5

 一階 ロビー


 遺体を運び終えた俺は、ロビーでたむろしていた正司に話しかけた。

 何故か後ろではミシェルがニヤニヤしながら俺を見つめている。


「え? な、何すか快パイ……」


 話しかけられた正司は若干挙動不審気味だ。


「いや、別にそんな怯えなくても……。ただ、お前が最初に見つけたんだろ? 雪代先輩の……その……遺体を」

「おおお俺じゃないっすよ!? 俺は誰も殺してないっすからね!?」

「……何でそんな焦ってんだよ。そもそも疑ってねぇし」

「でででも第一発見者が犯人ってのは定番じゃないすか……」

「じゃあお前が先輩を……」

「ちち違いますよ!? いや、マジで! そんなことするわけじゃないじゃないっすか! そもそも俺は生き返るつもりなんてないっすから!」

「…………何?」


 それは初耳だった、

 俺は正司がどんな心情でここでの生活を過ごしているのか、今まで知らずにいたのだ。


「大体! みんなでここで一生暮らすことの何が嫌なんすかね!? レクパイもスフィカもミシェルも、どうしてそんなに自分以外の人を生き返らせたいと思えるのかホントサッパリっすよ!」

「……確かにここで一生を暮らすのも悪くはない。俺もそう思うよ」

「でしょう!?」

「でも……生き返ってほしい人はいる。こんな塔の中じゃなくて、広い世界で生きてほしいと思う人が……」


 しまった。

 傍に来菜がいることを忘れていた。

 彼女は都合良く他所を向いてくれているが、聞いてなかっただろうか? まあ、別に聞かれても良いんだけど。


「それが分かんないんすよ……。俺がおかしいんすかね? そりゃみんな現世に未練たらたらでしょうけど、俺は……なんかもうここでの生活に慣れちまったんすよ。みんなだってそうでしょう? ここでみんなと一緒ならそれでも良いって思えるくらい、俺はみんなのこと好きになったんすよ? みんなは違うんすか?」

「いや、きっと同じだ。でも……それが危険なんだ。ここでみんなと何十年と一緒に居て、それが当たり前となったその後に、生き返ることになる人のことを思うと……罪悪感が出てきてしまうんだよ。これ以上俺達が絆を深める前に、ここにいるみんなへの未練が生まれる前に、生き返ることになる人にはすぐにでも現世に戻ってほしいんだよ」

「……そっすか。でも俺は……少なくともそこまで考えてやれるほどの相手が……ここにはいないっすよ。一緒に居たいとは思えるのに……それ以上の相手ってことでしょう? 互いが互いを想っているということを、自覚し合えるほどの関係。そんな人は……いないっすよ……」

「正司……」


 正司の言うことはもっともだ。周りに他人しかいなければそういった考えになるのが普通だ。

 でもレックスやきららは違ったんだ。

 二人の気持ちを俺は理解しようと努力した。結果こうして自分なりに説明できるようにはなった。

 とにかく二人は途轍もなく優しいんだ。だから生き返る人のことまで気に掛けることが出来る。遥か未来のことを想像できる。

ただ、その想像通りに生き返ることになった人が苦しむことがあるのかどうかは……俺には分からない。


「……犯人はレクパイなんじゃないっすか?」

「……え?」


 突然正司は真面目な表情になった。


「そもそもあのルールを提案したレクパイが一番怪しいじゃないっすか。ルール通りに進めるなら、これで逃げ切れば妹を生き返らせることが出来る。みんなはともかく、少なくとも俺はルールを守るつもりっすよ。だからこそ……怪しいと思ったらハッキリ言わせてもらうっす。犯人はどう考えたってレクパイっすよ」

「……でも、根拠がそれだけじゃ……」

「だってアリバイだってレクパイには無いんすよ!? 普通にあり得るじゃないすか!」

「それは……」


 正直正司の考えはかなり妥当だ。

 確かに今この塔の中にいる俺達十人のうち、最も殺人を犯しそうなのはレックスだ。そもそもレックス自身がそう言っていた。

 しかし……。


「アリバイが無いのはボクらだって一緒だロ? 正司」


 ミシェルはニヤニヤしながらそう言った。

 どうやらこの人もスフィカと同じで楽しむフェイズに入ったらしい。


「それは……」

「うん。確かにあたしと正司君、レックス君、スフィカちゃん、ミシェルの五人はみんなアリバイが無いね」


 来菜はとても落ち着いていて、彼女なりに真面目に考えていることが分かる。


「そうサ。犯人は間違いなくこの五人の誰かだが……それ以上のことは分からない。話し合いで決着をつけるしかないのサ」

「お、おおお俺じゃないっすよ!? 快パイ! 信じて下さいっす!」

「だったらそんなに慌てるなって……」


 俺は呆れながらロビーのソファに腰を下ろす。少し立ち疲れた。


「快太。ボクらに聞き取りしないで良いのかい?」

「……何を聞けばいい? 昨晩に関してか?」

「そうだネ。ボクはかなり遅くまでキッチンにいた。朝ご飯の支度のためにね」

「それはありがとうございます。……で? 詳しい時間は?」

「覚えてないネ!」

「……さいですか」


 俺は次に正司の方を向く。何故かみんな座らないから俺だけふんぞり返ってる気分だ。


「正司はどうかな?」

「……な、何もしてないっす」

「? ずっと部屋にいたってこと?」

「そ、そっす! マジっす! 決して! やましいことはしてないっす!」

「なるほど、一人でやましいことをしていたってことか……」

「うおおおお!? 何でバレたっすか!?」


 いや、冗談のつもりだったんだが。

 来菜が軽蔑の視線を向けてるから口を閉じた方が良いぞ。


「……それで? いつ先輩の死体を発見したんだ?」

「……し、七時頃っす」

「え? でも俺達のこと呼びにきたのは八時頃だったはずじゃ……」

「……あ。あああ! そ、そっす! 八時頃っす!」

「お前……何でそんな怪しい雰囲気を自ら作り出そうとするんだ……」

「す、すんません……」


 まあ正司もまだ冷静になれていないのだろう。

 彼の言葉通りなら、彼は死体を発見してすぐみんなを呼んだということになるな。

 来菜も反論しないし間違いないだろう。


「それでみんな……というか、閉じ込められてなかった五人は呼びにいった時寝てたのかな?」

「みんな自室にいたっすけど、寝てたのは来パイだけっすね。他の三人は起きてたみたいでノック二、三回ですぐ出てくれたっす」

「それで全員が先輩の死体を確認して、その後正司は現場の見張り、レックスと来菜の二人は三階の医務室へ。スフィカは先輩の部屋の出入り口付近の壁に掛かっていた鍵を使って、芽衣と唯香を部屋から出した。……で、ミシェルは?」

「ボクはトイレに行っていたのサ。ホントは正司と現場の見張りをするよう頼まれたんだけどネ!」

「……何でトイレ?」

「オイオイ快太。生理現象は止められないだロ?」

「いやいやいや! 現場の見張りを二人に頼んだのって、どっちかが犯人だった時に証拠を隠滅したりしないようにするためだろ!?」

「ええ!? そうだったんすか!?」

「ハハハ! 気付かなかったネ!」


 ふざけてんのかこの二人は…………いや、落ち着け。二人ともまだ冷静に考えられていないだけなのだろう。

 まあでも正司が犯人ならそもそも証拠を隠滅してからみんなを呼ぶだろうし、見張りが正司だけだったことはそんなに関心を持つことでもないか。


「旦那さん、そろそろあたしの話聞きたくない?」

「ん? あ、ああそうだな」


 どうやら来菜も犯人探しには乗り気らしい。

 彼女の場合は多分レックスの提案したルールを守ろうとしているからだろう。


「凶器の包丁……アレさ、きららちゃんに刺さっていた奴だよ」

「え……えええええええ!?」


 俺だけでなく正司も動揺している。


「な、何でそんなの……そもそも俺、きららから抜いてないんだけど……」

「うん知ってる。あたしも見てたから」

「ちょ、ちょっと待つっすよ! 何で分かったんすか、あの包丁がきらパイに刺さってた奴だって!」


 正司が目を丸くしながら質問をぶつける。


「前に言わなかった? あたしカメラアイなの。包丁の柄に付いた汚れとかですぐに分かったよ」

「あ……そういえば前にそんなこと言ってたっすね……」

「とにかく犯人はキッチンの他の包丁じゃなくてあのきららちゃんに刺さっていた包丁を使ったんだよ」

「……何で?」


 俺がそう言うと、来菜は途端に黙ってしまった。


「それは……分かんないけど」


 来菜は目を逸らしてしまった。


「君の力を考慮したからじゃないカ?」


 俺達は三人ともミシェルの方に顔を向けた。


「え? ど、どゆこと?」

「キミのカメラアイなら次にキッチンの包丁が無くなった時にすぐ気付くことが出来てしまう。きららのこともあったし、キミが逐一キッチンなどにある凶器の位置などを確認している可能性を考えたんダ」

「え? あたしそんなことしてないけど」

「実際はそうでも、可能性を考えたから犯人はきららの包丁を使ったのサ。それなら流石にキミも確認してないだろうって考えてサ」


 確かに筋は通っている気がするが、分からないことも出てきた。


「待ってくれよミシェル。それだとまるで包丁を持ち出したのが昨晩より前みたいに聞こえる。犯人は何の為にあらかじめ包丁を調達する必要があったんだ?」


 俺がそう尋ねると、ミシェルはクククと笑った。


「……決まっているじゃないカ。犯人はただ……きららが死んだあの一週間前からずっと、誰かを殺すつもりでいたんだヨ! その包丁で!」


 俺達は、ミシェルのその言葉を受けて押し黙らされた。

 そんなことを……一体誰が考えていたんだ?

 レックス……なのか? それとも他のアリバイの無い四人の誰か?

 それとも……。


 俺は、一瞬よぎった可能性をすぐに頭から排除した。

 そうだ。そんなはずはない。

 雪代先輩に限って……そんなことはあり得ない……。

 それだけは……あり得ない……はずなんだ……。

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