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三階 廊下
唯香が見当たらないと思って探していたら、三階に上がった所で彼女を見つけることができた。
どうやら話があるとのことで、きららのメモを見せてから彼女の話を聞くことになった。
何故か人目に付かない廊下の端に来るように言われた。いや、『何故か』なんて言っても仕方ないか。
「君口先輩」
「は、はい」
唯香は大きく深呼吸をしてみせる。俺も深呼吸したくなってきた。胸が苦しい。
「先輩……私、みんなとここで出会えて……いえ! 先輩とここで出会えて本当に良かったと思っています!」
「そ、そう?」
言い換えた意味はもう初めから分かっている。俺も覚悟を決めないと。
「私……その……」
さて、どうするか。ここはストレートにいくしかない。大丈夫、彼女は強い女性だ。
「先輩に一目惚れしていました!」
知ってた。俺はそこまで鈍感じゃない。というかこの子が全然隠そうとしていなかったしな。
最初の反応からして怪しかったよ。
「……ごめん。俺好きな人いるん――」
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「!?」
唯香が壊れた。頭を押さえてブンブンと頭を揺らしている。何だ? 大丈夫か? 大丈夫?
「………………」
スンとした。
オイオイどうしたんだ一体。
「ゆ、唯香……?」
すると彼女は急にどこからか眼鏡を取り出し、それを掛けた。
さらに自慢のツインテールを突如として解き始める。
眼鏡にストレートの髪で、重々しい空気を放ち、右手で左腕を抑えて目を逸らしている。
変身したのかな?
「……そうですよね」
「ん?」
「私なんか好きになりませんよね……可愛いだけの私にはそれ以外何の取り柄も無いですからね……」
「おいおいどうした?」
「可愛いことしか取り柄が無い私を好きになってもらえないなら私は何の為に可愛いんですかね……。もう何の意味もない私はゴミのような存在としか言えませんよね……」
暗い暗い暗い。何だ? ここは外か? ここだけ黄泉の空気が漂ってきているぞ。
三途の世界にいるうちに、彼女は世界の空気を操るようになったのか? 闇が彼女の心を支配しているかのようだ。
「モデルになったのもただ勧誘されたからだし結局続けることも出来なかったし彼氏も出来なかったし女子からは変な目で見られるし良い事無かったしこんなに嫌な思いをするのなら可愛い以外に何か取り柄が欲しかったのにどうして私はこんなにこんなにこんなにこんなに――」
「おおお落ち着け! 唯香! 戻って来い!」
*
少しして彼女は戻って来た。虚ろな目のままその場で体育座りをしてしまったが。
「……ごめんなさい先輩」
「いや、謝るのは変だろ。でもそんな感じになるとは思わなかったな」
「……私昔からこうなんです。両親ともに凄い人で、私は二人から容姿だけ遺伝させてもらったんですけど、それ以外何の才能も無いんです。頭も悪いし運動も出来ないし、性格も終わってるしホントに何一つ……」
「そ、そんなことないだろ……」
どうしよう、振った相手を慰めたことはないしな。誰か助けを呼びたいところだが、彼女を一人にするのもなぁ……。
「……ごめんなさい。立ち直ります」
「え?」
すると彼女は立ち上がって、また髪を結んでツインテールを作る。
眼鏡も外してクルリと一回転。そしていつもの笑みを戻してきた。いつの間にか重い空気も消えている。
「はい! もう大丈夫です!」
「ほ、ホントに……?」
「……多分。でも、笑顔でみんなの所に行かないと。さっきは言い換えちゃいましたけど……先輩だけでなく、ここでみんなと出会えたのも、本当に良かったと思っているんです」
「唯香……」
彼女もきららと同じで本当に良い子だ。罪悪感がヤバいなマジで。
「じゃ、私はロビーに行きますねー」
「ああ……」
俺は彼女が階段の方に行ってから目を逸らした。けれど、代わりに上がってきた誰かの足音で再び視線を上げる。
その足音の正体は、どうやら海江田国広さんだ。
*
三階 バルコニー
海江田さんは廊下に向かってこなかったので、すぐにバルコニーに出たと気付いた。
というか、そもそもあの人はよくあそこで黄昏ながら缶コーヒーを飲んでいる。
俺はすぐに彼のもとに行った。
「……何の用だよ。さっきの柊のメモに続きがあったのか?」
「いえ。ただ俺が海江田さんと話したいと思っただけです」
「……気持ち悪い奴だよ、お前はホント」
海江田さんは呆れて溜息を吐く。冗談なんだけどな。
「いつも無糖コーヒー飲んでますね」
「……カフェイン依存症なんだ。普段からこれしか飲まない。悪いか?」
「そういえばまだ海江田さんの職業とか聞いてなかったですね」
「言ってどうする?」
「別に何も」
「……フリーターだよ。ガキの頃からの夢を捨てちまった……な」
「何気取ってんすか」
「うっせぇ! ぶっ飛ばすぞ!」
この人は意外とお茶目な所がある。多分滅茶苦茶不器用なんだろうな。だから自ら孤立するのを選んでいるけれど、少なくも俺はこの人と一緒にいて不快になったことはない。もっと自分を出してもいいと思う。
「……で、例えばどんな仕事をしてるんです?」
「ズカズカ聞いてきやがって……。平日はまあ、基本夜勤で倉庫のバイトしてるな。ま、生きていくのに必要な分しか稼いでねぇよ」
「それで捨てた夢とは?」
「マジで何でも聞いてきやがるな」
「これは自分から言い出したんじゃないですか」
「……大した夢じゃねぇよ。世間に評価されるようなモンでもなかったしな」
「? あ、やっぱり『捨てた』って言うからには一応叶いはしたんですかね? 世間に評価され難い仕事っていうと……ゲーマーとかストリーマーとか?」
「……とにかく現実見て止めた。バイトの方が稼げるしな」
「はあ」
少しだけ静寂が生まれてしまった。
流石にこれ以上踏み込むのは失礼だろう。俺はそこで立ち去ることにした。
が――。
「君口」
「はい?」
「……もしも……」
そう言いかけて、海江田さんは目を伏せる。
「……いや、何でもねぇ」
俺は首を傾げながら彼に背を向けた。
彼が何を言おうとしたのかは分からないが、気になったらまた後で聞けばいい。
そう、生き返った後でだ。
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