8

「正司、まずは足跡の正体を判明させに行こう。根拠も無しに疑っても仕方がないだろ」

「いや! 根拠ならあるっすよ!」

「……は?」


 そう言うと、正司はニヤリと笑みを見せた。


「だって俺は見つけたんすからね……あの部屋に……アンタがいたったいう証拠を……!」

「……そうカ。でもやっぱり……無茶だったかナ」


 微妙に会話がズレている気がする。

 ミシェルは何だか全く違うことを考えているようだ。


 そして正司はポケットから『何か』を取り出した。

 それは――。


「髪の毛っす!」


 ……マジで言ってんのか?

 俺は正司のことを安く見ていたのかもしれない。

 まさか髪の毛一本からそれが誰の物か特定できるだなんて……。


「それでどうしてそれがボクの髪だと?」

「色っす!」


 ……マジで言ってんのか?


「なぁ正司、ちょっと良いか?」

「何すか?」

「俺もミシェルと同じ髪色だけど」

「え!?」


 驚いて正司は手に掴んだ髪の毛を確認する。


「……いや! 長さが違うじゃないすか! ほら! どう見てもこっちの方が長い! 快パイは短髪じゃないすか!」

「……雪代先輩も同じ色だよ」

「……あれ?」


 また何か確認するのかと思ったのだが、正司はそこで止まってしまった。

 頼むよ正司、何か反論してくれ。俺はまだお前を信じているぞ。


「………………確かにそうっすね……」


 オイッ!


 そこで彼の勢いは一旦収まってしまった。

 そしてミシェルは嬉しそうに笑い出す。まるでコントを見終えた時の様だ。


「ハハハハ! ま、そうなるよネ。でも良い線いってるヨ、正司。キミはボクが思っていたより優秀な一般人ダ!」


 元はどんだけ低く見てたんだこの人。

 というかこの人は何でこんなに笑顔なんだ? まだ何も終わってないというのに……。


「……ところで話を変えないカ? 例えば……死体発見時のこととかサ」

「な!? 今度は俺を疑う気っすか!?」

「いや……確かにその話は聞きたいところだニャー」

「そうだねぇ。あたしも気になってた。旦那だってそうでしょ?」


 一旦軌道修正の流れが出てきたな。けど出来れば足跡の話に戻してほしかった。

 ミシェル……もしかしてお前……。


「……そうだな。俺もお前に聞きたいことがあったんだ。正司」

「え!? な、な、何すか!?」

「ずっと気になってたんだ。お前は……そもそも何で先輩の部屋を見に行ったんだ?」


 俺がそう言うと、正司は少しだけ青ざめてしまった。


「そ、それはその……だって! 扉が開けっ放しだったんすよ!? だから俺は気になって……普通っすよね!? ね!?」


 正司、だから何でそんな焦るんだ。お前がそんなに気を揉む必要はないはずだ。


「……開けっ放し?」


 どうやら来菜は勘付いたらしい。無表情だが、レックスも多分そうだろう。


「正司、お前以外のみんなはそれまで自分の部屋にいて、お前が呼びに行くまで寝ていた可能性が高い。一緒に飯を食っていると、生活リズムがみんな大体同じになるからな。でも……お前はその時たまたま起きてたんだよな?」

「……え? は、はいそうっす」


 良かった。この質問に対してまで必死になっていたら俺まで困惑するところだった。

 俺は一旦彼にとって意味不明な質問をすることで、少し彼を冷静にさせた。


「そしてたまたま廊下に出たと」

「いや! え!? だ、駄目っすか!?」


 良かった。この質問に対して必死になってくれるということは多分予想通りらしい。

 正司はごく普通の少年で、何というか反応が理解しやすくて助かる。悪い意味じゃないが。

 ……さて、それじゃこの質問はどうだろう。


「――――本当は、雪代先輩の身を案じて廊下に出たんじゃないのか?」


 沈黙……………………が。


「ちちちちちちちち違うんすよ!? 俺は……俺はあの人を見捨てたとかそういうんじゃ……そういうわけじゃあないんす!」

「……正直に言ってくれ。お前は……何で先輩の部屋に行ったんだ?」


 すると、正司は唇を噛み締めてがくりと項垂れた。

 ようやく観念したらしい。

 彼は罪悪感に押し潰されて、無意味な隠し事をしてしまっていたのだ。


「……音が聞こえたんすよ」

「音? それってもしかして……きららの時と同じ音なんじゃないか?」

「え……!?」

「あの時『俺』が出した音と同じ音が聞こえて、だからお前は雪代先輩の安否を確かめたくなったんじゃないか?」

「……それは……」


 俺の予想通りなら、彼はきっとこう答える。『それは違う』……と。


「……違うんすよ……。俺は、俺は本当は……あの人が誰かに襲われてると知って、なのに怖くて外に出られなかったんす。だから……俺が殺したようなもんなんすよ。俺が……俺の所為で……」


 良かった。やはりそういうことだったか。ならもしかして……。


「その『音』がしたのは午前七時頃だった……ってことか?」

「え? そ、それは……」

「死体発見の時刻を聞いた時、本当は八時頃のはずだったのに、お前は一度七時頃って答えたよな? それって、お前が覚えてた時間がその『音』を聞いた時の時刻だけだったから、たまたまその時刻を口にしちまったんじゃないか?」

「……快パイ……それは……」

「そしてその音の正体は――――ドアを破った音、だろ?」

「……!」


 そこまで聞いて、さっきまでずっと落ち込んでいた唯香が顔を上げた。

 一瞬で眼鏡を外し、髪をツインテールに結ぶ。


「君口先輩! 私もその音聞きました!」

「……え? ま、マジ?」

「はい! お役に立てたでしょうか!?」

「え、あ、ああ……うん」

「良かった……! やっぱり私は可愛い上に先輩の役に立てる元モデルの良い女……」


 取り敢えず無視して話を続けようかな。


「つまり午前七時に誰かが雪代先輩の部屋の扉を破って無理やり中に入った。そして正司はその音を聞いていた」

「でも俺はビビッて一時間出られずにいたんす……。というか、あんだけでかい音聞いて何でみんな寝られるんすか。ビックリっすよ俺……廊下覗いても誰も様子見に行かないし、俺は俺で出ていけないしで……もし俺が出ていったら野乃パイも死ななかったかもしれねぇしで……」


 レックスたちは分かりやすく目を逸らしているし、きっと爆睡していたのだろう。ミシェルだけは笑顔だが。

 そんな風に周りを見ていると、落ち込みだした正司の様子が変化する。


「……待てよ。そうだ! やっぱり……やっぱりミシェルの旦那が犯人なんじゃないっすか!?」


 正司の元気が戻ったのは、罪悪感を処分する方法を思い付いたからだろう。

 多分一時間の間様子を見に行かなかったことを隠していたのは、それを責められると考えたからだ。

 彼は犯人に全責任を押し付けることで自らの失態を無かったことにしようと考えている。

 まあ、別に誰もそんなこと責めないのだけども……。


「ほほう。で? 証拠はあるのかナ?」

「アンタが一番怪しいでしょうが! 野乃パイを殺したのはアンタだ! 足跡を調べたらすぐに分かる!」

「……ちなみにその足跡は野乃本人のだヨ」

「は……はぁ!? 何言ってんすか! そんな言い逃れ、実際に確かめたらすぐわかることじゃないっすか!」

「そもそもボクが一体いつ彼女を殺したっていうんだイ?」

「そんなの! 野乃パイの部屋のドアを破った時に決まってるじゃないすか! 俺が見に行かなかったおかげで、一時間も犯行可能な時間があったわけですしね!?」


 違うんだよ正司。

 それは無いんだよ、正司。


「……それは無いんだヨ。残念ながらネ」


 ミシェルは心底残念そうな表情を見せた。


 彼だけではない。どうやらレックスも同じような目を見せている。


「何でっすか!?」


 正司の問いに答えるのはレックスだ。


「……さっきも言ったろ。雪代が死んだのは昨晩の間だって。つまり今朝じゃない」

「はぁ? 何の根拠があってそんな……」

「死後硬直だヨ」


 ミシェルのその言葉を聞いて、どうやらシスターが納得したようだ。


「ああ……なるほど、そうだったのですね。流石はミシェル様!」

「いや、ボクは関係ないけどネ。彼女の死後硬直は八時の時点でほぼ全身に及んでいて、亡くなったのは少なくとも六時間前くらいと考えられるのサ。まあ、どれだけ早くても一時間以内に無くなった可能性は……ゼロだろうネ」

「え……? じゃ、じゃあ誰が何のために野乃パイの部屋の扉を壊したんすか? い、意味分かんないっすよ……」


 正司が混乱するのも当然だ。

 正直俺も今かなり混乱している。

 何故なら、どう考えてもこれは……。


 俺が頭を悩ませていると、『彼』はまたケタケタと笑い出した。

 何がそんなに面白いのか、それとも頭がおかしくなってしまったのか、それともどうしようもなくて笑うしかないのか。

 俺には分かる。多分……その三つ目だ。

 そして『彼』は告白する。


「――――ボクが殺したということにするためサ!」


 ミハイル・ブルッツェルは、両の手を広げて高笑いをした。

 さて……どうしたものか。

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