5
午後七時 二階 君口ルーム
俺はベッドの上で仰向けになって寝転んでいた。
時間が経てば頭の整理が付くと思っていたが、全くそんなことはない。
ドン ドン ドン
「……誰か壁を殴ってるのか? まあ……無理ないか」
音がどこから鳴っているのか、俺はもうそんなことどうでもよくなっていた。
ここで一生を過ごす。
そうだ、別にそれでも良いじゃないか。
来菜もいるし、他のみんなも良い奴だ。でも……俺以外のみんながどう思っているかはわからない。
俺が良いと思っていても、他のみんなは現世でやりたいことがまだたくさんあるだろう。
でも……でももう……。
「これから……どうしようかな……」
俺は目を閉じてこれからのことを考えようとした。
けれど、これまでのようにみんなで何かをやるアイデアが一つたりとも思い付かない。
……取り敢えず、来菜に会いに行くか。
彼女は確か今パーティールームにいるはず。レックスがみんなの気を紛らわせようとして、何人かをゲームに誘ったのだ。
来菜はただ傍で見ていたいと言ってそこに向かった。
この状況で気を紛らわせるのは困難だろう。レックスは頑張っているが、果たして何人が彼の誘いに乗ったのか。
「……とにかく行ってみるか」
そうして俺は立ち上がる。部屋の鍵を開けて廊下に出た。
その瞬間、俺は不思議な違和感を持つ。
「……静かすぎる」
いや、でも仕方ないことだ。この状況で誰が騒げるというのだろう。
……でも、さっきまで何か音が聞こえていたからな。落ち着いたのだろうか?
それとも、壁を殴りすぎて痛めてしまったのか。だとしたら心配だ。しかし確認する方法も無いしな……。
「あ……君口さん」
その声は芽衣か。
彼女はたまたま俺とほぼ同じタイミングで自分の部屋から出てきた。
音の正体は彼女だったのだろうか。
「大丈夫……じゃないよな。ごめん」
「あ……いえ、私の方こそごめんなさい……すみません……」
だから、謝ることないんだって。
「…………」
「…………」
気まずいな。何て声を掛けたらいいか分からない。非常に苦しい空気だ。
「ごめんなさい……」
「な、何で?」
「……さっき、私だけが他のみんなと違って未練たらたらなことを言ったから……。だから……私は最低で……ごめんなさい……」
彼女は目に涙を浮かべ始めた。止めてくれよ、謝ることじゃないだろうが。
「……いや! そんなわけないだろ! みんな同じだよ。みんな心の中じゃ死にたくないって思ってる。生き返りたいって思ってる。未練の無い人間なんかいない。むしろ、芽衣はみんなの言いたいことを代弁してくれたんだよ」
「……ごめんなさい……気を遣わせて……」
「だ、だから……そうじゃなくて……」
クソ、こういう時に何と言ってあげたら良いのか分からない。
どうして彼女がこんなに苦しまなくちゃいけないんだ? どうして俺達がこんなことで悩まなくちゃいけないんだ? どうして……。
「……柊さん」
「え?」
ずっと俯いていた芽衣が顔を上げる。
「柊さんのあの別れのメッセージに……私、凄く感動しました。こんなことになってしまたけれど……柊さんに私……謝らないと……」
「な、何で謝るんだよ」
「だって私は……あの人のように別れの挨拶をしようなんて、考えもしなかったから……」
「……だったらそれは俺も同じだ。でも、謝ることじゃない。礼を言うべきことだ。『ありがとう』ってさ。そうだろ?」
「……はい。すみません……」
彼女の謝罪癖はまだ治りそうにない。でも、彼女が礼を伝えたら、きららもきっと喜ぶはずだ。そしたら芽衣も少しは気分が楽になるはずだ。
そうに決まっている。
「……よし! じゃあ今からきららの部屋に行くか」
「え……でも……迷惑だろうし……」
「他人に礼を言われて迷惑に思うか? お前はさ」
「……いえ……」
「じゃあ行こうぜ」
そうして俺達はきららの部屋を訪ねる。
鍵は掛かっているが、ノックすれば開けてくれるだろう。
あ、でもそもそも彼女は今この部屋の中にいるのだろうか。別の所にいる可能性もあるな。
「……反応ないですね」
数回ノックしたが、彼女が中から開けてくれる雰囲気はない。
「だな。もしかしてパーティールームかな?」
「……嫌な予感がします」
「え?」
「……そうだ。私が悪いんだ。私の所為……全部私が……」
「え? ど、どうした芽衣」
突然芽衣が頭を抱えてしゃがみ込む。もしかして発作か何かか?
全身を震わせて、甚く怯えている。これは大丈夫じゃなさそうだ。
「そうだ……私が……私の所為で……私が……私が……」
「おい、大丈夫か? 芽衣。医務室に行くか?」
「私が……私が……私が、私が、私が私が私が私が私が」
「おい! 芽衣! しっかりしろって!」
尋常じゃない状態だ。一体何が起きている? 急いで医務室に連れていかないとまずいぞ。
俺は彼女の体に触れようとしたが、そこで別の声が聞こえてくる。
「旦那さん!」
来菜だ。
丁度良い、女子のアイツに任せるべきだろう。
「来菜! なんか芽衣の様子が変なんだ。医務室に連れていった方が良いと思うんだが……」
「え? 一体どうして……」
来菜も一緒にしゃがみ込んで芽衣の様子を窺う。こういう時は同性の方が頼りになるだろう。
「芽衣ちゃん? 大丈夫かい?」
「私が……柊さんを……柊さんを……」
「芽衣ちゃん?」
「柊さん!」
そこで芽衣は立ち上がり、きららの部屋のドアノブをガチャガチャと動かし始めた。
一体どうしたというんだ。もう何が何だか分からない。
――いや、それは嘘だろ、俺。
「まさか――」
分からないなんてのは体の良い言い訳だ。
俺は本当は、ずっと気付いていたはずだ。
もしかしたら、あの鬼たちの話を聞いて、『強く絶望する人間がいたのではないかということ』を。
「芽衣! 来菜! 離れてくれ!」
俺はすぐに芽衣と来菜を扉の前から離れさせた。
芽衣の方はドアノブから来菜に無理やり剥がされる形だったが。
とにかく俺は、今自分がすべきことを一瞬で理解してしまった。
ドガァァァァァン
体当たりしたら、意外にもあっさりと扉の鍵は破壊された。
とはいってもドア自体が破壊されたわけではなく、開閉自体は可能な状態だ。
そして――俺は一瞬で事態を把握した。
「………………………………きらら?」
俺の眼前にあったのは、仰向けに倒れた柊きらら………………だった、『何か』。
「そんな……ッ!?」
来菜の声は聞こえているが、『彼女』の呼吸は聞こえない。
「きらら……?」
俺はゆっくりと近付いていく。
しかし、もう見るも明らかだった。
彼女の腹部には刃物が刺さっていて、そこから赤い血がたくさん流れていて、刃物が刺さって、刃物…………刃物?
血が…………血? 赤い色の『何か』が……血? 刃物が刺さっていて、そこから血が……いや、液体が……え?
腹部からそれは液体であって赤くて刃物が刺さっていて、腹部から血が出て、血が出て刃物が腹部から流れていて、腹部が刺さって……。
「……………………え?」
――気付いているはずだ。
――誤魔化そうとするな。
――目を背けるな。
――彼女は……。
ああ…………そうだ。
たった今、俺の目の前で、刃物の刺さった腹部から大量の血を流して――――――。
―――――――――――――――――――――――柊きららは、絶命していた。
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