4

 一階 ダイニングルーム


 静まり返ったロビーで、最初に声を出したのはレックスだった。

 アイツが取り敢えずみんなで話し合おうと言って、全員をダイニングルームに誘導した。

 みんな思考が停止してしまっていって、言われた通りにする他なかった。

 そして一番大きな円卓に皆を座らせて、それぞれが互いの顔を見られるような状態を作り出す。


「……さて、まずは何から話そうか……」


 レックスは落ち着いた口調で目を細めた。どうしてそこまで落ちつけるんだ?

 周りを見渡しても、そこまで冷静でいられるのはお前だけ……いや、もう一人いる。


「決まっているじゃないカ。ここで一生を終えようヨ! みんな仲良くサ!」


 ミシェル……一体何を言っているんだ? いや、待て……彼は頭の良い人だ。

 大丈夫。落ち着いて考えろ俺。俺も二人のように冷静になるんだ。そうすればどうするべきかは見えてくる。


「……それはつまり、生き返る一人の為に、十二人で心中しようってことか?」


 俺がそう言うと、ミシェルではなく雪代先輩が反応してくれた。


「違いますわよ、快太君。ミシェルさんが仰りたいのは恐らく……自然死を待とうという話ですわ」


 何? どういうことだ? シゼンシ……自然死? それって……。


「そうサ。鬼たちは言っていたじゃないカ。『十二人がここで死んでくれたら』――」

「――『残った一人が生き返られる』……」


 そうか。俺も分かったよ。でも、まだ何人かは分かっていない様子だ。


「ど、どういうことっすか? 意味わかんねぇっす……」

「良いかイ? 正司。鬼たちは別に、ボクらに対して『死に方』を縛らなかっタ。つまり、『寿命』で十二人が死んだとしたら、最期まで残った一人が自動的に生き返ることになるってことサ。現世とはリンクしてないみたいだけど、ここでもちゃんと時間は経過しているようだし、ボクらはみんな老いて更けることが出来るからネ」

「……あ。じゃ、じゃあ……誰が生き返るべきかどうかとか、考えなくていいってことすか?」

「そうサ。天命に任せて、これからもみんなで仲良くここで暮らそうじゃないカ」


「そんなの困ります!」


 叫んだ人物は愛野芽衣。

 彼女は全身を震わせて、今まで一番自身の感情をさらけ出していた。


「……ここで一生暮らす……? そんなの……そんなの……無理ですよ……」


 彼女の気持ちは確かに分かる。家族だって現世にいるわけだし、未練も数多く向こうにある。

 彼女は何も間違っていない。けれど、ミシェルだってそうだ。


「……芽衣。キミの気持ちはよく分かる。ボクがこんな簡単に生き返ることを諦められるのは、きっとキミと違って現世に待つ家族がいないからだろうネ……」

「そ、それは……」


 前に彼から聞いた話だ。

 ミシェルは途轍もなく高名な両親を持ち、祖国で数多くの人々に祝福されて生まれたという。

 しかし、その頃には父も母も亡くなっていた。父は臨月の間も戦争に出向いていて、母は元々病弱だったのが祟り、出産に耐えることができなかった。

 周囲から恵まれた環境を与えられながら、家族愛だけは受けられなかったのだと、自らそう話していた。


「……私はミシェル様に賛成致します」


 そう言ったのはシスターだ。

 ミシェルとシスター? 何だよそれ……この中で一番年上の二人が……何でいの一番に寿命が尽きるのを待とうとするんだよ……。


「待ってよシスター。それにミシェルも。自然死を待った結果最後に生き残る可能性が高いのは、どう考えてもこの中じゃ一番若い緋色や、あたしら学生の誰かじゃん。逆に可能性が一番低いのは二人か海江田さん……。そんなの全然納得できないよ」


 来菜は俺が言わんとしたことをそのまま口にした。

 しかし、二人は一度目を合わせると、穏やかな目を皆に向けてきた。


「……分かっているサ。でも、『心中』って選択ができる人間はこの中にはいないだろウ? それに、ここで一生を過ごす人生もそんなに悪くないんじゃないかナ? 水もご飯も無限に湧いて出てくる。寝る場所もあるし一緒に遊ぶ友達もいる。そうだロ? みんな」


 ミシェルの考えが一番妥当だ。いや、きっとそれしかない。

 他の方法をいくら考えようとしても、俺は何一つ思い浮かばなかった。

 俺達はこの塔の中で、十二人が自然死するのを待つしかないんだ……。


「俺は……ミシェルに賛成だ」

「ありがとうネ、快太」

「……止せよ」


 多分この場の誰も納得はしていない。でも、これ以外方法はないじゃないか。

 きっと生き返ることになるのは緋色だろうが、それでも『心中』をするよりはだいぶ良い。

 ここで一生を過ごす方が何倍も良い。

 そうに決まっている……はずだろう?


 それから数時間くらい俺達はこの円卓を囲み続けた。

 しかしそれでも対案が出てくることはない。

 俺達は皆、一人を残してここでの一生を終えることを選んだのだ。

 言うなればそれは、『生き返るべき人間』の選択を天運に任せたということになる。

 けど、それで良いはずだ。『生き返るべき人間』を選ぶということは、それ以外の『死ぬべき人間』を選ぶということになってしまう。

 そんな下らない選択を……俺達人間がするべきじゃない。するべきじゃないんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る