7
一階 ダイニングルーム
俺達は今、合計で十人だ。
だから十人用の円卓に腰掛ける。
そして、話し合いのスタートはゲームとやらの提案者であるレックスだった。
「さて、まずは状況を整理しよう。死んだのは雪代野乃。死因は包丁で首筋を切り裂いたことによる出血死。場所は雪代の個人部屋。死亡推定時時刻は……まあ、昨晩の間だろう。何から話していく?」
「その前に質問良いっすか!?」
「何だ?」
「その……どうやって犯人の答え合わせするんすかね?」
正司は頬を掻きながら尋ねた。
「ハハハ! そんなの決まってるじゃないカ! 投票の後に犯人が自白すればいいってだけの話サ!」
確かにミシェルの言う通りだ。ただ、それは何というか……お互いのことを信頼し過ぎじゃないか?
「……実はそのことに関して上からアイデアを貰ったんだ」
「……何?」
何故かミシェルが怪訝そうな視線をレックスに向ける。
確かに……『上』ってのは何のことだ?
そんな疑問を心中で喋っていると、レックスは目を瞑った。
「頼む」
彼がその台詞を言い終わるや否や――――――『アイツら』は現れた。
「どうもぉぉぉ!」「頼まれましたぁぁぁ!」
円卓の上に、どこからともなくそいつらは現れた。
一体は左側頭部に、もう一体は右側頭部に角を生やした、赤い肌で一つ目の化け物。
そう――牛頭と馬頭だ。
「安心してね!」「僕らちゃんと全部見てたから!」
「だから投票で選ばれた犯人が正解かどうかは」「絶対答え合わせ出来ちゃうよ!」
レックス以外の面々は皆唖然としていた。
あのミシェルですら目を見開いているのが、スポーツサングラス越しでも分かる。
「何……だっ……テ?」
「この方が確実だろ? なぁミシェル」
「…………そうだネ」
ミシェルは落胆したように肩を竦めていた。
鬼が介入するのは彼としては嫌だったのかもしれない。彼は俺や緋色のような超能力者のことも複雑に感じているようだったからな。
「じゃ、また後でー!」「バイバイバイ!」
それだけ言ってあの二体は消え去った。
まあ、彼らはきっと楽しみたいだけなのだろう。アイツらのことは置いといて、話し合いを進めないと。
「なぁレックス。まず俺から話しておきたいことがあるんだが――」
「犯人は唯香お姉ちゃんだよ!」
突如、緋色がそんなことを言い出した。
何だ? 急にどうした? いや……待てよ、彼は確か……。
「あと芽衣お姉ちゃん!」
「ひぃぃぃぃぃ! はいそうです私が悪いんです私の所為でごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
いや、どうやら当てずっぽうらしい。
しかし、ここはちゃんと聞いておかないと。
「緋色、何でそう思ったんだ?」
「二人が『私の所為です』って言う未来が見えたんだ!」
そうなんだよ、この子にはそんな力がある。
そして彼の声を聞いた皆が、芽衣と唯香の方を向く。
すると唯香は、疑いの視線を全員に向けられたことで一気に顔色が悪くなっていく。
「そ、そんな……そんな……私が……私の……」
これはまずいかもしれない。
唯香がまた『ああ』なってしまう。
「嘘じゃないよ! ホントだからね!」
緋色の声はもう唯香の耳には届いていないだろう。
彼女は瞬時に自慢のツインテールを解き、どこからか眼鏡を取り出した。
ああ、やっぱりそうなるのかな……。
「はい……私の所為です……どうせ私が悪いんです……」
「ほら! ね!?」
いや、違うんだよ緋色。それはちょっと違うんだよ。
「私の所為です私の所為です私の所為ですごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「どうせ全部私が悪いんだ私がいるからみんな苦しむんだ私には何も無い私のことを好きな人なんてどこにもいない私が全部悪い私の所為私の所為」
二人の陰気なオーラがダイニングを包み込んだ。
そして、彼女らと緋色を除く七人はただ開いた口が塞がらなくなっていた。
「……え? 結局どっちなんすか?」
「さあ……? 参ったニャー……これはホントに……参ったニャー……」
一見すれば確かに二人の自白に見えるだろう。
でも、いつも芽衣を見ていたみんななら彼女の方はいつもの謝罪癖だと気付くだろう。
そして、俺はこうなった唯香のことも知っている。
二人はただどうしようもなく自分を責めたがる性格なだけなのだ。
あまりこんなこと言いたくないが……きららもそうだったけど、暗い性格の女子が多すぎないか?
「私の所為私の所為私の所為私の所為私の所為私の所為私の所為私の所為ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「私なんて可愛いことしか取り柄が無い無意味な女で無駄な女で可愛さだけで全部どうにかしてきたゴミのような存在で全部全部私の所為で可愛いだけの私が悪くて私がいなければ世界は上手く回るはずでお父さんもお母さんもそれを望んでいてだから私は駄目駄目で」
「……二人にはアリバイがあるだろ? 緋色。だから二人は犯人じゃない」
「え? で、でも僕、未来を見てそれで」
「緋色」
そう言ってミシェルは首を横に振った。
すると、緋色はシュンとして俯いてしまった。
どうやら彼が見た未来とは今のこの風景らしい。まあ、正直そりゃ犯人だと思っても仕方がない。
「ホントなのに……確かにちょっと違ったけど……ホントなのに……」
すまん緋色。お前なりに協力しようとしてくれたんだろうが、あとは俺達に任せてくれ。
「……とにかく話を戻そう。良いかな?」
俺がそう言うと皆頷いてくれた。
いや、唯香と芽衣は未だに重い空気を漂わせたままブツブツと呟いている。
どうしよう、取り敢えず今は放っておくしかないか。
俺は二人を仕方なく無視して口を開く。
「俺が話したいのは、血溜まりに付いた足跡についてなんだ」
「ああ……だろうと思ったよ」
「レックス? アレはお前のなのか? お前言ってたよな? 俺があの部屋に来るまで、誰も中に入れてないって」
「……そうだな」
「え? でもうちは中に入って芽衣と唯香の部屋の鍵取ったニャ」
レックスは溜息を吐く。どうやら彼も知らなかったことらしい。
「じゃあお前の足跡ってわけか。謎が一つ解けた」
「? 違うニャ、お兄ちゃん。うちは血溜まりの方までは行ってないニャ。入口の傍しか通ってないし、それ以外の場所はどこも何も弄ってないし見てもないニャ。今の今まで一度も」
「……何?」
どうやらこれは意外だったらしい。というか、だったらあの足跡は何なんだよ。
「……足跡の確認は後でも出来るサ。もっとも……レックス、キミが決めたルールを守るのなら、ここでの話し合いが終わったらその後に投票をしちゃうわけだけどネ」
「そこは臨機応変に行くべきじゃないか? 話し合いの時間を決めたのは俺の独断だ。俺が早めに話し合いを始めようとしなければ足跡の正体くらい掴めたかもしれないだろ?」
「……参ったなぁ。何でもありじゃないカ」
「何だミシェル。足跡の正体がバレるとまずいのか?」
「……うーん……どうだろうネ……」
「「「…………」」」
何だ? 何でそんな反応をする? どういう意味だよミシェル。
皆ミシェルの反応を見て、彼を疑い始めている。
「……そうか! 分かったっすよ俺! 誰が犯人か!」
今生まれた沈黙の後のその台詞。
正司が言わんとすることは火を見るよりも明らかだ。
「犯人はミシェルの旦那! アンタっすね!」
「おお! よく分かったネ! 正解サ!」
おいおいおいおいおいおい。
「…………なーんてね。違うよ、ボクは犯人じゃない」
「いや! 絶対そうっすよ! 足跡の正体もアンタなんでしょ!」
「やだなぁ、完璧なボクがそんな分かりやすい証拠残さないヨ」
「じゃああの足跡は何なんすか!」
「それこそ確かめたら分かることじゃないカ?」
「でもアンタ今確かめるのを躊躇ったじゃないすか!」
「それで?」
「『それで?』って……」
さて、どういうことだろうか。まるで意味が分からない。
いや……本当は分かってるのか?
俺は時に本心では分かっているのに分からない振りをすることがある。
それは、きっとここにいるみんなのことを信じたいからだ。
でも、そんなことでは駄目だ。
犯人の生き返らせたい人物を生き返らせて、それ以外のみんなで心中する……そんな結末は……まだ……承諾できない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます