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 二階 愛野ルーム


 芽衣は先程からずっと気を失っていたらしく、今もベッドに横たわっている。

 俺と来菜が様子を見に行くと、彼女の傍でレックスが座っていた。


「レックス、何やってんだ?」

「二人きりで」


 来菜が付け加えたのは揶揄いの一種だろうか。しかしレックスに反応は無い。

 反応を見せるのは起きたばかりだろう芽衣だけだ。


「愛野が今の今まで寝てたんだ。飯原も風邪がぶり返したとかで部屋で寝てる。スフィカにはそっちを見るように言っておいた」

「ご、ごめんなさいレックスさん……ごめんなさい……」

「? 何で謝るんだ? というか大丈夫か? 風邪の方は」

「……はい。や、優しいですね……レックスさんは……」


 見るも明らかなほど芽衣は照れている。熱があると見てもおかしくないくらい真っ赤だし。

 いやぁ、まったく、レックスは鈍感だなぁ。


「わ、私……レックスさんのためなら死んでも大丈夫です……」

「は? おいおい何言ってんだ?」

「君口さんのためでも……」

「はい?」


 そこで俺に来るの?


「雪代さんのためでも……私は死ねたんです……」

「お前……何言ってんだ……?」


 芽衣の惚れやすい性格を知らないレックスと来菜は、明らかに困惑している。

 いや、多分俺も困惑している。俺もまだ彼女のことを理解しきれていない。


「でも私は流されやすい性格で……でも……でも……死ぬべきなのは私だったはずです。私が死ぬべきで……生きるべき人は他にいて……特に顔の良い人は長生きするべきなのに……」


 少々共感できないが、どうも彼女はまた自責の念に駆られているらしい。

 しかし、彼女はそもそも先輩に閉じ込められていたためどうしようもなかったはずだ。

 だから、そんなに気に病むことはないんだ。


「……顔の良さとか関係ないだろ。雪代が死んだのはお前の所為じゃない」

「私の所為です。私の所為で……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


 取り付く島もない。

 こうなった彼女は温かい目で見守って落ち着くのを待つしかなさそうだ。

 レックスもそう考えたのか一度大きく息を吐いた。


「……君口、話し合いは愛野と飯原の体調が戻ってから始める」

「何?」

「え?」


 驚くことに彼の言葉を受けて芽衣は落ち着いた。

 いや、驚いたのは彼女も同じだ。彼女も俺も、レックスが以前の提案通りに進めるつもりでいることに驚いたのだ。


「……お前、本気でやるのか?」

「当たり前だ。まあ、それまで俺は愛野に付いておくが」

「え!?」


 今度の驚きの理由は流石に確信を持てたぞ。

 ただ、今はそんなことよりも『話し合い』についてだ。


「……レックス、俺は――」

「お前が頼りだ」

「……!」

「医務室を閉めていたつっかえ棒を確認したが、川瀬はあの棒をテープで固定していた。ロビーの作業置き場から持っていったんだろ? しかも使い切っていたのを俺は昨日確認してる。つっかえ棒だけなら川瀬の協力があれば戻せるが、一度テープを外して付け直していたら跡が残る。でもそんな跡は存在してなかった。つまりお前らは絶対に外に出ていない。お前は絶対に犯人じゃない。だから……お前が犯人を見つけるべきなんだ」

「何で俺なんだよ……」

「アリバイのある五人の中でお前が一番頼りになる。俺はそう思ってる」

「……」

「あと……そういえばお前は、雪代の部屋の扉を確認したか?」

「え? な、何でだ?」

「……そうか。なら自分で確認してくれ。俺の証言はどうせ信憑性が無い。」

「は? な、何言ってんだよ」


 レックスはどこまでも客観的に思考しているように見えた。

 まるで、自分が犯人である可能性も考慮させるように。


「旦那、もう一回見に行こうよ」


 俺は来菜に言われて仕方なくまた雪代先輩の部屋に向かうことにした。

 どうやらレックスはこのまま芽衣の傍に居続けるみたいで、彼女は大変に困っている様子だった。


     *


 二階 雪代ルーム


「あ、快太お兄ちゃん」

「緋色!? お前何でここに……」

「ごめんなさい。見せるつもりはなかったんですけど……」


 シスターが謝っていることから察するに、二人は三階の医務室から今降りてきたのだろう。


「ここで野乃お姉ちゃん死んじゃったの……?」

「……ああ」


 俺は正直に頷いた。

 やはりまだ子どもの緋色は彼女が死んだ実感が無いのかもしれない。


「そっか……」


 いや、それでも悲しそうな表情を見せている。死を理解した上で悲しんでいるのだ。

 風邪も治ったばかりだろうに、その中で平静を装えるということは、この子は俺が思っているよりも遥かに聡明なのかもしれないな。


「……どうして扉が開けっぱなしなの?」


 シスターの言うことももっともだ。

 その所為で血だまりのある部屋を緋色に見せてしまった。


「……ん?」


 俺はあることに気付いて扉に寄った。

 来菜も多分気付いている。


「旦那さん、これ……」

「ああ。前に俺も同じことをやったから分かる。この扉、間違いなく……こじ開けてる」


 扉のドアラッチの部分が破壊されている。

 他にもいくらか損壊していて、この扉はまともに閉まりそうもない状態になっていた。

 これが意味することは……もう明らかなことだ。

 しかし、どういうことだ? これじゃまるで……。


「君口」


 レックスの声が聞こえてきた。

 振り返ると、彼と芽衣、それにスフィカと唯香もそこにいた。


「もう大丈夫らしい。だから――――――――――話し合いを始めよう」

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