の時のようにロビーに集まった。

 ミシェルと緋色はあの時のようにソファに座っている。

 来菜は傍にいて、雪代先輩と唯香、それに正司も近くに立っている。

 海江田さんときららは壁に寄り掛かりながら待っていて、原田兄妹とシスター、それに芽衣は散らばって待機だ、

 ……そう、『待機』。

 俺達はあの鬼の子たちが現れるのを待っていた。

 なかなか出てこないから全員この場を何度か離れることもあったが、今はその離れる理由がなくなってしまった状態だ。

 このまま何も起きずに一日が終わるとしたら、ひょっとして一ヶ月とは三十日ではなく三十一日のことだったのか?

 だとしたら鬼の子たちは明日にならないと出てきてくれないのか? うーむ、果たしてどうなることや――。


「こんばんは!」「こんにちは!」


 そんなことを考えていたら出てきた。

 前と同じ、赤い肌に一つ目の、二頭身の鬼の子たちだ。


「こんばんは」


 律儀に挨拶するのはレックスだ。彼はアイツらの突然の登場に全く動揺していないらしい。

 確か名前は『牛頭』と『馬頭』。あの二体はまたシャンデリアに乗っかって揺れている。


「みんなこの一ヶ月仲良くしてた?」「仲良く出来た?」


「してたよぉ。そりゃあもう大層仲良くしたね」


 来菜がろくろ回ししながら答える。

 そうだ、俺達はこれまで言いつけ通りに過ごしてきた。

 だから早く蘇生させてくれ。早くみんなを現世に戻してくれよ。


「良かった!」「良かった!」

「それじゃあ遠慮なく」「遠慮なく」


 何故かは分からないが、俺は突然耳を塞ぎたくなった。

 妙な違和感がある。

 少し待ってくれ。

 頼む。

 少しだけ――。



「「――――――誰が生き返るかを決められるね!」」



 ………………………………………………………………………………何だって?

 いや、申し訳ない。一瞬よく聞き取れなかった。

 今…………何て言った?


「「この中で生き返ることのできるのはただ一人!」」


 待ってくれ。お前ら何を言っている?


「「死にかけた魂を満たすのには、たくさんの別の魂が必要なのさ!」」


 そんなはずがないだろ。そんなはず……。


「「ここにいる十二人の魂を使って、たった一人を生き返らせることができるのさ!」」


 何だよそれ……何だよ今更……そんなの……。


「……ふざけてんのか?」


 そう言ったのは海江田さんだった。


「何がだい?」「何故だい?」


「意味の分からない嘘を吐くな。この中で一人しか生き返れない……? 誰がそんなの信じるんだ?」


 海江田さんは噛みついているようで焦りを隠せていない。

 当然だ。そうして言葉を発せるだけで、今この中じゃ相当気を張れている方だ。


「……なるほど、そういうことか」

「参ったネ……」


 いや、どうやら気を張っていなくてもまだ冷静でいられる人物が二人いた。

 レックスとミシェルは誰よりも落ち着いて話を聞いているようだ。


「嘘じゃないよ!」「本当だよ!」

「ヒントだって言ったでしょ?」「言ったよね?」

「『魂を満たす』こと」「それがヒントだって!」

「十二人がここで死んでくれたら」「残った一人が生き返られる!」

「みんな仲良くなったから」「仲良く心中できるよね?」

「たった一人のためだけに」「命を捧げられるよね?」


 何だよそれ……おかしいだろ?

 どうして今更……何でそんなの……。


「……おかしいだろ……」


 気付けば思っていたことがそのまま声に出ていた。俺も相当気を張っている。


「何がおかしいの?」「仕方ないんだよ?」

「みんなほぼ死んだ状態だし」「一人助かるだけでも幸運なんだよ?」


「そんなこと分かってんだよ! でも……俺は……俺はみんなで生き返られると思っていたから……だからお前らの言葉を信じていたんだ!」

「快太君……」


 誰が俺の名を呼んでくれたのかすらもう分からない。

 俺は鬼たちに向かって強く睨みつけていた。それが意味無いと分かっていても。


「俺達は……一人しか生き返れないだって……? だったら! だったら何で仲良く共同生活しろなんて言ったんだ! それに何の意味が……」


「だってさ」「だって」

「その方がさ」「その方が」


「「絶ッッッ対面白くなるじゃん!」」


 もう、奴らの声は聞きたくなくなっていた。

 俺のやって来たことは……何もかも無意味だったのか? 俺は何の為に……何の為にみんなと……。


「いつまでだ?」


 そう聞いたのは、レックスだった。


「「何が?」」


 隔絶された異形との距離を、レックスは気にせずに会話しようとする。


「期限だよ。いつまでに俺達は決めなくちゃいけないんだ? 生き返るべき人間を」


「んん?」「あれれ?」

「もしかして決めるのに時間掛かっちゃう?」「掛かっちゃう?」

「だったら『いつまでも』で良いよ!」「サービスさ!」


 それを聞くと、レックスは頭を掻いて息を吐いた。


「……そうか。じゃあお前らも覚悟しろよ」


「何で?」「どういうこと?」


「……こればかりは相当時間が掛かる。お前らずっと俺達のこと見てるんだろ? 言ってたもんな? 『人間を観察して楽しみたい』って。見届けるとなると……かなり大変だと思うぞ」


「分かった!」「頑張るよ!」


 何に納得したのか、急に鬼の子たちはシャンデリアから飛び降りた。

 前と同じならここで消える気なのか?

 そんなふざけたことを言うだけ言って……それで勝手に消えるのか?


「それじゃあ頑張ってね、人間ども!」「頑張れ人間ども!」

「バイバーイ!」「バイ!」


 ――消えてしまった。

 しんと静まり返ったロビーには、俺達十三人の人間だけが残ってしまう。

 ……十三人が……残って……。


「……快太君」


 ああ、そうか。この声は来菜だ。彼女はごくごく稀に俺のことを名前で呼んでくれる。

 でも、そんな愛おしい彼女の声すら今の俺の耳には残らない。

 そう……残らないんだ。

 ここにいる十三人もそうだ。

 全員が残って、全員で生き返られるわけじゃない。

 十二人が命を捧げなくちゃいけない。ここで死ねって言うのか?

 たった一人だけ残して……みんな死ねって言うのか? 

 そんなこと……出来る……わけが……。

 出来る……わけが……。

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